第47話 黒の魔眼
それは異様な姿だった。
耳がエルフの様に伸びるがその肌は血の様に紅く、全身の筋肉が膨れ上がり、紅くなった皮膚には竜の鱗が覆われ、額には長い金色の一本角、下半身は魚、髪の毛は一本一本が灰白銀色の蛇に変化し、両目は血走っている黒曜石の様な黒い瞳、竜と炎と黄金の翼が3対6羽生え、手には青銅の籠手が覆い、獲物を切り裂く鋭い爪と、嚙み殺す牙が伸びている。
まるで複数の種族を無理やり継ぎ接ぎ合わせた、正に化け物という呼称でしか表現出来ない姿。
「――――――【混沌獣血鬼】‼‼‼」
一回り以上身体が大きくなった吸血鬼だった女が叫び、その咆哮は衝撃波となって接近してきたキュリロスを襲う。
淀んだ魔力を含んだその衝撃波が身体を叩きつけ、盾にした聖剣を以てしても防ぎ切る事は叶わず、空中で体勢を崩してしまい橋上へと着地する。
屈んで姿勢を低くし、剣を地に立てて後方に吹っ飛ばされまいと、呪いを撒き散らす声が止むまで耐え続け、音が途切れた瞬間キュリロスは飛び出した。
一足で間合いを詰め、その異形と化した吸血鬼の首を一息に落とそうと剣を振るう。
瞬間、吸血鬼の眼が怪しく輝く。
反射的にキュリロスは剣で顔を覆い、剣の刀身がボロボロと土塊の様に崩れ灰になっていく様を見て息を呑む。
「【石化の魔眼】か!?」
後ろに大きく飛び退きながら剣を棄てる。
放り投げられた聖剣は刀身どころか柄ごと朽ちて灰になり、地に落ちた瞬間粉々に砕け、霧散した。
「いや、眼の色は黒・・・・・・【石化の魔眼】ではないですね。なんて面倒な!」
眼の色から魔眼の系統を把握し、ただでさえ厄介な吸血鬼がさらに厄介な力を振るいだした事で、キュリロスの舌打ちが止まらない。
見るからに凶悪化した吸血鬼、元が不死身の種族な上に竜の力を振るい、挙句の果てには魔眼持ち。
他にも何かしらの力を持っていても不思議ではなく、討伐が容易ではなくなってきた。
「退き時ですかね・・・・・・」
今でも討伐出来ずに時間を掛けていたというのに、この状況ではさらに時間が掛かってしまうことは確実。
一般人である竜道寺流浪が紛れ込んだ時に退くべきだったのだ。
戦いの立ち回りで、現在キュリロスの後ろに四季島方面へと続く道路が続いており、あの島を目指す吸血鬼はキュリロスを突破しなくてはならず、逆にキュリロスの逃げる先は吸血鬼の向こう側。
「・・・・・・逃がしてくれますかねぇ」
流浪を殺害したキュリロスを、吸血鬼が見逃すかどうか。
四季島に逃げる事も、集団で動いていた先程とは違い1人で動きている今なら出来なくはないが、キュリロスの立場的には逃げた後の動きが取り難くなる。
本島へ退くのがベストだが命あっての物種、贅沢は言っていられない。
四季島へ向かう事も候補に入れて、魔眼に対抗する為の聖神教会製の護符を懐から取り出し、キュリロスは一歩後退った。
「うわっ、何あれ!?」
驚いたような女の声が背後から聞こえて、キュリロスは思わず下がる足を止めて振り向く。
そこに居たのは桜色の髪をした少女と、片目に大きな切り傷跡がある黒い大型犬。
(散歩中か!? 本格的に結界が切れましたねぇ・・・・・・‼)
しかし何と間の悪い。
車両よりも先に歩行者が来てしまうとは。
車のスピードなら、一般人が走るよりも逃げ切れる可能性はあっただろうに。
「そこの貴女、直に引き返しなさい‼」
キュリロス・アディソンという男は狂信者である。
聖神教会の仇敵である鬼を滅する為なら悪辣な手段を取る事に何ら抵抗はなく、目的の為なら一般人である流浪ごと吸血鬼を滅ぼそうとする程度には無情だ。
しかし、それはあくまで魔を滅する為という大義名分が有ればこそ。
今の怪物と化した吸血鬼相手には、殺す為の肉壁にもならない。
であれば、彼女は真にただの一般人だろう。
鬼を滅ぼすことに手段を選ばないキュリロスだが、何の罪も利用理由も無いただの一般人を見殺しにしない程度の良識は持ち合わせていた。
それ故に退去を呼びかけ、時間を稼ぐために護符を構えようとするが、先に動いたのは吸血鬼だった。
吸血鬼の両目が怪しく光る。
その眼は魔法の力を宿す目・・・・・・【魔眼】。
視線一つで発動出来るこの力は、視るという行為のみで力の行使が可能という事もあり、予備動作が少なく初速が早い。
【魔眼】を使おうとする吸血鬼が先に動くのは必然と言える。
黒曜石が如き輝きを発する両目が、桜色の髪の少女・・・・・・天使縁寿を捉えた。
そして――――――
「わっ!?」
――――――パンッ
という、風船が割れるよりも小さい軽い破裂音と衝撃が、縁寿を襲った。
・・・・・・それだけだった。
他に縁寿の身に起きた変化はなく、縁寿は何が起きたか分からず困惑し、キュリロスと吸血鬼も同様の反応を示した。
吸血鬼は再び両眼を輝かせる。
――――――パンッ、パンッ、パンッと、軽い破裂音と小突かれたような衝撃が何度も縁寿を襲う。
「!?!?!?!?」
「いや、ちょ、え、何? 何なの!?」
驚愕と困惑の色が隠せない吸血鬼だが、縁寿はそれどころではない。
何か黒犬が急に走り出して追いかけてみたら、何か橋の上で神父と怪物がいたのだ。
オマケにその怪物が自分の方を視たら急に衝撃が襲ってきた。
縁寿は意味が分からなかった。
プルートはそんな縁寿を一瞥した後は吸血鬼を見やるだけで動く気は無く、キュリロスはこの状況の判断に迷いが出る。
(今の状況なら逃げられそうですが、この少女をどうするか)
視た感じ何故か【魔眼】の力が効いておらず、縁寿はこの場に偶々現れただけで流浪の殺害には絡んでいない。
そこまで重点的に狙われたりは――――――
(——————いや、現在進行形で狙われてますが)
だがアレは突然現れた縁寿に威嚇目的で放っている節がある。
もし本気で始末するつもりなら、【魔眼】が効かないと判断した時点で他の力で殺せばいい。
未だに自ら近づいてその鋭利な爪で斬殺する気配すらないなら、縁寿側から危害を加えようと近づきさえしなければ吸血鬼も威嚇以上の事はしない・・・・・・はず。
(そもそもあの様で意識があるのかどうか)
竜の力も含めて使える力を今まで使わなかった事の疑問が解けていないが、それを此処で無理に明らかにするほどの理由はない。
意識を保ってない可能性があり、もしその予想が当たっているなら、狙いがキュリロスから移っている今が最大の逃走チャンスだろう。
少女が確実に助かる保証はないが、それでも優先すべきは自身の脱出ということで、一歩、二歩、三歩とキュリロスはゆっくりと吸血鬼を回り込む様に横から抜けようと移動する。
そんな動きは直ぐに見破られ、ギョロっと吸血鬼の視線が縁寿からキュリロスに移った。
そして吸血鬼の両目が怪しく光る。
咄嗟に護符を翳すも、それは先程の剣と同じ様に朽ち果てて灰となる。
「この程度の護符じゃ話になりませんねぇ・・・・・・!」
舌打ちと共に灰となった護符の残骸を投げ捨て、キュリロスは吸血鬼の横を抜けようと駆け出した。
聖神教会の神父が身に纏っている法衣にも耐魔の力があるが、先の剣と護符を鑑みれば、あの【魔眼】相手では大した効果は期待出来ないと判断し、強行突破を決行する。
大半の【魔眼】は視線の中心・・・・・・視点から力を発揮するモノが多い。
故に足を止めるのは自殺行為。
ここまでの戦闘で、視線を向けて視点から力が発動する兆候である目が光る現象までの時間から、動き続けていればあの【魔眼】に捕まる事はないと判断したが為の強行突破である。
そんな神父と化け物の繰り広げる戦闘に未だに状況が呑み込めない縁寿だったが、向かい側から見える光りに気が付いた。
本島側からこの橋上を走ってきた自動車のライトである。
道路上に居る縁寿達には距離があるからか車を運転するドライバーは気付いた様子はないが、車の存在を目視した縁寿とプルートは端に移動し、背後から来る車に音で気付いたキュリロスは大きく跳び上がって街灯の上に着地するが、吸血鬼は迫る車に対して動きを見せない。
いや、足元に倒れる流浪を庇うように腕で覆い、吸血鬼の口が大きく開かれる。
その口内に魔力が収束されていき、蓄積された魔力を解き放つ。
放たれた魔力の砲撃は、一直線に自動車目掛けて飛んで行く。
異変に気付いて慌てた運転手がハンドルを切ろうとするが避け切れる筈もなく、自動車は魔力の奔流に呑まれ―――――る寸前に、突如その姿を消失させた。
その光景を見ていた者は、皆目を疑った。
無残に砕け散り消滅する車を想像したが、そんな現実が起こる事はなく、突然目の前から消えたのだ。
消えた車は何処にと、疑問が頭に過ると同時にガタンッと大きな音が聞こえた。
縁寿達の後ろ、つまりは四季島側の橋上道路に着地して、車体を左右に揺らしながら島へと車が走っていく。
車側が何かした?
否、急加速して慌てた様子で逃げる車の姿に、ドライバーも何が起きたか理解出来ていないだろう事は容易に想像出来る。
では、いったい誰が?
その答えは直ぐに解った。
去っていく自動車と入れ替わるように、大型トラックが橋の上を走ってくる。
その貨物自動車の上に居る。
既に時刻は夜で空は暗いが、ライトアップされた橋に近づいてきた事で、その姿は離れていてもよく見える。
道路照明灯の光に照り返されて尚目立つ、太陽の様な金髪。
鳳凰学園高等部の制服と、生徒会長の腕章。
そんな出で立ちの男、神爪勇人は貨物自動車の上で偉そうに両腕を組んで仁王立ち・・・・・・いや。
その場でクルっと回り、両足を軽く開き、左手の親指・人差し指・中指を立てながら腕をまっすぐ上に伸ばすという、チャンピオンタイム的なキメポーズを取っていた。




