第43話 竜道寺 流浪が空手を止めた訳
四季島大橋。
日本本島と四季島の間に架かり、島と島を結ぶダブルデッキアーチ型の鋼橋。
全長約500m程の長さの連絡道路であり、橋の両側には幅3m程の歩道が併設されている。
市民参加型のマラソン大会のフルマラソンコースの一部でもあり、今現在そのマラソンコースを竜道寺流浪は走っていた。
空は既に夜の帳が下りて暗くなっているが、橋はライトアップされており道を走るには困らない。
いや、『存在更新』で身体機能が上昇している第一階梯の今なら夜目も効く為、仮に灯りが無くてもある程度は見えるのだが。
「なんつーか、マジで身体が軽いな」
道路を走る自動車にも負けない速度で走っている流浪は、軽く跳ねたりしながら身体の調子を確かめる。
体力測定よりも飛ばしている為少しばかり息が上がってるが、それでも準備運動のレベルであり、まだまだ速度を上げる余裕がある。
体力測定での50m走のタイムは5.5秒。
『存在更新』で身体能力が上がり、測定時は軽く走ってその記録である為、全力で走れば更にタイムが縮められるだろう。
アパートまではまだ距離があるため全力疾走は控えているが、もう少し飛ばしても体力的に大丈夫かもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながらも、流浪の頭には先程の花凛の言葉が過っていた。
『・・・・・・流浪君は、さ。もう空手はやらないの?』
流浪の祖父は空手家で若い頃は世界を武者修行で周り、世界の強者達と戦いを繰り広げ、日本へ帰郷してから道場を立ち上げた。
『武天流』
それが祖父が立ち上げた道場の名であり、流派の名である。
その道場に、流浪は物心がついた時には通っていた。
幼き頃からやっていただけあり、現在の流浪の身体能力は同年代のなかでも高い方だ。
大会にも出場して何度か優勝したこともあり、武芸に対する才能はそれなりに有ると言える。
だが、そんな空手も中学二年に上がる頃には止めてしまった。
別に何か特別な理由があった訳では無い。
ただ、気付いてしまっただけだ。
上には上がいて、自分の才能ではどうあってもそこまで上には行けないという事に。
実際に大会で何度か優勝したと言っても、優勝出来たのは小さい大会で、それなりの規模の大会になると良くてベスト8に入れるかどうかで、大体は中位までしか勝ち上がれない。
空手を止めた切っ掛けは後輩だった。
一つ年下の後輩で、流浪が小学4年生の頃に道場に出入りするようになり、家が近所という事もあってよく一緒に稽古に励むことになる。
道場に入ったばかりの頃は初めてという事もあり、実力は大したことはなかった。
しかし、一年も経過した所で頭角を現してくる。
同年代と比べて小柄であるにも関わらず、組手をする度に勝ち星が増え始めて大会でも結果を出すようになってきて、更に一年経過した頃には道場に通う同い年の子には負けなくなった。
大会でも優勝する事が当たり前になっていき、そして流浪が中学に上がる頃には年上の中学生や高校生達に交じって稽古する事が当たり前になった。
流浪もその後輩と何度も組手を行い、負ける事はなかったが徐々に勝ち難くなってきたのだ。
そして流浪が中学二年に進級、後輩が中学入学を控えた頃。
その後輩に、流浪は初めて組手で負けた。
油断があった訳ではない。
運が悪かった訳でもない。
10回くらいやれば9回か8回は勝てる、くらいの力の差はまだあった。
それでも、その小柄な後輩に確かに追いつかれたと、流浪は感じたのだ。
本当に才能のある奴・・・・・・天才というのは、こういう奴の事を言うのだろう。
自身の才能の伸びしろ、自分をあっという間に超えていく後輩の才能、何処にでも居るのだろう上には上がいる存在達。
そんな色々なものを感じ取った流浪は、組手に負けたその翌日に、空手を止めた。
元々気がついた時にはやっていた程度のモノであり、是が非でも勝ちたいとも、超えたいとも、負けたくないとも思わなかった故に、丁度良い区切りかと流浪は約10年続けてきた空手を止めたのだ。
それから、その後輩とは会っていない。
組手を最後にやった日が、後輩が空手で有名な強豪中学に進学し寮に入る為に引っ越した日でもあるからだ。
後輩が引っ越したばかりの頃はメールなりSNSなりで連絡を取っていたが、練習が忙しいのか段々連絡を取ることがなくなり、今では完全に疎遠になってしまった。
花凛とは連絡を取っているようで、偶に後輩の話を聞くことはある。
空手を止めた頃は花凛に「また空手はやらないのか」としつこく言われていたが、いつしか口にする事はなくなり流浪も気にも留めていなかったのだが、今日いきなり言われて少しばかりドキリとした。
(何で今頃・・・・・・)
高校に進学して環境が変わったからだろうか。
環境が変わろうと、別に流浪に空手を再びやる気なんてないし、何なら他の武道なりスポーツなりに打ち込む気も特にない。
自分の才能は自分がよく理解している。
何をやっても別に一番にはなれないし、一番上を目指すだけの理由も熱意もないのなら、努力を積んでいく理由も無い。
お遊びでやるのにはいいかもしれないが、それなら無理に部に入る必要もない。
・・・・・・鳳凰学園の生徒が、何かしらの委員会か部活に所属しなければならないなんて決まりが無ければ。
部活に入る気が微塵もなかった流浪の現在最大の悩みの種である。
部活で青春を燃やす気がないなら、バイトでもして金を稼いでいる方が有意義だというのに、何故時間に縛られる様な事をしなければならないのか。
(いや、ちゃんと調べなかったオレが悪いんだろーけどよ)
少なくともバイトは成績が余程悪くない限りは別に構わないという事は調べたので出来ないわけではないのだろうが、委員会や部活に所属しながら出来るものなのだろうか。
幸いなのか所属する委員会や部活を決める期限は来週の月曜まであるので、その間までに調べてなるべく時間の制限の緩いところに所属しよう。
「・・・・・・?」
そんなことを考えている時、流浪はふと気づいた。
いつの間にか、周囲から音が消えていることに。
ここは連絡道路が横にある橋の上。
当然、流浪が橋の歩道に入った時には多くの車が行き交っていた。
歩道を走っているのは流浪しかいなかったが、それが足を止めて周りを視てみると車の姿がない。
帰宅する者が多い時間帯とはいえ偶々いないだけかとも思ったが、それにしては静かすぎた。
車が通っていないどころか、橋に入ってくる気配も感じない。
橋の上には、流浪しか存在していない。
何となく気にはなったが、そういうこともあるかと流浪は帰宅する為に再び走り始めようとするが、異変が起きた。
流浪の背後、本島へと伸びる橋の先から、音が聞こえてきた。
『存在更新』によって第一階梯へと至った聴覚が捉えるのは、金属がぶつかる様な音や、石などが砕けるような音。
振り返って見れば、風が吹き荒れ雷光が煌めき、闇の波動が空へと昇る。
それは徐々に流浪の方へと近づいてきて、人影が見えた。
白銀の髪の女が魔術を放ちながら橋を走り、それを白髪の男が西洋風の剣で捌きながら追いかけている。
「何だ・・・・・・?」
今一つ状況が分からないが、女側が逼迫した雰囲気なのはよく分かった。
事情は知らない、もしかしたら必死に逃げている女が犯罪者で、その女を仕止めようと迫る狂気染みた表情を浮かべる男が善人なのかもしれない。
しかし流浪はそんな考えが頭にありながらも、
「【火の矢】‼」
発現した魔法を初めて、躊躇もなく白髪の男目掛けて撃ち放った。




