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父、懐かしむ

「この村を出たのはフレイが一二歳のときであるから、もう五年か……日々を過ごす儂にとってはあっという間だったが、ただ待つお主にはさぞ長く感じられただろうなぁ。すまんすまん」


 どっかりと墓の前に腰を下ろし、笑いながらニックが言う。その限りなく優しい瞳と、それを向けられる木製の墓標を見て、オーゼンは何も言えずにただ静かに話を聞くことにした。


「本当は全て事を終えてから娘と一緒に帰ってこようと思ったのだが、まさかこんな形で帰宅するとは、人生とはわからんものだ。とは言えせっかく帰ってきたのだし、積もる話もある。まずは、そうだな……」


 そのままゆっくりと、ニックは妻の眠る墓に旅の思い出を語り始めた。それは娘と二人旅立ったその日からの、面白おかしな道中記。時には恐ろしげな声で魔物との死闘を語り、時にはおどけた声でやり過ぎて娘に怒られたことを語り、まるで尽きる様子を見せないニックの語りにやがて空が赤らんでいく。


「その時儂が……っと、もうこんな時間か。すまんが、そろそろ家に帰らせてもらうとしよう。だがその前に……」


 スッとニックが立ち上がると、鞄の中からずっと沈黙を保っていたオーゼンを取り出し、見せつけるように墓の前に突き出す。


『ぬっ、何だ!?』


「紹介しよう。此奴はオーゼン。故あって今儂と一緒に旅をしている相棒だ。オーゼン、ここに眠るのは儂の妻、マインだ」


『あ、う……わ、我はその、オーゼンだ。この男とは数奇な縁で結ばれ、流れで旅をしているというか……』


 突然紹介されしどろもどろになるオーゼンに、ニックは豪快に笑う。


「ハッハッハ! そんなに緊張することもあるまい。ま、とりあえず今日は顔合わせだ。次に帰ってくる時は、此奴との旅の土産話も持ってこよう。では、またな」


『し、失礼する……………………もういいのか?』


 軽く手を上げ挨拶をしてから墓に背を向け歩き出したニックに、同じく挨拶をしたオーゼンが小さく問いかける。


『我は別に、一晩くらい付き合ってもよいのだぞ? 腹が減るわけでも眠くなるわけでもないからな』


「ははは。それは有り難いが、飯も食わずに話し込んでは却って怒られてしまうわい。それに……お?」


「おや、やっぱりニックだったかい」


 帰宅したニックに、家の扉の前に立つ老婆が声を親しげに声をかけてきた。その背には籠が背負われており、そこには様々な食材が見える。


「おお、サン婆さんではないか! 久しいな……と言うか、何故ここに?」


「はっ! 村の共同墓地の前で大声で話し込んでる男がいるって聞いてね。どうせアンタだろうと思って来てみたら案の定だよ。それで? フレイは一緒じゃないのかい?」


「ん? ああ、フレイとは今は別行動しているのだ。親離れというか、追い出されたというか……」


「なんだい、一緒に帰ってきたんじゃないのかい。それじゃちょっと持ってきすぎちまったかも知れないねぇ」


 もごもごと口ごもるニックに対し、老婆は呆れたような口調でそう言いつつ、背中の籠を揺らしてみせる。


「ひょっとしてそれは、差し入れか?」


「他に何があるんだい! アンタは石を食ったって大丈夫だろうけど、フレイには美味しいものを食べさせてやりたいからねぇ。まあでもいないって言うなら仕方ない。これはアンタがきっちり食べるんだよ? いっくら丈夫な体をしてるからって、好き嫌いせずに食べなけりゃいかんよ?」


「そんなもの子供の頃の話であろう?」


「はっ! アタシにとっちゃいつまでだって子供だよ。何せアンタもフレイも、アタシが取り上げたんだからね。じゃ、これ置いておくよ」


「敵わんなぁ……ありがとうサン婆」


 笑顔で礼を言うニックに「ちゃんと食べるんだよー!」と念を押しつつ、老婆が村の方へと帰っていく。それをしっかり見送ってから、ニックは肉や野菜の詰まった籠を大事に抱えて家の中へと入っていった。


『随分親しげだったが、あれは貴様の家族というわけではないのか?』


「うん? サン婆は村で一番の長生きで、村にいるほとんどの人を取り上げた産婆だ。血のつながりという意味でなら家族ではないが、多くの村人にとっては実質母や祖母のようなものだ。


 当然、儂にとってもな。あの婆様には生涯頭が上がる気がせんわい」


 オーゼンの問いに、ニックは苦笑いしながらも楽しげにそう答える。今年で八〇を迎えるはずの老女が未だ元気でいてくれたことは、ニックにとって望外の喜びであった。


「さて、それよりもせっかくサン婆が食材を持ってきてくれたのだ。まずはこれで何か美味いものを作るとしよう」


『貴様に料理などできるのか!?』


「名人とは言わぬが、普通にできるぞ? 外を旅していたのだから、獲物を捌いて食うのは当然であろう?」


『む、言われてみればそうか』


 料理ができるというニックの言葉に驚きを隠せなかったオーゼンだが、言われてみればその通りだと納得する。実際その後のニックの手際はなかなかによく、直接味わうことこそできないが、魔法的な分析では相応に美味いであろうと思われる料理をニックは完成させていた。


「では、いただきます! うむ、久しぶりに料理をしたが、なかなかの出来だな」


『確かに、店で食うものと遜色がないように見えるな。まさか貴様にこのような特技があったとは』


「ははは。旅の空で娘に少しでも美味いものを食わせたくてな。まあそれ以前に妻が死んでからは娘の世話は全部儂がやってきたのだから、料理も洗濯もできるぞ? 裁縫だけはどうにも苦手だったが……」


『貴様の太い指では然もありなんというところか。だがそれでも、それ程に文化的生活力が高いとは意外であった』


「そうか? あー、いや、そうか。確かにこの手の技能は、娘のために身につけたようなものだからな。もし仮に儂が独り身であったなら、きっと料理など肉に火を通す程度のものだったであろうなぁ……うん、美味い!」


 豪快に肉に齧り付き、シャキシャキとした野菜サラダを頬張りながらしみじみとニックが言う。そのまま二人分の材料を使った料理をペロリと平らげ食器を洗って後片付けを済ませると、ニックはもう一度テーブルに座り、籠の底にあった小さな酒瓶の蓋を開けた。


「んぐっ、んぐっ……ふぅ。これも懐かしいな。安くて不味い……だが懐かしい味だ」


『こら、はしたないぞ? きちんとカップに注いでから飲まんか』


「今ぐらいよいではないか。この家には儂とお主以外、誰もおらんのだからな」


 オーゼンの注意を聞き流し、ニックはそのまま酒をラッパ飲みする。そうして一気に半分ほど飲み干したところで、軽くなった瓶をトンとテーブルの上に置いた。


『……なあ、ニックよ』


「何だ、オーゼン?」


 不意に訪れた静かな時間に、オーゼンの声が響く。散々に迷った末に出したその言葉に、ニックは軽く顔を赤らめながら答える。


『貴様のことを、教えてはくれぬか? たとえばその……貴様と奥方の事などを』


「フフッ。興味があるのか?」


『うむ。いや、決して野次馬的な根性ではないぞ!? 何というかこう……知っておきたいと思ったのだ。貴様の隣で、貴様と共に歩く者としてな』


 若干慌てたようなオーゼンの言葉に、ニックは思わず小さな笑いをこぼす。


「ははは。そうか。確かにこんな夜だ。昔語りをするのも悪くないかも知れんな」


 フッと、ニックが目を細める。その先にニックが何を見たのかは魔力による万能感知を持つオーゼンにすらわからない。


「ならば語るとしよう。最初は……そうだな。儂の子供の頃の話からするか」


 チャプンと音のする酒瓶を振りながら、ニックの思いは遠い昔、ただただ幸せだった頃の自分へと馳せていった。

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[気になる点] 結局家が普通に手入れされている理由が明かされないんだが? サン婆が定期的に来て手入れしてるってことでいいのかな?
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