第6話 入学式
鳳凰学園は、日本本州の南・・・瀬戸内海東部に位置する島―――『四季島』の東側に存在する『桜蘭町』にある共学の私立校だ。
人間だけでなく獣人や悪魔等の異種族も通う独特の学校で、中高一貫故に生徒数も多い。
敷地面積は非常に広く、校舎も大きい。
敷地を最大限に利用したその造りは、在学生に狭さを感じさせることはなく、伸び伸びと学園生活を送れるようになっている。
そして特に目を引くのが学費の安さで、高級感漂う校舎や広い敷地、充実した設備だというのに、日本の平均的な公立校並の学費程度で済むのだ。
当然入学を希望する者も大勢いるはずなのだが、やはり異世界人を不気味に思う大人は大勢いるわけで、自分の子供が異種族達が蔓延しているこの学園に通わせることはしたくない。
そのため、実は入学希望者が溢れることはあまりなく、相応の偏差値ないし能力があれば入学するのは容易かったりする。
とはいえ、年々種族間の偏見も少しずつではあるが薄れてきており、それに伴い入学の難易度も上昇傾向にあり、縁寿達は良い時期に入学出来たと言えよう。
『――――――えー、それでは鳳凰学園入学式を始めます』
無駄に広い体育館で行われる、鳳凰学園中等部と高等部の入学式。
新しい学び舎での希望と不安に満ちた学園生活に想いを馳せている新入生達。
同じ小学校や中学校から入学した子達なら友人の当てに困ることも無いのかもしれないが、そうでない者は、周りは皆見知らぬ他人な訳で不安でいっぱいだろう。
縁寿も都古という親友がいなければ、そんな不安いっぱいな彼らの仲間入りを果たしていたかもしれない。
ついでに言えば、体育館前に設置されている掲示板に張ってあったクラス分け表に、縁寿と都古の名前が同じクラスの欄に載っているのを見たときは、安堵の息を吐いた。
やはり知っている誰かがいてくれた方が、気が楽だからだ。
テンプレートな挨拶が終わり、『次に、生徒会長から挨拶があります』とマイク越しの声に縁寿は、ふと前を観る。
・・・・・・そして絶句した。
壇の上を歩き、中心に立ち、マイクを口にして、
『ワン!』
黒い体毛、左目に大きな切り傷のような跡がある、大型犬が吠えた。
「・・・・・・犬?」
思わずそう呟いく縁寿。
周りにいる新入生達も「何で犬?」と困惑の表情を浮かべている。
まさかこの犬が生徒会長だとでもいうのか⁉
そう思って隣に座っている都古に尋ねようとするが、都古は何やら微妙な表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「いやー、うん、まぁ、気にしなくていいよ、偶にあることだから」
アハハと、苦笑している都古。
よく見れば高等部の新入生の中には都古と同じような表情を浮かべている生徒や、特に関心を持たずに平然としている生徒も大勢いる。
おそらく中等部から進学してきた生徒で、この光景も見慣れているのだろう。
しかし何故犬なのだろうか?
その問いに答えてくれる者はなく、今も尚、黒い体毛をして左目が塞がっている犬は、壇上で『ワンワン‼』と吠えている。
もしかして、挨拶しているのだろうか?
だが生憎と、犬の言葉を理解できる者など此処に(おそらく)いるはずもなく、皆ただ犬の鳴き声を聴いているだけだ。
教職員が誰も止めに入らないのは不思議だが。
そんなことを考えていたら、壇上の向かい側(生徒達の後ろ側)からバンッと大きな音を立てて体育館の扉が開かれ、「とうッ‼」という掛け声と共に一人の生徒が天井スレスレまで跳躍し、宙返りで壇上に華麗に着地した。
その生徒の姿を目視し、縁寿は「あ」と声を洩らす。
それは、先程桜並木で教師と人外の域の喧嘩を繰り広げていた金髪の生徒。
足元まで届きそうな長い金糸の髪を尻尾の様に後ろで纏めている男子生徒は、犬からマイクを受け取り、
『悪ぃな、どうも遅れて参上仕った生徒会長の神爪勇人でっす』
煌めいた雰囲気を醸し出しながら、にこやかに挨拶した。
・・・・・・その頭に漫画のようなデカいタンコブがなければ、さぞ爽やかな好青年に映っただろう。
頭だけでなく、よく見れば制服も所々汚れていて、傷ついていた。
新品の制服が台無しである。
とくに自分のその様を気にしていないのか、勇人はテンプレートな挨拶をする。
だが、丁寧に喋っていたのは最初の方だけでドンドン口調は荒くなっていき、
『ったくあのクソゴリラ。あの野郎が突っかかってこなけりゃ余裕もって来れたっつーのに、結局朝早く登校してきた意味まるでねーじゃねぇか!』
ただの愚痴になっていた。
その言葉に桜並木での激闘を目撃していた生徒達は、「ああ、今さっきまであの喧嘩やってたんだ」と納得する。
何であんな人外染みた喧嘩が出来るのかは理解出来ないが。
『あの、神爪生徒会長。愚痴はその辺で・・・・・・』
長々と愚痴を溢されるのはさすがに問題があるため、一人の教師が勇人に注意を促す。
それくらいは分かっているからか、勇人は一度咳払いをして場の空気を整えた。
目を閉じ数秒黙考し、目を開く。
『中等部から進学してきた内部生は知っていると思うが。この学園に入学してきた外部生・・・入学したからには、お前達はここの流儀に従ってもらう。灰色の学園生活をぶっ壊し、ノリ良く過ごすのが掟だ。好きなことや楽しいことをするためなら、俺様は一切手段を選ばねぇ‼』
そう言い放った勇人に、ここにいる大半の人が「いや、選べよ」と心の中でツッコミを入れたのは言うまでもない。
そんなみんなの心のツッコミを察してはいるが、構わず続ける生徒会長。
『お前らの今までの人生は平凡だったか? 今まで送ってきた学校生活は退屈だったか?』
そう言われ、皆は今までの自分達の学校生活を振り返ってみる。
平々凡々かどうかは人それぞれなのだろうが、それでも波乱万丈な人生を送っている者などそうはいない。大半は大なり小なり普通の生活を送っているはずだ。
天使縁寿もその一人。
そしてここにいる大半の新入生達は、一度は考えたことがあるはずだ。
平々凡々ではない日常というものを。
異世界人が同じ学び舎にいるという、他の学校では体験できない非日常。
日常という退屈からの脱却。
それを願ってここに来た者も、決して少なくない。
異種族に対する偏見が年々減少傾向にあるとはいえ、それでもまだ差別や偏見を持つ者は数多く存在している。
そんなこの時代に、偏差値がそれなりに高くて学費も安いとはいえ、わざわざこの学校に通うのは変わり者だろう。
全員がそうだとは思わないが、何かしら思うところはあったはずである。
そんな彼らに、生徒会長神爪勇人は、
『安心しろ! ここに入学した以上、お前達は退屈しねぇ‼ 俺様がさせねぇ‼‼』
新入生達のその思いを肯定するように、力強く叫んだ。
『だからせいぜい覚悟しろ。この学園に入学したお前らは今日から、賑やかで騒々しくて傍迷惑な、俺達の同類だ――――――ようこそ! 混沌渦巻く我等が魔窟の学び舎、鳳凰学園へ‼』
ニヤリと、悪戯を企む悪ガキのような笑みを浮かべ、生徒会長の挨拶が終わった。