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父、追放される

新連載始めました! 今作も毎日18時に更新予定です。

「出て行ってもらえないかしら?」


「ん?」


 町の酒場での夕食時。旅の仲間であり神に選ばれし勇者であり、そして何より自分の娘であるフレイの言葉に、ニックは口にしていたパスタをぴゅるりと吸い込んでから難しい顔をした。


「なんだ、そんなに口に合わんのか? 極上とは言わんが、ごく普通の料理だと思うが」


「そうじゃないわよ!」


 てっきり料理の味が気に入らないのかと思ったニックに、フレイはダンとテーブルを叩いて応える。その音に周囲の客の視線が一瞬だけ集まるが、すぐに誰も気にしなくなる。冒険者が多数集う酒場では、この程度の事は日常茶飯事だからだ。


「ならば何だと言うのだ? はっ!? まさかニンジンが入っていたのか? はっはっは。仕方の無い娘だな。どれ、儂が食べてやろう」


「だから違うって言ってるでしょ! てか、そもそもアタシがニンジンが苦手だったのは五歳の頃でしょ!? 今は全然食べられるわよ! 何なら生だってバリバリいけるわよ!」


「年頃の娘として、それは流石にどうかと思うが……では結局何なのだ?」


 顔を真っ赤にして食ってかかるフレイに、ニックは眉をひそめて問い返す。そんなニックに対し、フレイはひとつ大きなため息をついてから言葉を続けた。


「だから……あれよ。このパーティから父さんに抜けて欲しいのよ」


「……何故だ?」


 想像すらしていなかったフレイの言葉に、ニックの頭にはただ疑問だけが浮かぶ。しかしそれに応えたのは苦い顔で口をもごもごしているフレイではなく、円卓を囲む四人の一人、竜人の神官であるロンであった。


「ニック殿、『ぼうけんのしょ』の事はご存じですよね?」


「無論知っている。歴代勇者が魔王討伐までの足取りを記した英雄譚だな?」


 現在一般に知られている歴史上では、魔王は三度復活している。だがその度にその時代に生まれた勇者の手により討伐され、その道のりは『ぼうけんのしょ』として全てが記録されているのだ。


 つまり『ぼうけんのしょ』とは魔王の脅威を後の世に正確に伝えるための歴史書であり、如何にして勇者が魔王を倒すかの手引き書でもあった。


「四度目の復活となる魔王と、その討伐のために日々戦い続けるフレイ殿の活動もまた『ぼうけんのしょ』として記録されているわけですが……これには後世に記録を残すこと以外に、もう一つ重要な役割があります」


「ほほぅ。そうなのか?」


 勇者の父として最初からずっと勇者パーティとして活動していたニックだったが、その情報は初耳だった。興味を引かれて思わず身を乗り出すニックに、鱗に覆われたトカゲのような顔のロンが、割れた舌をグラスに突っ込みチロチロと酒を舐めながら言葉を続ける。


「やっぱり忘れておられましたか。一般には公開されない情報とは言え、ニック殿にはきちんと説明したはずなのですが……」


「そ、そうなのか!? 何というか……すまんな」


 どうやら初耳では無かったようだ。素直に頭を下げて謝罪したニックに、ロンは小さくため息をついた。


「ハァ。ではもう一度説明致します故、今度はしっかり聞いてくだされ。我ら人類が総力を結集して軍を魔王城に送らないのは、魔王城の周囲を強力な結界が覆っているからです。


 それを破る方法はただひとつ。時の勇者が聖剣を手にし、その剣に世界中の人々の『勇気』を束ねることで、人ひとりがやっと通れる程度の穴が開けられるのです。それが出来るからこその勇者であり、それが限界であるが故に『勇者軍』ではなく『勇者パーティ』なのです」


「なるほど。そういう仕組みだったのか……」


 感心するニックにロンは「何故勇者の父である貴方がそれを知らないのか」と突っ込みたい気持ちを必死に抑え、そのまま言葉を続ける。ちなみにニックが覚えていなかった理由は、細かい事など気にせず娘の前に立ちはだかる障害は全て自分が殴り飛ばせばいいと考えていたからだ。


「続けますぞ? 先ほど勇者は勇気を束ねると言いましたが、束ねるためにはそもそも民に勇気が溢れていなければなりません。ありもしないものを集めることなどできませんからな。


 なので勇者は各地をまわり、民の前で武勇を示したり問題を解決して羨望を集めたりしていく必要があるわけです」


「そうかそうか! どうしてまっすぐに魔王城に向かわぬのかと思っていたが、そんなからくりがあったのか!」


「……まあ、いきなり魔王に戦いを挑んでも勝てるわけがありませぬから、武者修行も兼ねてはおりますが。


 とにかく我々は魔王を倒すために、民の勇気を奮い立たせることのできる『ぼうけんのしょ』の完成を急いでいるわけですが……ここで問題になるのがニック殿なのです」


「儂がか? 儂の何が問題だと言うのだ?」


「何もかもよぉ!」


 それまで沈黙を守っていた最後の一人が、そこでようやく口を開く。遙か昔に失われたはずの古代魔術を使いこなす希代の大魔術師ムーナが、やたらと巨大な双丘をたゆんと揺らしてニックにもの申す。


「アンタが無茶苦茶やるせいで、今回の『ぼうけんのしょ』は酷い出来なのよぉ! 様子を見に来ただけっぽい明らかに格上の魔王軍幹部をその場で瞬殺したりぃ、強大な呪いがかかった村人に体を鍛えさせて呪いを無効化させちゃったりぃ、世界を回って鍵を集めなきゃ開かないはずの封印の扉を力ずくで壊したりぃ! ありとあらゆる行程が力押しかつ雑なのよぉ!」


「それは……いや、明らかに強敵とわかる敵の幹部などその場で仕留めた方が良いに決まってるであろうし、何が原因かわからぬ呪いなら心身を鍛え上げて呪いをはねのけさせる方が確実であろう? 封印の扉は……まあ時間は短縮できたぞ?」


「だから、それでは駄目なのですよニック殿。そんな雑な『ぼうけんのしょ』では、民は勇気づけられたりしないのです。むしろ『あ、これ自分たちは何もしなくても勝手に解決してくれるんじゃね?』と、無関心にすらなりつつあります。これは非常にマズい流れです」


 なんとか反論しようとしたニックに、ロンが真面目くさった表情で……同族以外には見分けはつかないが……説教をする。先ほどの説明も踏まえてそう言われれば、ニックもまた自分がやらかしていたことを自覚せざるを得ない。


「ねえ父さん。父さんが強いのはアタシが一番良くわかってるわ。アタシを守るために父さんがどんな思いで強くなったのかも、ちゃんと理解してる。


 でも、それじゃ駄目なの。それじゃアタシ・・・の『ぼうけんのしょ』が完成しない。父さんがどれだけ強くても、父さんは勇者じゃない。アタシが……アタシが強くならなきゃいけないのよ! だから……お願い。アタシ達のパーティから抜けて。お願いだから……アタシの前から消えて…………」


 血を吐くようなフレイの言葉に、ニックは無言で目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、娘との日々。


「お前がその手に勇者の印を宿して生まれた時から、その人生が決して平坦なものではないことを儂も母さんも覚悟しておった。だからこそ儂は勇者むすめを守れるようにと死に物狂いで体を鍛え、そうして今もお前の隣にいる。


 だが、そうか……もう儂の力はいらんのか…………」


「父さん……アタシは……っ!」


「言うな。子はいずれ親の元を離れるものだ。それがたまたま今日だったと言うのなら……儂は笑顔でこの場を去ろう。だが忘れるな。お前は勇者である前に、儂の大事な娘であるのだ。いつでも儂を頼れ。いつでも儂を呼べ。いつでも儂は、お前の側にいる」


「…………や、やっぱり――」


「ねぇ? 二人で盛り上がってるところ悪いんだけどぉ。アレって何なのぉ?」


 涙を浮かべたフレイが自分の言葉を撤回しようとしたところで、不意にムーナが酒場の端に転がる黒いナニカを指さして問う。それはニックが運び入れたもので、そんな不気味なモノを酒場に持ち込んだせいで、入店当初からニック達は給仕の娘から塩対応をされていた。


「む? あれか? わからん!」


「わからんって……ニック殿が持ってきたんですよね?」


「うむ。日課の正拳突きをやっていたら突然目の前の空間がパリッと割れてな。興味本位で顔を突っ込んでみたら、そいつが『世界を闇で満たすのだ』とか『我に絶望を捧げよ』などと物騒なことを呟いておったので、とりあえず殴ってこっちに引っ張り出しておいたのだが……」


「…………は?」


 ニックの言葉に、悲壮だったフレイの顔が引きつる。他の二人に至ってはドン引きだ。


「多分、多分なんだけどぉ……えぇぇ、嘘でしょぉ? ホントに多分だけど、あれ、魔神よぉ?」


「魔神? 何だそれは?」


 眉をひそめるニックに対し、誰が見てもわかるレベルで顔を引きつらせたロンが舌をもつれさせながら答える。


「で、伝承では、歴代の魔王の目的は全て魔神を復活させることだったとか……異界に封印された真に邪悪なる存在で、ひとたび目覚めれば世界は闇に包まれると……え、ムーナ殿。嘘ですよね?」


「なんだ、そんな悪い奴だったのか。なら早めに倒してしまって良かったな。ガッハッハ!」


「そういうところよ!!!」


 胸とこめかみをピクピクさせるムーナと、唇の端をめくれ上がらせるロンを前に豪快に笑って見せるニック。そんな父の姿を見て、フレイの怒りが頂点に達した。


「何なのよ魔神って! 何で魔王を倒す前に、その黒幕的なのを倒しちゃうのよ!? しかも父さん一人で!? もうアタシいらないじゃない!」


「そんなことはあるまい? 流石の儂にも魔王城の結界は無理だぞ? 前にこっそり行って殴ってみたことがあるが、たわむだけで砕けはしなかったからな」


「何でもう魔王城に行ってるのよ!?」


「そこはほれ、娘の歩く道ならば父として事前に確認しておかねばなるまい? つゆ払い的なものもかねて……あ、その時にあのやたら偉そうな骨男を殴っておいたぞ」


「四天王! あいつ四天王だから! 何でついでみたいな感じで大物ばっかり倒してるのよ!」


 ダンダンとテーブルを叩きまくるフレイに、流石に周囲の客も無視しきれなくなったのか次第に注目が集まり始める。給仕の娘などいつ追い出してやろうかと、丸いお盆を持って既に準備万端だ。


「もういいわよ! わかったからさっさと出て行ってよ! 十分だから! 思い知ったから!」


「わ、わかった! わかったから……ならば、最後にひとつだけ」


 岩くらいなら軽く砕くであろう割と本気のフレイの拳を受けながら、ニックは手を上げそう切り出す。


「……何よ?」


「随分と体型を気にしているようだが、大抵の男は多少むちっとしている方が――」


「死ね! 今すぐ死ねこの糞セクハラ親父ぃ!」


「ぬぉぉ!? で、ではまたな二人とも! いつも見守っているぞ娘よ!」


「さっさと出てけー!」


 かなり本気の勇者の蹴りが、身長二メートルを超える筋肉の塊であるニックの巨体を店から蹴り出す。


 こうしてニックはその強さ故に、勇者むすめパーティを追い出されたのだった。

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[気になる点] いや魔神をワンパンで倒せるくらいなら、 魔王城の結界も精神力を込めた正拳突きで破壊できるでしょ お父さん、絶対本気で殴ってないよね まあ、それで魔王を瞬殺できたとしても、 娘としては…
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