父、新たな伝説となる
「いよいよこの町ともお別れだな」
チョード・イーネンを揺るがす大事件が解決してから、更にしばし。宿の部屋にて身支度を済ませたニックは、感慨深げにそう小さく呟いた。
『我の修復のために来たのだから少しくらいは静かに過ごすのかと思ったが、結局いつも通りの騒がしい日々であったな』
「わはは。その方が楽しくてよいではないか。それに別に儂が騒いでいたわけではないぞ? 単に周りが騒がしかっただけだ」
『その原因となっている貴様が何を言うか! あの報酬の後だというのに、祭りでの大活躍を我は忘れておらぬぞ?』
「ぬぅ、あれは……あれだ。ちょっと興が乗ったというか、そういうのだ」
ニックの脳裏に蘇るのは、事件の収束を民に知らしめるためにと催された両イーネン山の復活祭の時のことだ。ちょっとした出し物として腕相撲大会があったのだが、軽い気持ちで参加したニックは当然連戦連勝を重ね、最後には有志一〇〇人対ニック一人……一〇〇連戦ではなく、ニックの腕にくくりつけた縄を一〇〇人が一度に引っ張る……を行った結果、ここでもやはりニックが勝利して驚かれたり呆れられたりと大騒ぎだった。
「しかし、あれは楽しかったな。まあその後の領主殿との会食には参ったが」
『仕方あるまい。我が言うのも何だが、あんなことを説明されてそのまま鵜呑みにするような領主などとてもではないが信頼できんしな』
「ははは……」
乾いた笑いを浮かべるニック。次に思い出されたのは、イーネンの領主であるワカル・カイネンとの会食だ。ギルドマスターであるコレッキリの説明があまりに荒唐無稽過ぎると言うことで、領主とその息子に当事者からの詳しい説明を求められたのだ。
もっとも、本当に苦労したのはワカルとの会話ではなく、その息子にして次期領主であるシッタとのやりとりだ。あまりに現実味の無い話に嘘をついているとか手柄を誇張しているなどと散々にせめられ、挙げ句の果てには「証拠を見せろ」と迫られた。
まあ、ならばとニックがシッタを抱えて丁度いい具合に暑さを取り戻してきたアツ・イーネン山頂まで軽く走って往復してみせた結果、以後シッタはニックを見る度に怯えた目をして隠れるようになってしまった。それはニックが理不尽な目に遭わないようにと気を遣って同席してくれたアッタすらも同情の視線を向けるほどで、結局ニックの心労が癒やされることは無かったのだが。
「ま、まあそれはもういいではないか。それよりほれ、この鎧だ! 何度見ても惚れ惚れする出来だな」
『ふむ。性能に関しては我も何の異論も無い。流石にアトラガルドの物と比べれば技術的には劣っているが、使われている素材そのものは一級品であるしな』
旅支度を調えるニックが身につけているのは、イーネン山の伝説の魔物二体を素材とした新たな鎧だ。鮮やかな緑色の鱗胸鎧に暗赤のモフモフした腕がついているというかなり派手な見た目だが、その性能は現代においては相当に高い。
「どうでぇ! コイツは俺が作った鎧のなかでも、会心の出来だぜ!」
「おお、確かに凄いな!」
期日になって鎧を受け取りに行ったニックに、鍛冶屋の老人がやり遂げた顔で持ってきた鎧を目にし、ニックもまた感嘆の声をあげる。それを見て更に気をよくした鍛冶屋の老人は、得意げに言葉を続けた。
「じゃ、説明するぜ? まず胸鎧の部分だが、基本的には緑のドレイクの皮をなめし、表面を鱗で覆ってある。いわゆるスケイルアーマーって奴だな。注文は皮鎧だったが、鱗の位置を調節してやや防御力を落とす代わりに動きを阻害しないようにしてある。それで問題ねぇと思うが、その確認は後だ。
で、元から預かってたやたら上等なワイバーンの皮鎧だが、あれはこの鎧の裏地に使ってる。穴の部分を補修するとどうしてもそこだけ耐久力が落ちちまうから、いっそ無事なとこだけ切り取って重要部分に重ね張りすることで総合的な防御力をあげようって方針だな。
それと、胸鎧にくっついてる袖のところはあの雪男の素材だ。普通皮鎧にするなら体毛は剃るんだが、コイツに染みついている血が雪男の魔力と混じってやたらと硬くなっててな。刃物に対する高い靱性を示したから、そのままの形で活かしてみた。色が赤いままなのはそう言う理由からだな」
「ほほぅ。そうかそうか……で、着てみてもよいのか?」
「当たり前だろ、さっさと着やがれ!」
口調は荒いが顔は笑っている鍛冶屋に、ニックは早速真新しい鎧を身につけ、体を動かしてみる。
「どうだ? ちゃんと測ったんだから大丈夫だとは思うが……」
「うむ、問題無い。実に動きやすいな。性能は実戦で試すとして、多少見た目が派手なのが気になるが……」
「それはどうしようもねぇから、諦めろ。弱っちぃ奴なら戦場で目立つのは御法度だが、イーネンの英雄様ならどんだけ敵が集まってこようが余裕だろう?」
「その呼び方はやめてくれ。まあ確かにドラゴンの一〇〇や二〇〇がよってきたところで敵では無いが」
「ガッハッハ! それだけ言えりゃ十分だ! 俺の最高傑作、大事にしてくれよな!」
「あの職人殿は実に気持ちのいい御仁だった。またいい素材が手に入ったら、ここに持ってきてみるのもいいかも知れんな」
『貴様が気に入ったのなら、我が言うべきことは何も無い。今更貴様の見た目が派手になったところでどうということもないであろうしな。さて、ではそろそろ行くか?』
「そうだな。一応最後に確認するが、お主の状態はもう万全なのだな?」
『無論だ。既に完全な状態を取り戻しておる』
ニックの言葉に、オーゼンははっきりと断言する。ニックがおもむろに鞄から取り出して見ると、その体は完璧に以前の輝きを取り戻しており、昨夜磨いたこともあって眩しいほどにピカピカしている。
「ならばよし! であれば、出立するとしよう」
最後にチラッと部屋を見返してから背嚢を背負うと、ニックはひと月世話になった宿の主人に礼を言ってその場を後にする。そのままのんびりと町の門の方へと歩いて行き……そこに見えてきたものからそっと目を逸らした。
『クックック。しかしこれが報酬か……実に面白い事を考えるものだ』
「やめよオーゼン。儂とて止められるなら止めたかったのだ。だがあんなに盛り上がられては、嫌とは言えぬではないか」
『それもまた貴様の選択だ。ほれ、しっかりと目に焼き付けるのだ』
「ぐぅ……」
唸るニック。だがそれで工事をしている職人の手がとまるわけではない。そこで造られているのは……ニックの像だった。
町を救った英雄の姿を残し、長きにわたって称え続ける。それこそがアッタが言い出したニックへの報酬であり、コレッキリも「それはいい!」と即座に乗ってきた。そうして場所はどうだの表情は、大きさは、ポーズはと盛り上がっていく二人を前に、ニックはどうしてもはっきり断ることができなかった。
それでも町の入口に像を建てるなど領主の許可が無ければ無理なのだが、強固に反対していた次期領主であるシッタがアツ・イーネンへの散歩をきっかけに完全に沈黙してしまい、以後はどういうわけかあっという間に話が進んでしまったため、結果としてチョードの町の入口の他、両イーネン山の入口にもニックの像が建つことが決定され、こうして工事が進んでいるのだった。
「おお、英雄様じゃねーか! アンタのおかげで俺達の町は助かったんだ! ホントにありがとな!」
そんな仕事中の職人の一人が、ニックを見かけてそう挨拶してくる。曖昧な笑みを浮かべてニックが手を振れば、他の職人や周囲の人からも次々に感謝の言葉が飛んできた。今まではそういう声援は勇者が受けるのが決まりだったため、自分自身に向けられるのはニックとしては照れくさくて仕方が無い。
「……やっぱりここに来るのは当分先にしたいところだな」
『クックック。これほどまでに「自業自得」という言葉が似合う状況を我は知らぬ。無茶苦茶な貴様の行動がこの無茶苦茶な報酬に結びついたのだ。甘んじて受け入れよ』
「他人事だと思ってからに」
小憎たらしく笑うオーゼンに、ニックはポスンと鞄を叩く。そのまま町を出ていくと、ニック達は次の目的地……蟻達のところで仕入れた情報、次なる「百練の迷宮」があると思わしき場所へと向かって歩いていった。
チョード・イーネン 名所案内
数千年変わることの無かったイーネン山の環境変化という未曾有の災害に見舞われたチョード・イーネンだが、その問題をたった一人の流れの冒険者が解決したことは町中では有名である。
そして、そんな冒険者の功績を称えて立てられたのが町と両イーネン山の入口に立てられた立派な像だ。筋肉ムキムキの壮年冒険者の像は、町の人々のみならずチョードに立ち寄った冒険者からも親しみと憧れを込めて崇められている。
なお、己の功績を誇示するどころか名を残すことすら良しとしなかった当の冒険者の意向を汲んでか、町の誰に聞いてもこの像の人物の名前は語られない。そんな謎の人物は、人々に「伝説の筋肉英雄」と呼ばれ、今日も笑顔で町を出入りする人々を歓迎してくれている。