父、顛末を報告する
本日の更新をもって100話となりました! これも応援してくださっている読者さんのおかげです。活動報告の方にも書きましたが、本当にありがとうございました。今後も引き続き宜しくお願い致します。
「本当にありがとうございました!」
夕焼け空が美しいチョード・イーネンの町。その冒険者ギルド、ギルドマスターの執務室にて依頼達成の報告をしたニックに、コレッキリが土下座せんばかりの勢いで頭を下げてきた。
「いや、そこまで礼を言われるほどのことではないぞ? 報告通り、残念ながら首謀者は取り逃がしてしまったしな」
「それは確かに気がかりですが、それでもニックさんが予想以上の働きをしてチョードの町を救ってくれたことには変わりありませんよ」
「そうだぜニックさん。今聞いた話だと、アンタがいなかったら確実に手遅れになってただろうしな。謙遜することないって!」
コレッキリに比べて、アッタもまたニックのことを褒め称える。ちなみに彼がまだここにいるのは、ギルドを拠点として仲間達に指示を出していたからだ。
「にしても、まさかその日のうちに解決しちまうとはなぁ。準備はもういいって言った時の仲間達の顔が忘れられないぜ」
「はっは。そちらは笑い話になるからいいじゃないですか。私の方は……」
笑顔のアッタに対して、コレッキリの方はげっそりとした表情を見せる。緊急事態ということを強調して何とか領主であるワカル・カイネンに面会を取り付け、必死に避難指示の必要性を訴えたコレッキリだったが、ニックの報告を受けて改めてカイネン家に使いを出している。
今後当主ワカルは勿論、頭を飛び越えて話を通してしまった次期当主であるシッタからも様々な問い詰めが来ることは必至であり、それ故にコレッキリの胃はキリキリと痛みを訴えていた。
「そこはまあ、ギルマスなんだから仕方ねーだろ。俺からも一応口添えしてやるよ」
「ありがとうございますアッタさん。あとは問題は……」
「ああ、これだな」
アッタとコレッキリ、二人の視線が床の上に無造作に置かれた魔導具に向かう。その片方は見るからに破損しているが、もう片方は全くの無傷だ。
「これが山の気温を変化させていた魔法道具……その何とかという力に変換するために、山の熱気や冷気を吸収していたということでしょうか?」
「儂の聞いた話の限りではな。実際こいつを基点に溶岩が冷えて固まったり雪が溶けて水になったりしていたから、間違いないとは思うが……」
「その辺はまあ、今後調べてみればわかるだろ。できれば作った奴に聞くのが一番早いだろうが……なあニックさん。その魔学者? とやらは、またこのイーネンに戻ってくると思うか?」
問うアッタに、ニックは顎に手を当て僅かに思案してみせる。
「うーむ。難しいところだな。奴の目的はあくまで己の理論を完成させるための実験であり、別にイーネンに対して特別な思い入れがあるわけではなかろう。となれば同じ条件で同じ結果になるかを知るために戻ってくる可能性が半分、既に結果がわかってしまったからもう戻らないという可能性が半分、といったところか」
「警戒は必要だが、同時にチャンスでもあるわけか……」
真剣な表情で魔導具を見つめるアッタに、ニックは何も言わない。必要な情報は全て渡してある以上、そこから先をどうするかはこの町の人間が決めればいいと思っているからだ。
そして、そんなアッタを前にしてコレッキリが口を開く。
「アッタさん。その魔法道具、やっぱり壊しましょう」
「へっ!? 何言ってんだギルマス!?」
その言葉に驚き戸惑うアッタだったが、それでもコレッキリは目を伏せて首を横に振る。
「今のアッタさんの顔を見て、決めました」
「俺の!? 俺がなんだって――」
「自分で気づきませんでしたか? 今のアッタさんの顔、冒険者じゃなくて貴族でしたよ?」
「っ!?」
言われて、アッタが自分の口に手を当てる。愕然としたその表情を前に、コレッキリは苦笑して言葉を続けた。
「過ぎた力を前にすれば、人間なんてそんなものですよ。ましてや努力して身につけたわけでもない、降って湧いたようなものでは。
だから、これは壊しましょう。この町の発展は、この町の人間の力で担うべきですよ」
「ギルマス……あー、くそっ、俺滅茶苦茶格好悪いな……イッテェ!?」
コレッキリの言葉を受け、ばつの悪そうな表情をしたアッタが魔導具を拳で殴り、その痛みに悶絶する。
「何をやっとるのだお主?」
「いや、これ、壊そうかと……あー、骨が、あーっ!」
「見るからに金属製じゃないですか!? 殴ったって壊れませんよ!?」
そんなアッタの様子を見て、コレッキリが笑う。ただしその笑みは、どちらかというと自分の思いを汲んでくれたアッタに対する親愛の笑みだ。
「そこはほら、ノリで……てかこれ凄ぇ硬いけど、ニックさんどうやって壊したんだ?」
「どうと言われても、こんな感じだが?」
ニックは魔導具の支柱部分を手で掴むと、グッと力を入れてみせる。すると太い金属注が指の形にべこりとへこみ、その様子を見たアッタとコレッキリが思わず目を見開いた。
「マジか……え、マジか!? 凄ぇとは思ってたけど、ここまでか……」
「フッ。鍛えておるからな!」
驚きを通り越し呆れ声を出すアッタを前に、ニックは得意げに笑って見せた。その後はコレッキリからの要請で両方の魔導具を大雑把に破壊していく。あくまで戦闘中に偶発的に壊れたように見せかけるためだ。
「よし、これだけ壊れてりゃ調べても何もわからねーだろ。これでも何かがわかるなら、それはもう調べた奴の手柄ってことでいい気がするしな」
「ですね。あとは万が一敵が戻ってきた場合に備えて、両イーネン山頂に登れる準備と……ああ、そうだ! 一番大事なことを忘れておりました!」
不意にコレッキリが大きな声をあげ、ニックの方に視線を向けてくる。
「ニックさん! 今回のニックさんの依頼に対する報酬の件なんですが」
「ああ、そう言えば決めていなかったな。で、何をくれるのだ?」
コレッキリの言葉に、ニックは気楽な感じで問う。一般的な難易度はともかくニックとしては日帰りで済んだ仕事であるし、金に困っているわけでもないので実際それ程こだわりはない。流石にただ働きというのは誠意が感じられないので嫌だが、逆に言えばその程度だ。
「はい。まずは当然お金ですね。今回の報酬として、金貨を一〇枚出させていただきます」
「うぉ、張り込んだなギルマス!」
「随分な大金だが、よいのか?」
予想以上の金額に念のため確認するニックに対し、コレッキリは笑顔で頷く。
「勿論です。今回のニックさんの働きは類を見ないもので、もしニックさんが依頼を受けてくれなければ、この町が被った被害は想像を絶するものになっていたでしょう。それこそお金ではどうにもならない部分でも、です」
「だなぁ。山が潰れりゃ冒険者は全員町からいなくなるしかないし、町に被害が出ればその再建には莫大な金と時間がかかる。とてもじゃねーけど一〇年やそこらじゃ取り戻せない事態になってただろうなぁ」
「その通りです。なので心情としては一〇〇枚でも一〇〇〇枚でもお支払いしたいんですが、流石にギルドマスターと言えどもそんなお金を一存では動かせませんので、これがせめてもの金額なのですが……どうでしょう?」
「ああ、それで何の問題もない。有り難く頂戴しよう」
上目遣いで伺ってくるコレッキリに、ニックは笑顔で了承の意を返した。それを受けてホッと胸をなで下ろすコレッキリだったが、そこにアッタが口を挟んでくる。
「でもよ、町を救った英雄に金を払って終わりってのは、何かこう寂しくないか?」
「そうですか? まあ確かに冒険者としての領分を超える働きをしていただきましたから、それに報いたいという気持ちはありますけど……でも私のギルドマスター権限でできることはこのくらいですよ? 昔ならともかく、今は昇級とかも個人では無理ですし」
「ああ、ルールを変えろなんてそんな野暮言わねぇよ。そういうんじゃなくてさ、もっと町のみんなにニックさんの事を知らしめる奴がいいと思うんだ」
「いや、儂は別に――」
「ほほぅ。アッタさん、もう少し詳しくお話していただけませんか?」
話の流れに不穏なものを感じ遠慮しようとするニックだが、そんなニックの言葉に耳を貸すこと無く、アッタとコレッキリが楽しそうに話を続ける。
「いいかギルマス。俺は――」