第46話 竜道寺 流浪、死す
気が付いた時には、飛び出していた。
その血に濡れた姿が視界に入った時には、身体が動いていた。
もう二度とあんな事は起こさせない。
そう思い、習っていた空手にも身を入れた事はあったが、結局は限界を感じて止めてしまった。
真剣に続けていた所で、この場で役に立ったかどうかは分からないが。
(ああ、でも・・・・・・今度は守れたな)
心の臓を貫かれ、剣を引き抜かれた勢いで身体が地に倒れる。
血が流れていく。
力が抜けていく。
命が消えていく。
吸血鬼が声をかけているが、何を言っているのか聞こえない。
自分を抱き寄せる吸血鬼の姿を目に映したのを最後に、竜道寺流浪は命を落とした。
◆◆◆
自分を庇う形で飛び出した男に声をかけようとしたが、静止の言葉が間に合う事は無かった。
既に息を引き取った男の亡骸を抱える事くらいしか出来なかった。
何故自分を庇った。
この男は此方の名前も事情も知らないだろうに。
いや、そもそも何故助けになんて入った。
自分に関わらなければ、命を落とすことなんてなかっただろうに。
「おやおや、死んでしまいましたか」
こんな頭のネジが抜けきった似非神父に殺されることも無かっただろうに。
いや、そもそもこんな橋を自分が渡らなければ。
地続きなのは大橋だけだが、移動手段なら船で密航なり何なりする事だって出来たのだ。
ただ直接地上を行くのが一番手早く楽だったから橋を渡ったに過ぎない。
もっと周りに注意を向けるべきだったか。
そんな後悔ばかりが吸血鬼の頭に過る。
だが、後悔していても過去は変えられない。
ならせめて敵討ちくらいはしなければと、吸血鬼は顔を上げてキュリロスを見据えた。
「美しい・・・・・・」
キュリロスは感動の涙を流していた。
意味が分からなかった。
死して倒れた竜道寺流浪に対して、キュリロスは天を仰ぎ感涙している。
その在り様は、吸血鬼の理解を超えていた。
「貴方、何で泣いてるの・・・・・・?」
「何故? そんなの、決まっているじゃないですか――――――」
吸血鬼は、何故自分で殺しておきながらキュリロスが涙を流しているのか理解出来ない。
キュリロスは、何故自分が涙を流しているのかを理解出来ない吸血鬼が理解出来なかった。
「――――――彼の吸血鬼相手でも自らの命を厭わず身を挺して庇うその献身! その行動! その生き様! その愛! これが美しいと言わずに何と言うのです!? この美が! この愛が貴女には理解出来ないと!?・・・・・・やはり吸血鬼とは分かり合えない。彼の献身を無下にするなど、やはり吸血鬼は人の心を持たないようだ。彼の愛を理解出来ているのなら、さっさとその首を差し出すのが、貴女が彼の献身に報いるただ一つの術だというのにッ‼」
「・・・・・・・・・・・・」
吸血鬼がこの倒れた男・・・竜道寺流浪とやらを巻き込んでしまったのは確かだろう。
たとえ流浪の方から首を突っ込んでしまったのだとしても、彼を死なせない手段が吸血鬼にはあった。
それを躊躇してしまったが故、彼は死んでしまったのだ。
(・・・・・・いえ、まだ助けられる!)
心臓を貫かれたが、流浪の命を救う可能性が吸血鬼にはある。
その方法も躊躇われたが、ただでさえ躊躇してしまったが為に彼は死んでしまったのだ。
なら、もう手段は選んでいられない。
どうなってしまったとしても彼を助けなければ。
それが彼の行動に対する報いる術だ。
まず最初にすべきことは――――――
「嗚呼、けれども彼はたった一つ間違えた! 吸血鬼なんぞの為にその命を使ったのが最大にして唯一の間違い! 鬼と分かり合えること等ありえない、ありえないんですよぉッ‼ だから彼は愚かにも死んでしまったのです‼ 有終の美を飾るにはあまりにも無知蒙昧‼ なんという無駄死に‼ 彼はあまりにも優しすぎたのですッ‼‼」
――――――未だに好き勝手に自論を展開しまくっているこのド畜生を遠ざけなければ。
吸血鬼は大きく息を吸い込み、
「――――――【黄金爆裂魔衝波】ッッ‼‼‼」
その口から、爆撃が如き衝撃波をキュリロス目掛けて放つ。
不意を突かれたが、咄嗟に剣を盾にし直撃を防ぐ事は出来たが、身体を撃ち付ける衝撃波に後方へと大きく吹き飛ばされる。
「これは・・・・・・竜の咆哮!?」
口から吐き出された衝撃波の奔流はキュリロスを吹き飛ばし、この大橋を軋ませる。
水平になるように放った為橋が壊れるようなことはなかったが、それでも車道が少し罅割れていた。
少しでも向きが逸れていたら、この大橋ごと海に沈められていたかもしれない。
(いや、それよりも・・・・・・)
あの吸血鬼はその名の通り"鬼"であり、"竜"ではない。
いや、竜の力を何らかの形で宿している可能性はある。
吸血鬼は食屍鬼から進化するか、魔術的儀式等で至るもの。
あの女が食屍鬼だった頃に竜を捕食したか、あるいは儀式時に竜の因子でも取り込んだかをすれば、理屈の上では吸血鬼が竜の力を振るうのは分からなくはない。
(分からないのは、何で今になって使ったか)
竜の力なんて強大なものがあるのなら、何故もっと早い段階で使わなかったのか。
使うタイミングなどいくらでもあっただろうに。
使う事に何かしらのリスクでもあるのか、条件を満たした事によって発動出来るようになったのか、竜の力を振るう事に対する嫌悪か、吸血鬼外の力を使う事をプライドが邪魔していたか、あるいは単に気分じゃなかっただけか。
様々な可能性がキュリロスの頭を過ぎるが断定出来る根拠はなく、分かったところでやる事は変わらない。
「吸血鬼は・・・・・・鬼は唯、滅するのみ‼」
竜の咆哮によって吹き飛ばされ、橋の上空を舞うキュリロス。
宙で身を翻し、虚空を蹴り、空を翔けて、吸血鬼目掛けて飛んで行く。
竜道寺流浪。
愛に満ちたその献身、その死に様。
(彼の命に報いるためにも、憎き敵である吸血鬼を討たなければ・・・・・・‼)
◆◆◆
「今の内に・・・・・・!」
理不尽な殺意をキュリロスに向けられる少し前、竜の咆哮でふっ飛ばして時間を稼いだ少しの間に、吸血鬼は抱えていた竜道寺流浪を地に置き寝かせて、その遺体の胸に手を添えて、もう片方の手を自身の胸に当てる。
吸血鬼の胸・・・・・脈動する心臓が黄金色に輝き出すと、色に変化が起こる。
黄金が赤と白の二色に分断され始める。
否、色でなく心臓が二つに分かれたのだ。
白く輝く心臓は吸血鬼の胸に残り、赤く輝く心臓が吸血鬼の手を伝って、竜道寺流浪の胸に移る。
移動した心臓は、竜道寺流浪の破れた心臓の位置に収まり――――――心臓は動きを停止した。
「やっぱこのままじゃダメか・・・・・・」
心臓が動いたまま移植出来れば良かったが、やはり死者相手に移すと心臓は停止するようで、移植すれば即復活とはいかなかった。
だが、ここまでは吸血鬼も予想通り。
(このまま上手くいくかどうか・・・・・・"赤"の心臓だから1回は大丈夫だと思うけど)
もし吸血鬼が"赤の心臓"を持ったままで死んだのなら何も問題ないと断言できるが、既に死んだ人に移植した場合は吸血鬼にも分からない。
(生き返るかどうかは賭け・・・・・・でも、可能性は充分ある)
遺体となったまま変化がない流浪から、吸血鬼は立ち上がり迫ってくる気配に目を向ける。
橋を破壊しないように気を使って威力と範囲を抑えたが、やはりあの程度で死ぬような神父ではなかった。
「・・・・・・後はあの似非神父ね」
橋もほぼ半分渡り切る所まで来ている。
目的地である四季島まで、もう目と鼻の先。
(最悪、似非神父を倒せなくても四季島にいる誰かが気付いてくれれば・・・・・・!)
派手に暴れれば誰かが気付いてくれるとは思う。
しかし、あくまで保護を申し出る身である為、橋を大破してしまう様な被害を出すのは憚れる。
だが、殺されてしまっては元も子もない。
その為には本気で戦うしかなく。
「もってよ、私の意識・・・・・・ッ‼」
膝を折り曲げ、両手を地に着き四つん這いになる吸血鬼。
【幻銀輝鉱】の様な美しい長髪がウネウネと生き物の様に蠢き、体内の骨がゴキリと変形し、筋肉がミシミシと軋みだす。
その歯には肉食獣の様な牙が伸びてきて、瞳孔が開き眼が血走る。
変異していくその様は、吸血鬼であることを差し引いても異形のそれであり、正に人外の姿であった。




