第5話 新入生から見た登校風景
「きゃっ⁉」
突如、強烈な突風が桜並木を襲った。
強風によって捲れ上がろうとする制服のスカートを手で押さえて、並木道に咲き誇る桜と同じ髪の色をした少女は、桜並木の先を視る。
自然に吹いたとは思えない風が正面から吹いてきて、いったい何事かと思ったのだが、
「砕け散れぇぇぇぇぇぇぇ‼」
「生徒に対する教師の言葉かよっ⁉」
まさか、二人の人間の拳がぶつかり合った衝撃で強風が起きたとは思わなかった。
目にも止まらぬ速さで繰り広げられる、拳や足を使った打撃技の応酬が、桜並木に嵐を巻き起こす。
いったい何なのだろうか、これは?
とても生身の人間のやることとは思えない。
少女同様、この桜並木を進む生徒達もそう思っていた。
だが、半分くらいの生徒達はその様を面白げに観戦したり、または一瞥だけして先へ進んでいく。
同じ学校に通うはずの生徒だというのに、随分反応に差があるようだ。
「あ、縁寿ちゃーん!」
二人の喧嘩(なんてレベルではないような争い)を観ていた少女、天使 縁寿は後ろから声をかけられて、振り返る。
縁寿に向って手を上げて振りながら近づいてくる、肩まで伸びた橙色の髪に、ピンク色のニット帽を被った、鳳凰学園高等部の制服を着た女の子。
その姿を捉えた縁寿は、
「都古ちゃん!」
笑顔を浮かべながら手を上げる。
そして近づいて来た少女、黄昏 都古の上げた手に向って自分の手を合わせてタッチを交わした。
「おはよう!」
「うん、おはよう」
小学校六年生の時に都古は転校してしまい、中学は別々に進学した。
そして高校入試の時に、およそ三年ぶりに幼馴染みと再会したのである。
転校して三年ぶりに再会したとは言っても、殆ど毎日のように電話やメールをしていたからか、久しぶりという感じは全くしなかったが。
幼馴染みである都古に誘われて、縁寿はこの町にある学校『鳳凰学園』に入学することを決めたのだ。
鳳凰学園は、まだ開校して十年程しか経過していない新設校であり、偏差値は上の下といったところだが、世界でも有数の学内設備を誇っていた。
中学同様、地元の高校に通うという選択肢もあったのだが、都古という転校した親友からの誘いという事と、この町には縁寿が強く興味を抱くモノがあるという事もあって、この町へ引っ越してきたのだ。
その興味を抱くモノというのが、主に二つある。
「ところでさ。アレ、何?」
縁寿が指差す先には、金髪の男子生徒がスーツ姿の男性目掛けて跳び蹴りを放っていた。
「ああ、勇人君と東郷先生だね」
東郷教師は勇人が繰り出す跳び蹴りを片手で掴み取り、そのまま勇人をブンブンと投げ縄の様に振り回して空高く放り投げた。
ギョッと縁寿が驚いている間に、空高く昇り切った勇人は身を翻し宙を蹴って、地に立つ東郷教師目掛けて急降下。
身体を回転させながら落下の勢いと自身の全体重を乗せ、その踵を東郷教師の脳天に撃ち下ろす。
紙一重で東郷は攻撃を避け、勇人の踵落としが空を切り、ガッ‼と桜並木の地を穿ちコンクリートを砕く。
桜並木に小規模のクレーターが出来た。
「『魔法』でも使ってるの?」
鳳凰学園は『魔法学』を扱っている。
まだ魔法というものが、この人間界に出て二十年ということもあって『魔法学』を扱う学校の数は世界全体を見ても数が少ない。
いずれは通常科目として扱う予定だが、未だに人外であると称する『異世界人』という存在を忌み嫌う者も大勢いる。
主に年配の方々だが。
そんなこの世界の中でも、鳳凰学園は珍しい学校だ。
魔法学を扱っているだけでなく、この学校には地球人以外にも、異世界から留学してきた異世界人が大勢通っているのだ。
今の所、魔法学を扱っている国はあれど、天使や悪魔や獣人等の異種族と共学しているのは、地球上では鳳凰学園だけなのだ。
それが、縁寿が興味を抱いているモノの一つだ。
そして今、縁寿の目の前で起きているこの戦いは、明らかに人間技でやっているとは思えない。
だが、戦いに興じているこの二人はどこからどう観てもただの人間で、異種族には見えない。
考えられることがあるとすれば、魔法のような力を使っているということだ。
しかし、都古が答える言葉は、縁寿の予想の範囲外の言葉だった。
「いや、素であれなんだよね」
「・・・・・・は?」
今も尚、この桜並木で行われている大怪獣決戦。
これが、魔法など特殊な力を使ってない人間同士の争いだというのか?
「まぁ、鳳凰学園じゃあいつもの事だよ」
「どんな学校よ・・・・・・」
縁寿のその呟きは、二人の巨獣の激突で起きた衝撃波に掻き消された。
・・・・・・ちなみに、勇人と東郷の激闘は、朝のチャイムが響くまで続いたという。