第55話 赤い竜~ウェルシュドラゴン~
日も沈み、月と星が夜空を照らし出した頃。
バスが使えなかった為徒歩で帰宅する藤森花凛は、自宅に辿り着き玄関の扉を開けたところで、ふと振り返り空を仰ぐ。
空は雲が見えず、月も星もハッキリと見える晴天。
明日もきっと良い天気と思われるが、彼女は妙な胸騒ぎに襲われる。
「・・・・・・」
空の向こう・・・無意識になんとなく、四季島方面の空を見て、
「花凛、何してるの?」
家の中から声を掛けられた。
母親だ。扉を開けて後ろを見て硬直している娘の姿を怪訝に思い声をかけた。
「ううん、なんでも」
頭を振る娘に首を傾げつつ、花凛は何でもないと家の中へ入った。
なんとなく・・・・・・本当になんとなく、幼馴染みである流浪の顔が頭を過っただけなのだ。
◆◆◆
「え」
ムクリと、上体を不意に上げた死者――――――竜道寺 流浪の姿に、彼を膝の上で寝かせていたエリザは間の抜けた声を漏らす。
だが、彼の胸から発する赤い光と心臓の鼓動にハッとした。
(上手くいった・・・・・・!)
自身の黄金の心臓を赤と白の二つに分離し、その内の赤を譲渡したのだが、本当に復活するかは賭けだった。
賭けに勝った。
だが、その考えはすぐさま撤回することになる――――――
「・・・・・・クハッ」
――――――先程までの不良然とした風貌をしながらも人の善さが感じられた姿からかけ離れた、凶悪で歪な笑みを目にした瞬間に。
エリザが「やばっ」と起こりえた危険性を認識した瞬間、
「あん?」
「何だ?」
上空にて胸倉を掴まん程に騒いでた二人の馬鹿が、海上にある橋から膨大な魔力と殺意が発せられたのを感じて下を見る。
橋の上にいた何かが、魔力を暴風の如く吹き荒らせながら飛び上がり、それはすれ違い様に二人を両断すべく鋭い斬撃が放たれた。
二人は放たれたそれを瞬時に爪による斬撃だと見切り、氷室凍夜は軽く身を捻って避け、神爪勇人は担いでた大剣小豆バーで弾いていなす。
「お?」
しかし、氷雪系最高にして最硬の小豆バーは、その刀身が崩れ散った。
「意外と鋭いな・・・・・・」
残った柄の部分を適当に放り棄て、すれ違って空へと昇っていった輩に目を向ける。
人間のそれとは思えない程の容量を感じさせる圧倒的な魔力。
その魔力は周囲の空間を圧壊でもせんと、何も存在しないに空中にも拘らず周囲が軋み上げていた。
存在の強大さが見て取れる。
「へぇ・・・随分良さげな感じじゃない。人間じゃないのかな?」
だが、馬鹿二人もまた埒外の存在。
臆する気配は微塵もなく、氷室凍夜は楽しげに笑った。
対する神爪勇人は臆してはいないが、怪訝な顔をした。
「お前・・・・・・」
知った男の気配が変質したから――――――ではなく、神爪勇人はその気配を知っていたからだ。
「・・・・・・赤い竜?」
その言葉を神爪勇人が口にすると、応えるように竜道寺流浪は振り返った。
姿は間違いなく竜道寺流浪。
なのに、違うと。
昼間に見たその様子とはまるで異なっていた。
「ほう・・・オレが分かるのか?」
牙を剝き、実に獰猛な笑みを浮かべている。
肉を前にする腹を空かせた獣とでも言おうか。
「赤い竜って、イギリスのやつ?」
「ウェールズの国旗のやつな」
「幻獣じゃん」
「どっちかっつーと神獣だろ」
そこまで言って、氷室凍夜は「あれ?」と首を傾げた。
「何でイギリスの『神獣』が日本にいんの?」
『幻獣』や『神獣』もまた、開門現象以降にその現象が表沙汰になったものだ。
この地球上において、既存の動物やら植物やらといった生物、或いは無機物が霊力等の影響によって変異・変質した存在が『魔獣』と呼ばれている。
現代の地球で事件を起こす人以外の存在は、生物であればその多くは『魔獣』、霊的な存在なら『鬼』の類だ。
だが、災害を起こす存在が別にいる。
通常の『魔獣』よりも強大な力を持つ存在『幻獣』。
『幻獣』とは、神話や伝承等で語られる生物で、それらが霊力や人々の認識でその存在が顕現する。
ドラゴンなんかがいい例だ。
地球上には存在しないが、多くの国で認識されている幻の獣。
それが『幻獣』である。
『神獣』は国々によって神として祀ってたり、或いは神話などの伝承で神かそれに類する獣の存在を指すが、大別すれば幻獣の一種とされている存在である。
・・・・・・まぁ、現代は異世界と通じる異世界ファンタジー時代。
地球上にはいなくてもその存在が別の世界には当たり前に存在し、更には動物園ならぬ『幻獣園』なる異世界の生物が拝める観光地や施設もあったりして、異世界旅行すれば割と見かけるのもあってある意味においてはあまり珍しくはないのだが。
ただ問題は、氷室凍夜が口にした通り「何故日本にいるか?」だ。
「基本的に、神獣ってその存在が強く認知されている場所に出るでしょ」
「例外はあるぞ。四神とか基本中国だが日本に出る時もあるし」
「そりゃ日本って色々溢れてるから例外もあるだろうけどさ、あの濃さは本家でしょ」
人々の認識によって顕現する。
つまり認識力が多ければ、その存在はより濃くなるということだ。
ウェールズの国旗にも描かれている赤い竜は、日本よりもその存在をより強く意識する人達が暮らすウェールズないしイギリスの方が多いのは明らかだろう。
故に、氷室凍夜はこの存在の濃さは日本で生まれたものではないと断言する。
そして神爪勇人も、例外を口にはしたが、それを否定しない。
「エリザ関係だろうな」
神爪勇人は下にいるエリザに目をやる。
・・・・・・「うわヤッベー」みたいな顔をしていた。
マジなのか余裕なのか判断に困り、見なかったことにして視線を上にいる竜道寺流浪に戻す。
「心臓がちょっと妙だったからな。エリザの内にアレが何でか封印されてて、アイツに移植したって感じか」
「ふーん?」
真実にはあまり興味がないのか、強さに疼いている氷室凍夜は適当な返事だ。
竜道寺流浪に憑いていると推測されるウェルシュドラゴンは、思い出した様に神爪勇人等二人よりも更に下の位置にいるエリザを見た。
「ああ、そうだそうだ。あの女の中にいたんだったか・・・・・・白いのと一緒くたにされてイラついてたのだ」
瞬間、ギョロっとその目が人のものから竜のモノへと変わった。
身体から更に高密度の魔力が噴出し、竜道寺流浪の姿が魔力に覆われて周囲から見えなくなる。
魔力の暴風が吹き荒れて、空の雲を散らしていく。
そんな風に曝されて、氷室凍夜は笑みをより濃くする。
そんな氷室凍夜を見て、神爪勇人はその戦闘狂っぷりに呆れた。
やがて風が止む。
しかし、巨大な魔力は成りを潜めることはなく、その姿は確りと形と成ってそこにいる。
赤い竜。
この空の上に、巨大な竜が出現した。
「久々の目覚めで腹が空いたのだ。食いがいは無さそうだが、足しにはなるだろう。その身を我に献上する事を許すぞ――――――羽虫ども」
「「あぁん!?」」
上から見下ろすその言葉にカッチーンときた人間が二人。
氷室凍夜の身体から強烈な冷気が溢れ出しながら拳を鳴らし、神爪勇人は動き易くする為に首を鳴らしながら制服のネクタイに指をかけて緩めた。
「生意気だねぇ、トカゲ風情が・・・・・・身の程を教えてあげようか?」
「上からモノ言ってんじゃねぇよ・・・・・・トカゲらしく地に這いつくばってろや‼」




