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父、試してみる

これが今年最後の更新となります。九月から始まった新連載ですが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。今後も頑張りますので、来年もよろしくお願い致します。

「こぉれでぇぇぇぇ……終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 細い枝の部分を掴んでブンブンと体を回転させていたニックが、雄叫びと共に宙に飛び出す。そのまま足を抱えてクルクルと回転すると、三〇メートルほど先の模様のない床の上に見事着地を成功させた。


「よし!」


『フッ。気が済んだか?』


「ああ、十分だ。これほど遊んだ・・・のはいつ以来だったか」


 若干の呆れを交えた声を出すオーゼンに、ニックは満足げな笑みを浮かべてそう答えた。


『全く。この試練を遊びと断ずるのは貴様くらいであろうな』


「そうか? 儂が通った道のりはともかく、正規の道順であれば儂以外でもそこまで苦労するとは思えんが?」


 ニックがあえて通ってきた道のりはとても道などとは言えぬ順路だったが、きちんと枝の位置が調整されている場所であれば十分に常識の範囲内で移動できるように構成されている。


 だが、そんなニックの言葉をオーゼンは苦笑いしながら否定した。


『貴様には関係ないので言わなかったが、この試練においては魔法が使えなくなっているのだ。普通の者なら貴様のように遊ぶ余裕など一切なかったであろうな』


 高い魔法技術を誇ったアトラガルドにおいて、一定以上の強者であれば魔法による身体強化は常識として使われていたものだ。それを封じられるのは鳥が翼をもがれるに等しく、それ故にこの試練はかなりの難易度を誇っていた。


 もっとも、ならば素の身体能力でしか攻略できないかと言われると、そんなことはない。金属の木は壁や床とは別の材質でできているため杭を打ち込むことができ、それによって縄をかけたりすればそこそこの身体能力でも時間をかければ進むことはできる。


 そしてそれすらできない者でも、その代わりに高い魔法の技術と知識があれば床の転移陣を崩しながら進むこともできる。要はきちんと鍛え上げた体、機転を利かせる知恵、他を圧倒する技術のどれかがあれば進めるようにできているということだ。


「ほーん。その辺は良くわからんが、とにかく今回の試練は達成だ。これならオーゼンとて文句はあるまい?」


『うむ。きちんと試練の趣旨に則って行動し、それを打ち破ったのだから我としても言うことは何も無い。見事な動きだった』


「おお、褒められてしまったな。はっはっは……」


 オーゼンから素直な賞賛の言葉をかけられ、ニックが思わず照れる。そのまま既に開いている正面の扉を抜け、いつも通りに台座にオーゼンを置くことで今回の試練は無事に終了した。新たな王能百式を得る権利を手に、ニックは部屋奥の転移陣の上に乗る。


「ひぇっ!?」


「おっと、すまん。大丈夫か?」


 ニックが外に出ると、すぐ側に見知らぬ人物がいた。何も無い場所に突然現れたニックに驚き声を上げるその男性に、ニックは軽く手を上げて謝罪する。


「あ、あんた今、何も無いところから……」


「はっは。何を言っておる? 人が何も無いところから出てくるわけがあるまい? もう少しすれば日も昇る。深酒はほどほどにした方がいいぞ?」


「あ、ああ。えぇ? あー、そうか。飲み過ぎたか……こっちこそ悪かったな」


「気にするな。では、またな」


 幸いにしてそこにいたのは衛兵などではなく酔っ払いだったため、適当に誤魔化してニックは再びこっそりと宿に戻った。別にこっそりする必要はないのだが、出てくるときにそうしてしまったために「いつ出ていったんだ?」と問われるのが面倒だったからだ。


 久しぶりに思い切り体を動かしたこともあり、ニックはそのままベッドに倒れ込むと日が昇るまで就寝。朝を大分過ぎて起きたときには「もう朝食は無い」と言われてしまったので、背嚢から残り少なくなってきた完全栄養食を取り出して囓ると、やっと人心地ついたとばかりに改めて鞄からオーゼンを取り出し、向き合った。


「さて、それでは新たな能力の習得だな」


『そうだな。やはり当初の予定通り転移系のものにするのか?』


「そうだなぁ。別に絶対に必要というわけでもないのだが、あればあったで便利そうだからな。そのまま二つとも保留するという手もあるが、それをやり始めると結局使わぬまま終わりそうな気もするのだ」


『ありがちだな。まあ貴様の移動はどうしても目立つし、貴様以外の人物を運ぶにも色々と制限がかかる。アトラガルドほど交通の発達していない今の時代であれば、転移系の力はひとつは持っておく方がよいと我も思うぞ』


「そうか。オーゼンがそう言うのであれば、そうしよう。では、いくぞ?」


 オーゼンの言葉に納得して頷いたニックは、オーゼンを手に己の望む力を思い描く。それはオーゼンの内側に広がり、やがてその言葉が紡がれる。


『意思を描いて言霊を呼べ、されば望む力が与えられん! 唱えよ、「王能百式 王の鍵束」!』


「うむ! 『王能百式 王の鍵束』!」


 言霊と共に、ニックの体を光が包む。それは今回もまたオーゼンの方へと移動すると、弾けた光球の後には牢番が持つような……それにしては圧倒的に豪奢な作りだが……鍵の束が生まれていた。


「これか? 何というか、想像と違うのだが」


『フフフ。今回は貴様の方の想像が違ったか。確かに転移というなら足下に転移陣を展開して任意の場所に跳べるというのが一般的だが、あれはある程度魔力の扱いに長け、かつ魔法の知識がなければ難しいのだ。


 なので、そういうのを一切使わずにすむように落とし込んだのが、この能力というわけだな』


「ほぅ。それは有り難いな」


『ただし、その分多少の制限はつくぞ? まずはその鍵束より銅の鍵を外して、部屋の扉についている鍵穴に入れてみるのだ』


「銅の鍵……こうか?」


 オーゼンに言われて、ニックは鍵束からいくつもある銅の鍵のひとつを外し、部屋の扉の鍵穴に入れる。


『そうだ。それでまずは鍵を右に回してみよ。で、音がしたら元に戻して抜き取れ』


「ふむ……お?」


 言われて鍵を右に回すと、この扉とは関係の無い鍵だというのに、何の抵抗もなく鍵が回る。九〇度回したところでカチッと音がしたためそこで回すのをやめ、元の位置まで戻して普通に抜き取った。


『それでその鍵にはこの扉が登録された。今度は部屋の外に出て、他の部屋の扉に鍵を差し込み、今度は左側に回して開いてみよ』


「他の部屋? 誰かいたら変な誤解をされぬか?」


『その懸念はあるが、流石に同じ扉には使えぬのだ。幸い隣には誰もいなかったはず。そこで試してみるのがよかろう』


「まあ、うむ。そうだな」


 微妙に気は進まなかったが、そう言われてはどうしようもないのでニックはそのまま廊下に出ると、誰もいない隣の部屋の扉に鍵を挿し、今度は左側に回す。するとカチッと音がしたので元に戻して鍵を抜き、おもむろに扉を開けると――


「? 普通に部屋の中だが……いや、ここは儂の借りた部屋、か?」


 部屋の隅に、ニックが置いた背嚢があった。つまりここは隣の部屋の中ではなく、ニックの借りた部屋ということになる。


『それが銅の鍵の効果だ。一本につきひとつの扉を記憶でき、何処の扉を開いても登録した扉を開いたことにできるのだ。それが全部で一二本ある。


 ああ、勿論登録は上書きできるぞ? でなければこんな場所で試したりせんからな』


「おお、それは便利だな……ふむ?」


 ニックはそのまま部屋に入ると、一旦扉を閉めてから今度は普通に開けてみる。するとそこは普通に自分の部屋の前の廊下であり、隣の部屋の前ではない。


『注意点としては、銅の鍵は一方通行だ。何処からでも戻れるが、そこから再度扉を開いた場所に戻る、と言うことはできぬ。また扉を開いていられる時間は一分ほどだ。それ以上たつと通路が消える。まあもう一度開き直せばいいだけではあるが』


「そうなのか。ちなみに体を半分だけ部屋に入れた状態で時間が切れたりするとどうなるのだ?」


『一歩でも踏み込んでいれば、基本的には転移先の方に出現することになる。そこでちぎれたりはせぬから安心せよ。またその場合に転移先に他の物体があった場合は、強制的に押しのける形になる。ただし魔力が足りぬ場合はこちらが押しのけられる形になるから、注意が必要だ。


 その他細かい事は色々あるが、貴様は「魔法がいい具合に調整してくれる」と認識していればよい。それ以上を語っても理解できぬであろうからな』


「ふむ、わかった。ではそういうことにしておこう」


 オーゼンの説明に、ニックはあっさり考えるのを放棄して頷いた。実際説明されても理解できるとは思えなかったのと、何より魔法と言うよりオーゼンの事を信頼しているからこその丸投げであった。


『では、続きを説明するぞ』


 新たな力の説明は、まだ続く……

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― 新着の感想 ―
開けたい部屋や金庫や宝物庫の扉に鍵を使い、 扉を開けて一分待てば通路は消えて元の部屋や金庫内に侵入可能な 錠前破りのマスターキーになる?と思ったがニックなら 物理的に押し入ることができるんだった。
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