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父、ネジを巻く

『試練の達成を確認。偉大なるアトラガルドの王を目指す者よ。この力が汝の王道の助けとならんことを願う』


『よし、外に出るぞ』


「わかった」


 最後の部屋での手続きをつつがなく終え、認証の台座からオーゼンを外して手に持つと、ニックは奥に出現した転移陣にて何事も無く「百練の迷宮」の外へと出た。


 瞬間、広がるのは湿った木々の空気。ここもまた打ち捨てられた場所であり、流石に一万年前の都市の面影は何処にも残っていない。


『さて、無事に新たな力を得る権利を得たわけだが、今回はどうするのだ? やはりいざという時のために保留か?』


 人気の無い森の中、転移陣の刻まれた苔むした石版の上に立つニックに、おもむろにオーゼンが語りかけてくる。


「ふふん。それに関しては既に決めてあるぞ?」


『む、そうなのか?』


 そうして森の中から近くの町への道すがら。寄ってきた猿のような魔物を裏拳で殴り飛ばしながら言うニックに、オーゼンが意外そうな声をあげる。


 なお殴られた猿の仲間がキーキーとけたたましい鳴き声をあげているが、そちらに関しては二人とも一切意に介さない。ここに来るときも同じ魔物に襲われており、それがニックにとって何の脅威にもならないと理解しているからだ。


「以前にアリキタリの町で、こうして歩きながら話したことを覚えているか?」


『むむ? それは……確か貴様に歴代の所有者がどのような力を身につけたかと問われたことがあったが、あれか? そういえばあの時何か思いついたようなことを言っていたな』


 次々と飛びかかってくる猿たちを正確に拳で打ち抜きながら歩き続けるニックをそのままに、オーゼンは当時のことを思い出す。その言葉に最後の猿を蹴散らしたニックが満足げに頷いた。


「そうだ。あの時儂は、儂自身がほとんど魔力を有していない為に高度な機能を使うのは無理だと言われ、その解決法を思いついた。今回はそれを実行しようと思うのだ」


『ほう……ほう?』


 そして、ニックの言葉にオーゼンは当時自分が感じていた嫌な予感も思い出した。だがそれに気づくことなくニックは少し真面目な顔をして言葉を続ける。


「それに、今回の事もあったからな。儂に魔力があれば……というのは無理だが、あの時魔力を調達する能力を得てさえいれば、お主が傷を負った時にこれほど時間をかけて修復をする必要もなかったのであろう? ならば今度は迷うこと無くその力を得ようとずっと考えておったのだ」


『そうか。確かに我に魔力を蓄えられるのであれば、いざという時に役に立つであろうからな』


 己の身を案じる真摯なニックの言葉に、オーゼンは感じていた嫌な予感をくだらないと切って捨て、努めて明るい声で問うた。


『で、それはどのような形の力にするのだ?』


「うむ! 儂の腕力を魔力に変換できるようなものにしようと思うのだ!」


『……腕力?』


 切って捨てた不安が、一瞬にして戻ってきた。金属製の体の内側をなんとも言えない悪寒がゾワゾワと這い上ってくるのを感じ、オーゼンは体の代わりに声を震わせる。


『な、なあニックよ。我は非常に嫌な予感がするのだが……如何にして腕力を魔力に変換するつもりなのだ?』


「ん? そんな事儂に言われてもわからん。今までだって儂は機能を望んだだけであり、具体的にどんな形、力でそれを実現するかはお主が決めていたことだろう? いや、正確にはお主ではないのか?」


『まあ、そうだな。我の意思ではなく、王選のメダリオンとしての能力が望む力の形を呼び覚ますわけだが……』


 答えながらも、オーゼンの中に広がる不安は留まることがない。腕力を魔力にと言われて、オーゼンが想像したのは打撃、正確にはそれによって生じる衝撃を魔力へと変換する機構だ。


 要は魔法によって生じる現象を逆転させ、あらゆる外的エネルギーを魔力へと逆変換する機構だが、変換効率はお世辞にも良いとは言えず、また全ての人類が魔力を有するが故に必要性もなかったため、アトラガルドにおいてはほとんど発展していない技術である。


 そして、そこから導き出されるイメージは、ニックの拳をオーゼン自身が受け止め、それで魔力を生み出すというものだ。魔力を生成するために毎度ニックに殴られる自分。痛みは感じずとも恐怖は覚えるかも知れないし、もしニックが力加減を間違えばオーゼン自身もまた砕け散る可能性が極めて高い。


(何と恐ろしい……いや、しかしここで尻込みするなどできるはずもない。我は王選のメダリオン。所有者の望む力を提供してこそ価値のある存在だ。ましてや我のためにその力を得ようとしてくれているのなら、我はただ全力でその望みの答えるのみ!)


『……わかった。ニックよ。では貴様の望む力を思い浮かべるがよい』


「? よし、いいぞ」


 いつの間にか森を抜けており、今いるのは人気の無いなだらかな平原。悲壮な決意と共に発したオーゼンの言葉に若干首を傾げつつも、ニックは鞄からオーゼンを取り出し、己の理想とする力を思い浮かべた。


 するとすぐにオーゼンの体から力が溢れ、それがニックの思いを汲み取り形としていくのがわかる。


『意思を描いて言霊を呼べ、されば望む力が与えられん! 唱えよ、「王能百式 王の発条ゼンマイ」!』


「わかった! 『王能百式 王の発条』!」


 言霊と共に、ニックの体を光が包む。すると今回はその光がオーゼンに集まり、ふわりと中に浮いたかと思うとそのまま地面に降り立ち、光が収まった時そこにあったのは、直径一メートルほどの円形の入れ物に入り、巨大な手回しのついた赤銅色の発条ゼンマイだった。


『これは……!?』


「おお、こうなったのか! ……どうしたオーゼン。変な声を出して」


 驚きの声をあげるオーゼンに、ニックが不思議そうに声をかける。


『いや、我の想像したのと全く違う形になったのでな。てっきり我が殴られて、その衝撃を魔力に変換するのかと思ったのだが……』


「何を言っておるのだ。儂がお主を殴るわけないであろう。まあ以前に言っていた様に武具の形を取るのであれば、多少手荒に扱う可能性は否定せんが」


『それは本来の用途であるから構わんのだが……そうか、そうだな。貴様はそういう奴であったな』


 意思を持ち言葉を喋るとは言え、オーゼンは単なる魔導具に過ぎない。だがニックは常にオーゼンを相棒として扱ってきた。そんな男が己を殴るような使い方をするはずがないと、オーゼンは己の不見識をこっそりと恥じた。


『すまぬ。我はまだまだ貴様を侮っていたようだ』


「むーん? よくわからんが、気にするな。で、これはあれか? この取っ手を持って捻ればよいのか?」


『そうだな。そうやってネジを巻くことで魔力を溜められるらしい。実に単純な構造だが、貴様には丁度よかろう』


「うむ、わかりやすいのは大好きだ! では、早速……」


 ニックの手が、巨大な発条となったオーゼンのネジを巻いていく。それはニックをして重いと感じさせる手応えであり、並の人間では一巻きすらできないと思われる。


「これはなかなか……回し甲斐があるな」


『恐ろしいほどに非効率的だな。これほどの腕力を持ってしてこの程度の魔力とは……正しく貴様のためだけの能力といったところか』


「わはは。儂としてはこれで魔力が溜められるなら願ったりだな。よーし、どんどん行くぞ!」


『ふむ。最初であるし、まずは限界まで巻いてみるか』


「了解だオーゼン! ほーれほれほれ!」


 回る回る。興の乗ってきたニックの手により、オーゼンのネジがみるみる巻かれていく。


『大分巻かれたな。よし、そろそろ加減をしてゆっくりと……おい貴様? 聞いているのか?』


「ほっ! ほっ! ほっ!」


 オーゼンの言葉に、ニックは何も答えない。ネジを巻くのがちょっと楽しくなってきてしまい、そのままどんどん巻いていく。


『待て! 待つのだ! 一旦待て! 本来ならあり得ないが、貴様であれば巻きすぎて壊れるという可能性も――』


「よっ! ほっ! はっ! もう一丁!」


『待て待て待て待て! 待つのだ! 今すぐ待つ……ぬぉぉぉぉ!?』


「うおっ!?」


 調子に乗ってニックがネジを巻き続けた結果、限界を迎えたオーゼンの体が突如激しく光り出す。その点滅はまるで爆発する寸前のようで――


『溢れる!? 魔力が溢れて……ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?』


「オーゼーン!!!」


 絶叫するニックの目の前で、オーゼンの内部からビヨンとバネが飛び出した。

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