父、真っ当に? 頑張る
「むーん……………………」
蟻達の遺跡にて手に入れた情報により、おぼろげながらもアトラガルドにおける現在位置を確認できたオーゼン。そんなオーゼンの導きに従って新たなる「百練の迷宮」へとやってきたニックだったが、ニックはその内部にて、これ以上無いほどに難しい顔をしながら目の前に並ぶ無数の石像を見つめていた。
「全く違いがわからん……本当にこれは違いがあるのか?」
『そう思うならば台座に置いてみればよかろう。扉が開けばそれが正解だ』
「むぅ……そうだな。試しにやってみるか」
現在ニックが挑んでいるのは、「広大な部屋に並べられた一〇〇〇〇体の石像から、見本と同じ物を見つけ出して台座に置く」という試練だ。と言っても当然単なる間違い探しではなく、そこには様々な工夫が凝らされている。
「ならば、とりあえずこれにするか」
そう言ってニックが手近にあった石像を持ち上げると、特に何の抵抗もなくその石像は台座から離れる。が、それと同時に他の石像は淡い光の膜に包まれ、そっとニックがその膜に触れてみると、強い抵抗感と共に指先に痺れを感じた。
『ここの石像は一度にひとつしか動かせぬ。そして元の位置に戻さねばこの防護膜は解除されん。ハズレをひとまとめにして置いておくなどという行為は許さぬということだ』
「面倒な仕掛けだな……やはり駄目か」
軽々と運んだ石像を大きな扉の横、何も乗っていない台座の上に乗せてみたが、扉は何の反応も示さない。
『流石にそんな適当に持ってきた石像が当たりということは無かろう。それで正解されたら設計者は泣くぞ?』
「泣きたいのは儂の方だがな……」
オーゼンの言葉に、ニックが小さくぼやく。かつてカマッセが大迷宮を最短距離で最終試練の間にたどり着いてしまったように、圧倒的な幸運が技術や知識が必要な工程を省くということも無くは無いが、少なくともそれだけで達成できてしまうほど「百練の迷宮」は甘くない。
「しかしそうなると、これを端から全部試すのか? 正直うんざりなのだが……」
『何故貴様は正解を探そうとしないのだ!? そう言う試練だと最初に説明したであろう!?』
「そうは言うがなぁ……正直儂にはどれも同じに見えるのだが」
『それは貴様の注意力が足りぬだけだ。たとえばほれ、今貴様が運んできた石像は、見本のそれと違って右手人差し指の爪の長さが七割ほどしかあるまい?』
「こんなもの職人が像を彫る時の誤差であろう!?」
『違うぞ。アトラガルドの技術であれば、正しく寸分違わぬ石像を量産することなど容易かったからな』
「ぐぅぅ……」
得意げに言うオーゼンに対し、ニックは更に深く唸る。人が作る以上完全に同じ物などあり得ないという常識で生きてきたニックにとって、この程度の差違を「違い」として認識するのはかなり難しい。それこそ今のように違っている箇所を説明され、それを見本と並べて見比べてやっとというところだ。
「なあ、やはり扉を殴り壊しては駄目か?」
『……貴様がどうしてもと言うなら、我にそれを止める術は無い。だがせっかくかつての選定者達が知恵を絞って作り上げた試練なのだ。以前のような緊急事態でもない限り、できれば正規の手段で解いて欲しいというのが我の願いではあるな』
「……………………そうか。わかった。ではもう少し頑張ってみるとしよう」
最高に渋い顔をしながらも、ニックはオーゼンの言葉を聞き入れてその場で腰をかがめると、再び石像とにらめっこを始めた。その様子にオーゼンは「王選のメダリオン」として使命を全うしているという充実感が満ちると共に、拭いようのない懸念もまた生まれてくる。
(しかし、よりにもよってこの試練か……ここまで最悪の相性の試練を引き当てるとはな)
迷宮に入った時点で、オーゼンにはこの試練に対する知識が与えられている。それによるとこの一〇〇〇〇体の石像のなかに正解は存在しない。無論答えが無いという意味ではなく、今のままでは存在しないということだ。
見本となる石像を魔力感知で視ると、そこからは特殊な波長の魔力が感じられるようになっている。それと同じ波長を発する石像がこの無数の石像群のなかにいくつかあるが、それだけではまだ半分だ。
更に詳しく見極めると、それぞれの石像の腕やら足やらの一部分のみが見本と同じ波長を発していることがわかる。そしてそこを引っ張ると、部品が抜けるようになっているのだ。
つまり、見本と同じ魔力を発する石像を探し、それから正解の部品を抜き取り、それら全てを組み合わせることで正解の石像を作り上げる……そこまでやって初めてこの試練は達成できる仕組みになっているのである。
(だが、ニックには基本である魔力感知そのものができぬ。そんな人間が試練に挑むことなど想定していないからな。さて、どうしたものか……)
「なあオーゼン。やっぱりこれ、端から順に全部入口に運んでみる方が早くないか?」
『何度も言うが、貴様がそうしたいと言うのであれば我は止めぬよ。だがそれで達成できなかったらどうするのだ? もっと注意深く見本となる石像と見比べてみる方がよいのではないか? 我に言えるのはそれだけだ』
端から全てを試したとしても、この試練は達成できない。だからこそのオーゼンの精一杯の忠告だったが、それがニックに伝わることはない。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ……………………」
(こと戦闘に関しては言うまでも無いが、それ以外でも我すら舌を巻くような注意力を発揮することもあるのに、何故適性の無いことではここまで大雑把なのか……本当によくわからん男だ)
「見本。見本。見本と同じ…………そうか!」
『お、どうした? 何か気づいたのか……っ!?』
不意に声を上げたニックが、おもむろに見本の石像の足下に手刀を放つ。するとオーゼンが驚く暇すら無く、見本の石像が台座から離れた。
『な、な、な……』
「フッフッフ。見ていろオーゼン。これで……どうだっ!」
その石像を抱えたニックが、おもむろに扉の横の台座の上に置く。すると台座の上を青い光が走り、次の瞬間大きな扉が音を立ててゆっくりと開いていった。
『何をしておるのだ貴様はっ!?』
「お主の助言のおかげだオーゼン。普通この手の仕掛けでは見本はあくまで見本でしかないのだが、お主の『全く同じ物を作れる』という言葉でピンと来たのだ。正解と全く同じ見本、つまりこの見本こそが正解の石像そのものであるとな!」
『……は?』
「いやぁ、実に難解な試練であった。まさかこの無数の石像全てが目くらましで、実質は如何にしてこの見本の石像を破損させずに台座へと動かすかの問題であったとは!
かつての試練達成者はどうやっていたのであろうな? やはり名のある魔剣、名剣の類いを使ったか、あるいは転移陣などというものがあるのだし、魔法で台座の上に跳ばしたりしたのか?」
『……いや、こんな手段で扉を開いたのは、後にも先にも貴様だけであろうな』
「む、そうか? まあどちらにしろ、これで試練は達成だな!」
『そうだな』
あまりと言えばあまりの出来事に、オーゼンは平坦な声でそう答えるのがやっとだった。
(力業……結局は力業なのか!? いや、しかし見本の石像で開くなど我には考えもつかぬことであったし、これはこれで正しいのか!? わからぬ、全くわからぬが……一応これを考えた者には謝っておこう。すまぬ……)
「さあ行くぞオーゼン! 次はどのような力を目覚めさせるか、今から楽しみだ!」
見ず知らずの設計者に心からの謝罪をするオーゼンの内心を知ること無く、ニックは意気揚々と開け放たれた扉の先へと歩いていった。