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娘、撤退する

「左! ブリッツボア、止めて!」


「いやいやいや、無理に決まってんだろ! かわすぞ!」


 もはや通い慣れた町の近くの森。幾度となく屠ってきた魔物相手の戦闘に、しかしフレイ達勇者一行は苦戦を強いられていた。


「なんでっ!? ロン!」


「任された! 『多重障壁』!」


 抜けたニックの代わりに盾役として雇った冒険者が回避を選択したことで、フレイは慌てて指示を飛ばす。それを受けたロンが防御魔法を発動させ、バリンバリンと障壁が割れる派手な音が鳴り響くのと引き換えにブリッツボアの突進が勢いを無くす。


「あーもう! 仕方ないわねぇ! 『マルチプル フレアランス』!」


 そうして動きが鈍ったところに、ムーナの魔法が炸裂してブリッツボアは見事黒焦げとなった。その間にフレイも自分の相手をしていた魔物を仕留め、ひとまずは戦闘終了となったが――


「ちょっと! 何で盾役の貴方がブリッツボアの突進を止めないのよ!」


「無茶言うなよお嬢ちゃん! あんなの人間に止められるわけないだろ!」


 思った以上の消耗に簡易結界を張って休息をとる最中、フレイと新たに雇った冒険者の意見が真っ向から対立した。


「いいか? ブリッツボアと戦うなら突進は受け止めるんじゃなく、回避が前提だ。むしろアンタみたいな身軽な奴が突進を誘発させてからかわし、後は背後から斬りつけるってのが鉄板だろ! そんな事も知らずに今までどうやって戦ってたんだよ!」


「それは……父さん、じゃなくて貴方の前にいた盾役の戦士が、笑いながら素手で受け止めてたから……」


「…………マジか?」


 フレイの言葉に、冒険者が絶句する。彼もまた魔族との戦いの最前線で活躍する一流の冒険者であり、だからこそそれが如何に非常識なことであるかは良くわかる。


「貴方、今回の『ぼうけんのしょ』は読んだことあるぅ?」


「ん? ああ、最前線で戦ってる身として、それなりに……ああ、ひょっとしてその盾役って、あの滅茶苦茶な奴のことか?」


「滅茶苦茶って…………ま、まあそうね」


 一瞬父親をけなされたような気がして抗議の声をあげようとしたフレイだったが、娘のひいき目で補正して尚、控えめに言って滅茶苦茶だったので肯定することしかできなかった。


「一応言うが、そんなのと同じことをしろって言われても絶対無理だぞ? 確かに盾役は敵の攻撃を防ぐのが仕事だけど、何でもかんでも防げるってわけじゃない。防げない攻撃は受け流すし、回避だってする。


 それをきちんと理解したうえで戦術を組み立てなきゃ、とてもじゃないがこの先やっていけないぜ?」


「わ、わかってるわよ……」


「ホントかねぇ。ま、俺もプロだ。もらった金額分の仕事はするが、さっきみたいな無茶な指示には従えない。それだけは理解しておいてくれ」


 ふてくされたような声を出すフレイに、冒険者は軽くため息をついてその場から少し離れた所に腰を下ろした。元々のパーティ同士で話が出来るように気を遣ってくれたのだ。それを黙って見つめるフレイに、ムーナが大きな胸を揺すりながら声をかける。


「駄目よぉフレイ。今の態度は良くないわぁ」


「……わかってる。本当にわかってるのよ。でも、どうしていいかわからなくて……」


「確かに拙僧達の戦い方はあまりにニック殿に依存しすぎておりましたな」


 うつむいて口を尖らせるフレイに、ロンもまた神妙に頷く。


 これまでのフレイ達の戦い方は、絶対無敵の盾であるニックが全ての攻撃を止め、そこにフレイが攻撃して適時魔物を弱らせ、ムーナが大魔法を一発たたき込んでとどめを刺すというものだった。これならロンが使う補助魔法もフレイにのみかければよく、勇者パーティは高い継戦能力を誇っていた。


 だが、ニックがいなくなったことでその前提が崩れた。常識的に優秀な冒険者ではニックのように全ての攻撃を防ぐことなど出来るはずも無く、結果としてフレイも防御に回らなければならなくなった。


 そうなるとロンは二人に常時補助魔法をかけ続けなければならず、それでも抜けてくる一部の攻撃のためにムーナは隙だらけになる大魔法の詠唱を諦め、中位の攻撃魔法を連射するという戦闘方法を強いられることになる。


 だが、それはすこぶる効率が悪い。魔族領域の魔物は軒並み魔法防御が高いため、使う魔法のランクが下がると同じダメージを与えるのに数倍の魔力を消耗してしまうのだ。


「ニック殿がいなくなった以上、これまでのような戦い方は不可能でしょう。もっと根本的に戦法を変えるしか……」


「そうは言っても、そんないい方法なんてあるの? あればみんなそうしてるんじゃない?」


「そうねぇ。だから私達がとるべきはぁ、ここで粘ることより勇気ある撤退かも知れないわねぇ」


 ムーナの言葉に、他の二人の視線が集まる。


「そもそもぉ、私達は……と言うよりフレイはここで戦うには早すぎるのよぉ。本来ならあの封印の扉、あれを開くために今頃世界中を回っているはずだものぉ。ここにたどり着く頃には、今よりずっと強くなっていたはずよぉ」


「ニック殿が省いてしまった道順を、ニック殿自身が補填していたわけですな。そういうことなら――」


「でも!」


 ムーナに同意しようとしたロンの言葉を遮って、フレイは言う。


「でも……それでいいの? 勇者って、そんな簡単に引いちゃっていいの!?」


「フレイ殿……」


「勇者って、みんなの先頭に立って戦う人でしょ!? 何者も恐れず艱難辛苦に立ち向かい、勇気を持って人々を導く……それが勇者なのに、なのに……」


「違うわぁ」


 思い詰めたフレイの言葉を、ムーナがゆっくりと否定する。


「違うわよフレイ。恐怖を感じない人が勇者なんじゃない。怖くても頑張る人が勇者なのよぉ。辛さを感じないわけじゃなく、辛くても立ち向かうから勇者なの。だから難しかったら引き返したっていいのよぉ!


 無理をして失敗して、死んでしまったらそれまでだもの。生き延びて、戦い続けて、最後まで前に進むことを諦めない。それこそが勇者なのよぉ!」


「そう……なの?」


「そうよぉ! と言うか、フレイはニックの背中を追いかけすぎよぉ! あんな埒外の生き物を目指しちゃ駄目! あんなの絶対追いつけないから! 最強と言われた初代勇者だって、ニックの足下どころか影にすら届いてないわよぉ?」


「然り。ニック殿はいつも泰然自若としておられましたからな。あれを勇者像として捉えるのは些か間違いかと」


「……違う」


 そんな二人の言い分に、フレイは小さくそう呟く。


(違う。そうじゃない。父さんは、本当の父さんは……)


「フレイ殿? いかがなされた?」


「……ううん。何でも無い。わかった。なら一旦……どの辺まで戻ればいいのかしら? ずっと父さんと一緒に戦ってたから、アタシ達だけの適正難易度が良くわからないわ」


「そこはまあ、適当に戦いながら戻ればいいんじゃない? 丁度いいか少し辛いくらいの場所まで戻ったら、またパーティメンバーを補充するかどうかも含めて考えたらいいわよぉ」


「そうですな。ここはひとつ、新たな気持ちで出直すことにしましょう」


「わかった。じゃああの人にはアタシが声をかけてくるね。さっきは失礼しちゃったし」


 そう言ってフレイが立ち上がると、二人が見送る中先ほどの冒険者の側へと歩み寄り、自ら声をかける。そのやりとりは二人には良く聞こえないが、どうやらフレイが必死に頭を下げているようだ。


「大変よねぇ、勇者って。たかだか一七歳の子供が世界の命運を担うなんて、絶対世の中間違ってるわぁ」


「ですが、フレイ殿以外には勇者はおりませぬ。代わりがいないからこそがむしゃらに頑張っておられるのでしょうが……この身にニック殿の爪の先ほども力があれば」


「……そのくらいでも怖いことになりそうだから、やめといた方がいいと思うわよぉ?」


「……そうですな。過ぎた力を求めるなど、破滅に向かってまっしぐらですからな」


 しみじみと頷き合う二人の側に、フレイが戻ってくる。その背後には苦笑いを浮かべた件の冒険者も付き従っており、どうやら会話は上手くいったようだ。


「全くとんでもねぇ男と比べられちまったもんだぜ。町までは俺がきっちり守ってやるから、その後はまあ頑張れや、勇者のお嬢ちゃん」


「もうっ! だからお嬢ちゃんじゃないって!」


「ハイハイ。話がまとまったならさっさと戻るわよぉ! フレイは今までより警戒を密に、ロンは逆に精神集中させて魔力を回復させておいてねぇ」


「あーっ! それアタシの仕事!」


「はっはっは。では参りましょうか」


 僅かにギスギスしていた空気は、今はもう欠片も無い。こうしてニックを欠いた勇者パーティは、失意ではなく新たな決意のもと最前線を退き、人類領域へと撤退をしていくのだった。

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