第44話 吸血鬼の女
「あー、もう‼ しつこいのだけどッ!?」
迫りくる白い狂気に悪態吐き、鋼橋の道路を駆け、傷だらけのドレスを翻しながら白銀の女は後ろに向かって魔術を放つ。
岩石の槍が、風の刃が、水の弾丸が、炎の矢が、雷の剣が、光の閃が、闇の波動が次々と連続で展開・射出され、宛ら爆撃の嵐が如く、凡そ一人の人間相手に放つとは思われない程の規模の弾幕が無数に放たれた。
だが、目の前に広がる魔術の嵐をまるで意に介さない白髪の神父―――キュリロスは、その手に握る西洋剣を振るい迫る魔術を悉く薙ぎ払い、霧散させていく。
「無駄無駄無駄ァッ‼ 無駄なんですよォッ‼‼」
分かってはいても、女は舌打ちしてしまう。
キュリロスが持っている剣は、聖神教会に所属している祓魔師なら誰にでも支給されている破魔の剣。
鋼よりも硬く、また非常に軽いその剣は、加工次第で魔力を遮断・蓄積・吸収・反射等の効果を発揮する事が出来る、魔法金属【幻銀輝鉱】によって作られた退魔の武器。
聖神教会の祓魔師が主に使用しているのは、破邪の力を持つ『量産型祓魔剣』。
柄に十字の紋章がある両刃のロングソードで、量産故にか【幻銀輝鉱】製であることを除けば外観には他に特徴のない剣。
元となったオリジナルのアスカロンとは違い竜殺しの概念は持たないが、悪霊でもある鬼は勿論、魔の力を使う魔術師にとっては相性の悪い武器と言える。
「いい加減観念して死んでくださいよぉっ‼」
「嫌に決まってるでしょ!?」
返答に叫びながら魔術を放つが、それも剣で薙ぎ払われるだけで終わってしまう。
無駄なのは分かっているが、女にはこれ以外に抵抗の術がない。
無い訳では無いのだが、使えるものが魔術しかないというべきか。
「貴方、本当に聖職者なの!? とても神聖な感じがしない顔をしているのだけれど‼」
「ああ! いけませんねぇ‼ 人を見かけで判断するなんて・・・・・・ヒャッハハハハハハハハァー‼‼」
「見た目通りでしょ!?」
血走った眼を剥き出しにして高笑いしながら襲い掛かってくる狂者にドン引きしても、現状の何が変わる訳でもない。
何故こんなことになってしまったのか。
やはりお金が無くてお腹が減った時に露店の店員に催眠をかけて無料で肉まんとか串焼きとか食べてしまったことで罰が当たってしまったのだろうか?
だって仕方が無いじゃない、お腹が空いてもお金が無かったんだもの。
しかし、嘆いていても過去は戻らない。
未来は前へと進む意志によって開かれるもの。
そして灰色の脳細胞の働きによって、女は「はっ」と、現状を切り拓く術を閃いた。
いつの間にか車が通ることがなくなったことに疑問も抱かず、女は橋上道路のド真ん中で足を止めて、追ってくるキュリロスも急に足を止めた女を警戒しつつ足を止める。
十メートル程の距離を保ちつつ、女は男の目を見据えて言った。
「貴方、聖神教会の聖職者でしょう?」
「何故疑問系なのかはあえて問いませんが、まぁ・・・そんなものですねぇ」
「何で私を狙うの?」
「コレ答えないといけないんですかねぇ・・・というより、答えなんて聞くまでもないでしょう。私が神父で、貴方が吸血鬼。これ以上の答えがありますか?」
「・・・・・・確かに私は吸血鬼よ。けどね、私だって別に成りたくてなった訳じゃないのよ!」
「成程・・・まぁ、よくある話ですけどね。別に珍しくもない。私が貴女を見逃す理由にはなりませんねぇ」
「くっ、なんて頭の固い・・・ま、まぁ、いいわ。本題じゃないから、ここからが本題だから!」
「はぁ・・・・・・?」
今一この女が何がしたいのか分からず男は首を傾げ、女は仕切り直す。
「私、思うのよ。戦いは何も生まないって。ほら『あなたの敵を愛せ、あなたを呪う者を祝福せよ』って言葉、貴方の組織にあるじゃない。やっぱり世の中は"愛"、LOVE&PEACEって訳ね!『剣を鞘に納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる』なんて名言もあるのだから、戦いなんて不毛よ不毛! ホント先人ってよく分かってるわ‼」
「『新約聖書』・・・・・・マタイによる福音書5章44節と26章52節ですね、よくご存じで」
「フフン、物知りなのよ私って!」
「まぁ、確かに貴女の言う事も分かります。争いは何も生まない・・・ええ、ええ、全く同意見ですねぇ!『己を愛するごとく、汝の隣人を愛せよ』と言いますし『信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である』とも言います。ええ、ええ、貴女の仰る通り世の中やはり"愛"でしょう!」
「分かってくれるのね!?」
手応え有りと、女は内心でガッツポーズを取る。
やはり愛なのだ。
なんやかんやいって愛なのだ。
取り敢えず愛を何か偉大な風に語っていれば、何かとても良い感じになるのだ。
(私、知ってるわ。これが全世界ありとあらゆる職業所属ジャンル問わずの真理というやつね‼)
チョロいわ!と、女はほくそ笑む。
これでこの見るからに頭がヤバそうな人との関りを断ち、後はこの橋を駆け抜けて四季島へと逃げるだけ。
女は思わず見惚れてしまう程のとても綺麗な営業スマイルを浮かべて、
「じゃ! 分かってくれたところで私はこれで‼」
踵を返し駆け出した。
瞬間、女の足元に十字剣の形状を取った光が突き刺さる。
聖神教会の祓魔師が使用する、信仰の力である法術。
物理的な破壊力は微弱だが、霊的な干渉力は強力な、魔を滅する光の剣。
不死身と言われることも多い吸血鬼といえど、直撃すれば無傷では済まない。
そんなものが横切っては足を止めざるをえず、女は引き攣った笑みを浮かべながら振り返った。
「あの~、戦う事の無意味さを分かってくれたのでは?」
「ええ、分かりましたとも。どうにも私は頭に血が上り易い質でしてねぇ、そんな基本的な教えすらカッとなると頭から抜けてしまう。猛省せねばなりませんねぇ」
「そうね! 反省するのはとってもいい事だと思うわ‼」
だからさっさと回れ右してお家に帰ってくれないかしらと、女は心の声で叫びながら少しずつ後退る。
そんな女の歩に合わせて、キュリロスも歩を進めて距離を詰める。
「けどダメなんですよぉ、鬼だけはダメなんですよぉ! 異世界人でも異教人でも話し合う事から始められる愛は持てれど、悪魔悪霊と交わせる愛など我々は持ち合わせてなどいないのです! それは何故か? 貴女達鬼が・・・それもその中でも最上級の一角である吸血鬼が・・・・・・ヒトじゃないからに決まってるじゃないですかァッ!?」
キュリロスが狂気の笑みを浮かべ叫んだ瞬間、一足跳びで女との距離を詰め剣を振るう。
吸血鬼という常人離れした身体能力で反応し、後ろに跳んで距離を取ろうとするが、キュリロスは許さず間合いを詰めて剣を振り続ける。
これでは先程の様に魔術の弾幕を張り距離を取り続ける事が出来ず、破魔の剣で斬られるのは時間の問題。
「くっ」
女は仕方ないとその手を振るった。
振るった手は男が振るう剣に当たり、ガキンッと金属がぶつかり合った様な音を発して、キュリロスを仰け反らせる。
数歩後退ったキュリロスが見たのは、女の手。
正確には、その指から鋭く伸びている爪である。
硬質な刃物の様な光沢と異様な威圧感を爪から放ちながら、キュリロスは危機感から思わず飛び退き、女はこれ幸いと同じく大きく飛び退いて距離を取り、伸びた爪を収めて周囲の空間に魔法陣を複数展開させ、そこから地・雷・水・火・風・光・闇といった基本属性の元素魔術をぶっ放す。
キュリロスはしくじったと舌打ちしながら剣を振るい、再び距離を詰めて近接戦に持ち込もうとするが、女はそれを許さず距離を保ちながら魔術を放って逃走する。
先程までの戦闘の焼き直し。
折角の好機を逃してしまった事に・・・否、思わず吸血鬼なんぞに危機感など感じ取って退いてしまった自分の無様さに苛立ちを隠さずに、キュリロスはデカい舌打ちをした。
このままだと橋の向こう側・・・つまりは四季島へと吸血鬼が逃げ込まれる。
そうなったら流石に表立って派手に立ち回ることが難しくなる。
橋の上という、まだ本島の範囲内であるこの場で仕止めなければと、キュリロスは剣で女が放つ魔術を切り払いながら口を開く。
「《異界異教の者共よ・私の言葉を聞け―――》」
(詠唱!? 教会の祓魔師が使う、法術の洗礼詠唱か!)
今度はキュリロスに対して、女が危機感を募らせる番だった。
女が体力や魔力を温存することを止め、更に魔法陣を展開し魔力残量を無視して魔術を行使するが、キュリロスは詠唱を止めることなく剣を振るう。
「《―――遍く世に存在せし人々よ・主の言葉に耳を――――――」
雨霰の如く降り注ぐ魔術を薙ぎ払いながら詠唱の為の言葉をキュリロスが続けたその瞬間、
「――――――【火の矢】‼」
「―――》―――ッ!?」
女の背後から突然、火が矢の様に飛来しキュリロスに迫る。
意識の外側からの何者かの攻撃に、唱えていた詠唱を中断し、キュリロスは剣で飛んできた火の矢を斬り裂いた。
キュリロスは火の矢の発射先を睨み、女も自分の背後から突然飛んできた火の矢の使用者を振り返り見る。
女の背後・・・・・・キュリロスの位置から約五十メートル程の距離の先に向けて声をかける。
「いったい何処の何方なんですかねぇ!?」
火を放ったであろう手をキュリロスに向けている、黒いタータンチェックのスラックスに白いカッターシャツの上に赤いブレザーを着た学生服の少年。
黒髪黒目というこの国の古くから伝わる日本人然の容姿をした、少し目付きの悪い鳳凰学園高等部に入学したばかりの新1年生。
竜道寺 流浪がそこにいた。




