第54話 それは、剣というにはあまりに大きく――――――
「あー・・・こりゃ、ちっと面倒だな」
空を覆う巨大質量に、勇人は半笑いだ。
アレが落下したら、地上にある橋は崩壊では済まないだろう。
いや、橋だけではない。
海へ落ちたら質量やら衝撃やらで、津波が四季島と本島を襲うことになる。
氷刃で切り裂いても、それは変わらない。
それこそ、もっと細かくしなければ――――――
「――――――ふむ」
勇人は氷刃と化してない手とは反対側の手を見て――――――
◆◆◆
空を覆い隠す程、巨大に広がっていく氷塊。
山と言っても差し支えない質量を誇るその氷山は、静かに天に坐した。
作り出した氷室凍夜が、掲げるその手を後退しつつ振り下ろすと、まるで束縛から解かれた様に重力に従い落下する。
橋諸共全てを圧壊しようと、海目掛けて降下する氷山。
空に浮かぶ自分よりも下の位置へと落ちるソレを見て、氷室凍夜は警戒心を高めた。
「さて、どうくるか・・・・・・」
氷塊の大きさは半径約500m程・・・つまりは直系役1000m。
四季島大橋を覆って、更に余りある大きさで、落下すれば四季島にも本島にも確実に影響が出る。
こんな巨大物が直撃すれば人間など氷塊の染みにしかならない。
だが、相手は魔法使いの世界では『極東の魔神』なんて二つ名を持ち、更には噂では氷室凍夜達『青き惑星の調停者』と同じ異世界帰りの帰還者。
転生ないし転移した先の異世界の文明レベルや、その世界の神からの加護があるかどうか等の違いがあるが、このレベルの氷塊を如何にかするのは、異世界帰還者なら決して不可能ではない。
だが、容易でもない。
氷室凍夜とて、飛ばされた異世界で魔王を倒した実力者。
その力である【氷結魔法】には自信がある。
この氷山を打ち破るなど、それこそ超火力の火属性の術法の類でもないと難しい。
「けど、使ってくるかな・・・・・・」
氷魔法の使い手である氷室凍夜を相手に、真っ向から捻じ伏せると言わんばかりに氷魔法で対抗する戦闘スタイル。
だから案外、ある意味予想通りに――――――
「お?」
氷室凍夜の下方・・・・・・もはや姿が見えなくなった氷山の下にいる神爪勇人から、魔力の高まりを感じた。
◆◆◆
四季島や本島の港町から、その光景は多くの者の目に留まった。
島と島を繋ぐ四季島大橋・・・・・・その遥か上空に鎮座し、落下してくる巨大な氷塊を。
だが、その落下先にいる男の存在を見た、或いは感知したのは極僅か。
宙に浮かぶその男・・・神爪勇人よりも更に真下の橋にいるエリザは、確かに見た。
神爪勇人の片手・・・・・・氷刃と化した片手の反対側の手に、それが形作られたのを。
身長が2m近いその背丈よりも更に大きな物体。
魔力の高まりから魔法ないし魔術によって作られたものなのは疑いようがない。
直方体気味に大きなソレを、神爪勇人は落下してくる巨大氷塊に向けて、勢いよく一突き。
激突する神爪勇人の得物と氷塊。
あまりにも質量差がありすぎる神爪勇人の一撃が脆くも砕け散る――――――ことはなく。
ビシッ‼‼、と。
氷塊の激突部に亀裂が入り、瞬く間に広がっていく。
その裂け目が端にまで広がった所で、バコッ‼と巨大な氷塊が幾つもの大きな氷塊に分割されて宙を舞う。
「げ」
神爪勇人の間の抜けた声が漏れる。
想定よりも細かく砕けなかった為、氷刃で斬り飛ばすには氷塊がまだ大きかったのだ。
しょうがないといった風に、神爪勇人は少しばかり口を尖らせつつ、遊びを終わらせる。
氷刃を解除し、その手に突如発生するのは――――――炎。
薙ぐようなその手の動きに従うように、炎は火力を上昇させて神爪勇人の周囲へと広がっていき――――――
「――――――【焔炎円舞】‼‼‼」
大きな氷塊を全て吞み込んだ。
火焔のカーテンが氷塊を焼き、その高熱は個体を液体に、液体を気体へと変えていき・・・・・・蒸発させる。
氷塊が蒸発したことで水蒸気が発生し、神爪勇人の姿を隠すが、空に吹く風が直ぐに蒸気を散らせて、その姿が露になる。
橋から見上げるエリザに、天高い所から見下ろす氷室凍夜に、それが目に映る。
氷室凍夜が創り出した氷山が如き巨大氷塊――――――【崩れ落ちる氷河】。
それを砕いた神爪勇人がその手に握る、大きな得物。
それは、
剣というにはあまりに大きすぎた。
大きく、
ぶ厚く、
重く、
そして大雑把すぎた。
それはまさに――――――――――――小豆バーだった。
「小豆バー!? 何で小豆バー!?」
それを知らないエリザには奇妙な形をした大きな剣みたいなモノという印象しか持てなかったが、それを知る日本人である氷室凍夜はたまらず叫ぶ。
神爪勇人がまるで大剣が如く肩に担ぐその大きな物体(推察:小豆バー)は、サイズが大き過ぎるだけで見た目は完全に氷菓子のそれだった。
意味が分からず二の句が継げなかった氷室凍夜に対し、神爪勇人は挑発的な笑みを浮かべる。
「フ・・・・・・地球最強と謳われる流石の『青き惑星の調停者』様でも、どうやら知らないと見えるな」
「知らない?・・・・・・何がだ!?」
「知らないのなら教えてやる。いいか――――――」
困惑する氷室凍夜。
そんな彼に、神爪勇人は世界の真理にして絶対の真実を告げる。
「――――――小豆バーは硬いんだ」
「いや知ってるけど!? それでも限度ってあるよね!?」
ドヤ顔で宣う神爪勇人に、たまらずツッコむ氷室凍夜。
ふざけてるのかマジなのか、今一判別がつかないクソ金髪眼鏡にキレ散らかす。
「サイズ考えろよ! どう考えてもあり得ないだろ!?」
「あり得ない、なんて事はあり得ない。世界と魔法の常識だろ」
「君に常識を説かれるのなんか腹立つんだけど!?」
「何だよ、氷雪系最強最硬魔法(物理)の小豆バーの何が不満だってんだよ?」
「強いて言えば大剣みたいにドヤ顔で担いでる事かな‼」
「日本刀の小豆バーがあんだから大剣の小豆バーがあったっていいだろうが」
「アレでも物を斬ったり氷塊を突き砕いたりは出来ないだろ‼」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、出来ないよね?」
「知らんけど」
「ドヤ顔で語るんなら知っとけよそこはッ!?」
先程までの戦意剝き出しな空気は何処へやら、ギャーギャーと遥か上空で騒ぐ最強級のバカ二人。
それを眺めていたエリザはこの場をどうするか考え始める。
今なら逃げられるんじゃないかなーとか、でも保護されるのに勝手に逃げるのはなーとか、そもそもこの死んでる人と気絶してる人どうしよーとか、てかこのデカい犬マジなんなん?とか。
そんな益体もない事を、ほけーっと上空を見上げながら考えている彼女の膝の上で死んでいる竜道寺流浪。
――――――彼の心臓がドクンと、静かに脈打った。




