父、帰宅する
明けましておめでとうございます。今年も頑張っていきますので、是非とも応援よろしくお願い致します。
『次はその銀の鍵だ。と言っても使い方はほとんど変わらぬ。違いとしては……ほれ、その鍵の頭の部分に宝石が三つ付いているであろう?』
「うむ? ああ、あるな」
オーゼンに言われてニックが銀色の鍵を手に取って見れば、精緻な細工の施された頭の部分に深い青色の石が三つ埋め込まれているのがわかる。
『それ一つにつき、一カ所の扉を記憶できる。つまり銀の鍵は一本で三カ所を記録できるということだな。それが六本ある』
「ふーむ。つまり銀の鍵で一八カ所、銅の鍵で一二カ所、合計で三〇カ所の扉を記録できるということか?」
『そうだが、それは本来の使い方とは違うな。数があることからもわかる通り、その二種類の鍵は本来王を目指す者が配下に渡すものなのだ。それ故にそれらは貴様が「王能百式」を解除しても消えず、効果も失われない。無論貴様が消そうと思えば消せるがな』
「ほほぅ! つまり誰にでもこれを使わせることができるということか! それは凄い……いや、危険だな」
無邪気に喜んでいたニックの顔が、一転して渋くなる。だがそれを見たオーゼンは、むしろ安心したように言葉を続けた。
『アトラガルドの時代ならともかく、今のこの世界でならいくらでも悪用ができ、また真っ当に使ったとしても莫大な財を生むであろう魔導具だ。その危険性を認識できぬようなら我としても少々手を打つつもりだったが、その分なら問題無さそうだな』
「ああ。こいつの扱いは特に慎重を期すことにしよう」
今の時代において、転移魔法は古代遺跡にある転移陣や転移の罠以外存在しない。つまり元からあるものを利用することはできても、それを都合のいいように改変したりはできていないのだ。
だが、ニックの「王の鍵束」はその常識を覆すものだ。その存在が明るみに出れば多くの者がこぞってそれを手に入れようとしてくるのは目に見えており、力で奪いに来る悪党なら簡単に殴り飛ばせても、王族などから要請されると流石のニックにも断りづらい。
無論あくまでもオーゼンが主体となった能力のため、いざとなれば如何様にも誤魔化しは効く。効くが、明らかに面倒な事になるのはわかりきっているのだから露見しない方がいいに決まっているのはニックとしても十分理解できることだった。
『ちなみに、万が一我に魔力が無い時でも魔石や所有者の魔力にて起動できるように調整してある。もし誰かに渡すことがあるなら、その旨伝えておくのがいいだろう』
「わかった、留意しよう」
『いい返事だ。では最後、この能力の本命とも言うべき金の鍵について説明しよう。それこそがこの「王の鍵束」の本体であり、それだけは貴様にしか使えず、王能百式を解除した際には消える。まずそこまではいいか?』
「うむ。要は他の能力と同じということだろう?」
鍵束の中にたった一本のみある、明らかに豪華な金色の鍵。それを手にして言うニックに、オーゼンも肯定の言葉を返す。
『そうだ。そしてその金の鍵は、その他の鍵で登録した全ての扉に転移することができる。それに加えて貴様が行ったことがある場所に限り、登録していない場所にも跳ぶことができるぞ』
「おお! 扉がある場所限定ではあるが、正に理想の転移ではないか!」
事前に準備が必要なのと、行ったことさえあればいつでもそこに跳べるのとでは利便性に天と地ほどの隔たりがある。思わず感嘆の声を上げたニックに、オーゼンもまた得意げに言葉を続ける。
『フフフ。であろう? だが注意として、登録無しで跳ぶ場合は明確にその場所を思い描く必要がある。なのでたとえば各地の宿の扉のような、あまり特徴の無い場所はこれで跳ぶのは難しい。
貴様の場合は鍵を配る者もいないのだから、各地の拠点のような普段は使わぬが跳べると便利な場所を下位の鍵で登録しておき、登録外転移はあくまで補助的な手段で使うのがよいだろうな』
「そうだな。しかし扉限定か……どうしたものかな」
『何だ。不満があるのか?』
顎に手を当て眉根を寄せるニックに、オーゼンが問いかける。
「不満というかな。木賃宿でもなければ部屋の扉に鍵はつくから、入口には事欠かん。だが出口の方が問題でなぁ」
いくつもの町で宿を取り、その部屋の扉を登録しておくというのがニックが思いついた一番簡単な鍵の活用法だ。だが泊まっているわけでもない微妙に見覚えのある人物が部屋から突然でてきたら、おそらくは泥棒か何かと間違われることだろう。
『そこは王能百式の……と言うより扱う貴様の限界として受け入れよ。民家や商店の裏口、町外れの納屋や使われていない倉庫など、鍵のついた扉は探せば町中至る所にあるものだ』
「むぅ、やむを得まい」
結局口をへの字にしたまま、それでもニックは納得した。じゃあ魔法陣を書いたり魔力を上手く扱えるかと言われれば無理であるし、少なくとも一朝一夕でどうにかなるものではないことは今の強さに至るまでの修行で嫌という程思い知らされていたからだ。
「しかし、そうだな。出口の件は追々考えるとして、思ったところに跳べるというなら、ひとつ試してみるか」
『何だ? 何処か行きたい場所でもあるのか?』
「うむ、まあな。で、使い方はさっきと同じか?」
『そうだ。金の鍵を鍵穴に差し込み、跳びたい先の扉を思い描いて右に回せばよい。想像が現実と繋がったならば、音がしてわかるはずだ』
オーゼンの言葉にひとつ頷くと、ニックは再び自室の部屋の鍵穴に手にした金の鍵を差し込み、行き先を想像して鍵を捻る。すると鍵から淡い光が放たれ、それと同時にカチッという軽快な音がした。
『どうやら正常に繋がったようだな。では扉を開けてみるがよい』
「うむ」
オーゼンに促され、ニックが扉のノブに手をかける。ほんの一瞬躊躇いを見せたニックを不思議に思うオーゼンだったが、何かを言う前にニックが扉を開き、その先に広がっていた光景は――
「……………………」
『ここは……民家、か? おい貴様、ここは――』
「変わっておらんなぁ」
重く、優しく、懐かしく。その部屋の有り様に、万感と呼ぶに相応しい呟きをニックが漏らす。そうして柔らかく微笑むと、ニックは手の中の鍵を元のメダリオンに戻してから言葉を続ける。
「ここは儂の家だ。はは、懐かしいな。旅立った当時のままか」
ゆっくりとした動きで、ニックが自宅へと足を踏み入れていく。その背後では扉がしまり遙か遠くの宿との繋がりが絶たれたが、そんな事をニックは意にも介さない。
『貴様の家? 懐かしいと言う割には普通に手入れがされているが、と言うことはここには貴様の家族が住んでいるのか?』
「……ああ、そうだな。お主にも紹介しよう」
ほんの僅かな沈黙の後、そう言ってニックは閉まったばかりの家の扉を開いた。その先に広がるのは当然先ほどの宿ではなく、ニックが長い時間を過ごした家の庭先。その懐かしさに足を止めて見入るニックに対し、オーゼンは周囲を観察して言う。
『周囲に人がおらぬし、家も見えぬな。まさかこの家一軒だけか?』
「ははは、そうではない。儂の家は代々木こりだったからな。森に近い方が仕事に行くのが楽だと、村はずれに家があるだけだ。森と反対側に少し行けば普通に村があるぞ。まあ田舎だから大した物はないが」
『そうか。では貴様の家族もそこに?』
「いや、それはこっちだ」
ニックの足は、村とは反対方向に進んでいく。その先にあったのは、簡易的に石を積んで作られた柵に囲まれた、小さな土地。そこには紐で十字に結ばれた木の棒が無数に立てられており、その根元のいくつかには綺麗な花が供えられている。
『これは…………』
「久しいなぁ……まだ旅半ばではあるが、帰ったぞ。マイン」
その内のひとつ。小さく可憐な白い花の供えられた墓の前で、ニックは小さくそう呟いた。