第42話 極東の魔神
神爪勇人の固有魔術――――【掌紋魔術陣】は、その名の通り魔術式が手袋の様に手の全体を覆う。
その人差し指に描かれた《雷》の魔法陣から、白い雷が光線の様に空へと放たれた。
鳳凰学園の敷地内から四季島北部、大橋で四季島と繋がっている日本本島の港町、そして山の向こう側へと一条の光が雷速で飛んでいく。
空を走る白き雷を目撃した一部の一般人達は流星の類だと勘違いしていたが、雷が飛来する先にいる背教者達は魔術が飛んできたのを感じ取った。
「避けろッ‼」
だが、それを感じ取ることが出来たのは、回避の号令を出した白髪の男を含めて7人中4人。
残り3人の内2人が白髪の男の声に反応し身体を動かし、最後の1人が更に遅れて動き出そうとする。
しかし、咄嗟の事で対応しきることが出来ず、足を縺れさせ転倒してしまった。
「ルイス!?」
倒れた拍子にフードが取れて、ルイスと呼ばれた金髪少女の風貌が露になる。
そんな彼女に雷が迫り、倒れた彼女をルイスと呼んだ1人が間に立ち塞がって腰に差してある双剣を抜き、白い雷を切り払う。
攻撃はその一撃で終わることはなく、続いて2発3発と雷撃が飛来する。
放たれた雷撃を捌き切れず、肩と足を撃ち抜かれて跪く。
「ディアー!?」
「まだ終わってませんよ!」
フードの1人が、ディアーという名の負傷した仲間の元へ寄ろうとするが、白髪の男が警戒を呼び掛ける。
その直後、何十発の白い雷が空から降り注いできた。
「チィッ‼」
フードの人物達はある者は回避、またある者は太刀を抜刀し切り払い、ある者は風を操り雷を逸らす。
それはほんの10秒程の出来事であったが、既にフルマラソンを走り切ったかのような疲労を感じる。
「・・・・・・全員、無事ですか?」
「まぁ、死んじゃあいないがね」
「ちょっと掠っちゃったかしら・・・・・・」
白髪の男が仲間の状態を確認するが、直撃を免れたものの何発か掠ってしまい、雷撃の身体状態異常である軽度の麻痺が身体を蝕んでいた。
当たらなかったのは白髪の男一人だけ。
「今のは魔法か、魔術か。何にせよ、誰の仕業だ?」
「まさかあの吸血鬼が・・・・・・」
「いえ、彼女は此方に背を向けて逃走したままですね」
白髪男の強化した目には、未だに逃げに徹している吸血鬼の姿が映っている。
あの様子では、此方に攻撃を仕掛けてくる余裕などないはずだ。
「ならどこの誰が・・・・・・」
「魔術協会の回し者か・・・・・・あるいは異世界連合か」
「我々が仕掛けた訳でもないのなら、CUが此方を狙う理由なんてないでしょう。魔術協会も然りですよ」
魔術師らしき存在が近くに来ていることは感じているが、吸血鬼を相手にしている此方を妨害してくる理由など討伐依頼が被るくらいしか思い当たるものがなく、その割にはあの吸血鬼を狙いに現れる訳でもない為、更に別の人物であると白髪の男は思考した。
他に思い当たるものがあるとすれば・・・・・・。
「あの雷が飛んできた方角は・・・・・・南側ですか」
南側と言えば、今現在吸血鬼が逃げている先の方角であり、自分達が追う為に進んでいる方向でもある。
そして此処から南側にあるものといえば――――――
「――――――四季島、ですかね」
異端者が集う地とも聖神教会の一部の信徒の間で認識されている、日本本州の南・・・瀬戸内海東部に位置する島であり、現在の地球にとってなくてはならない地の一つ。
人外魔境の地ともされている。
おそらくあの吸血鬼が逃げ込もうとしている地であり、異端である吸血鬼が向かうにこれ以上とない相応しき場所であるといえるのだろうが。
「おいおい、まさか四季島から攻撃してきたなんて言わないよな・・・・・・」
「冗談だろ、あの島から此処まで何キロ離れてると思ってんだい!?」
「・・・・・・少なくとも10km以上はあるわよ?」
「分かっていますよ」
仲間たちの言う事も分かる。
だが、それを言ってのけるだけの根拠もあるのだ。
「ですが四季島には・・・・・・あの"極東の魔神"がいます」
白髪の男の言葉に、全員が息を呑む。
――――――"極東の魔神"。
その名を知らぬ者は、地球の裏社会に関わる者たちの間に存在しない程の知名度を誇る。
『千の魔術の使い手』、『略奪者』、『不死身の漢』、『超勇者』等々、数々の異名で呼ばれる存在。
その存在が極東の島国に住んでおり、あの四季島に在中なのもまた知る者は多い。
「奴が噂通りの人物なら、超長距離の狙撃をやってのけても不思議ではない」
「いや、でも、まだ十代のガキだぞ? 流石に考えすぎじゃ・・・・・・」
「異世界帰還者の強さに年齢なんて判断基準にはならないでしょう。というか、異世界帰還者の多くは十代から二十代ですし」
未だに周辺に雷撃を放った存在の気配が感じ取れない為、やはり攻撃してきたのは四季島方面。
その島に在する実力のある者・・・・・・"極東の魔神"の可能性が高い。
何故魔神があの吸血鬼を護るかのように此方を妨害するのかまでは分からないが、それでも本気で此方を害する気はないと推測する。
先程の白い雷が放たれて以降、攻撃が来る気配がないのが何よりの証拠だろう。
(一定以上あの吸血鬼に近づかれたくはない・・・・・・足止めが目的ですかね)
捉えられている感覚を僅かに感じる白髪の男は魔神の目的を読むが、彼の中にあの吸血鬼を見逃すという選択肢は存在しない。
如何に魔神からの攻撃を受けずに近づき、吸血鬼を仕留めるか。
「異教徒共が・・・・・・本当に忌々しい」
舌打ちしつつ苛立たし気に頭を掻き、白髪男は考えを纏めた。
「皆さん、その様じゃ満足に動けないでしょう。吸血鬼は私が追うので、皆さんは先に例の場所へ向かっててください」
「・・・・・・って、アンタ一人でやる気かい? 流石に無茶だろ」
「あの吸血鬼なら、私一人でも問題ありませんよ。魔神の方は、我々程度の位階の者が何人束になったところで大して違いなんてありません。皆殺しにされて終わりでしょう」
「・・・・・・ならばどうする?」
「・・・・・・私の力なら、近づきさえすれば相手が格上の位階の者でも殺すことが出来ます。まぁ、噂の不死身にどの程度通じるのかは、やってみないと分かりませんが」
それでも自信はあるのか、口調とは裏腹にその表情に陰りはない。
白髪の男の力を、此処に居る面子はよく知っている。
その言葉に偽りはなく、確かに格上の相手を屠る事は可能だ。
たとえ相手が不死身であろうと、如何にかする手段などいくらでも存在するのが、現代の異世界社会。
信頼するが故に、彼らは白髪の男を止める事などしない。
「だが、気を付けろよキュリロス。相手は異世界帰還者、どんな反則技を持っているのかも分からん」
「分かっていますよ」
白髪の男・・・・・・キュリロスは仲間の忠告に耳を傾けはするが、それでもやることは変わらないと、前に進めるその足を止めることはしない。
後ろに手を振りながらキュリロスは1人、暗がりの山の中一定の距離を保ちながら吸血鬼を追跡する。
◆◆◆
「1人雑魚じゃねぇ奴がいるな」
雷撃を連発で放った神爪勇人は、空に向けていた手を下ろし眼鏡を掛け直す。
瞳に浮かび上がっていた魔法陣の光は既に消失しており、その目は普段通りの紫暗色に戻っていた。
「人数は7人。雑魚が一人に、そこそこの雑魚が2人に、それなりの雑魚が3人、雑魚じゃねぇ奴が1人か」
「"そこそこ"と"それなり"って何が違うんだ?」
「"そこそこ"より"それなり"の方がランクがちょい上なんだよ、俺様の物差しだと」
「へー。どのくらい上なんだ?」
「お前の頭に分かりやすく例えてやるなら、"そこそこ"と比べて"それなり"の方が筋肉が厚い、5mmくらい」
「なるほどね」
神爪勇人の言葉に、納得したと深く頷きながら獅子尾豪気はスクワットを継続している。
ツッコみ具合が微妙だったのか、神爪勇人は物足りない訴えを視線に乗せるが、スクワットのスピードを上げて「フンフン」言ってる筋肉馬鹿が気付くことはない。
嘆息しつつ期待するだけ無駄かと諦めた神爪勇人は肩を竦めて歩き出す。
「って、何だ、行くのか?」
「ま、保護しなきゃならねー奴と、そいつを狙ってる奴らがいるからな。出迎えて適当にぶちのめしてくる」
「一々行かなくてもこっから魔法とかブッ放しゃいーじゃねぇか。もっと強いやつをドカーン‼と」
「今そいつらがいるの山の中だからな、威力のある魔術は下手に使えねぇんだよ。山火事とか土砂崩れとか起こしかねねーし」
「微妙に不便だな。んじゃ、飛んでくなり空間移動なりして殴り倒せばいーんじゃねか?」
「別にそいつら倒すのが依頼じゃねぇし、そこまでして出張んのはメンドクセェな」
「やる気なしだな」
「相手が相手だからな」
こればっかりは仕方がない。
全ては俺様が強すぎて凄すぎるのがいけないのだと神爪勇人は自己陶酔に浸り、筋肉を鍛えていた獅子尾豪気はスクワットを中断する。
「何なら俺も付き合おうか?」
「別にいい。頭数揃えて出迎えるような相手でもねぇしな。豪気は生徒会室に戻って、皆に適当に解散するように言ってきてくれ」
「そりゃ別にいーんだけどよ」
「何だよ?」
「行く前に校舎とか直しとかなくていーのか? 教頭に言われてんだろ?」
「あー・・・・・・」
完全に忘れてた神爪勇人は学園の外に向かおうとしていたが、踵を返してアッチコッチに地割れたグラウンドとひび割れた校舎の元へと戻り、周囲の被害状況を見渡す。
「放っておいても問題ねぇと思うんだがな・・・・・・ま、ちゃっちゃと終わらせるか」
此処でサボると更に面倒なことを後々にやらされると経験で知っている神爪勇人は、少しばかり首を絞めているネクタイを緩めて、シャツの内側から首にかけているネックレスを取り出した。
それは正確にはネックレスではなく、首から下げた紐に指輪を通したもの。
見る角度や光加減等によって様々な色合いに変化する、虹色に輝くの宝石が指輪にあしらわれている。
「ティエラ、ちゃちゃっと頼むわ」
虹色宝玉輝石が嵌められた指輪をその手に掴むと、宝石部分から茶色の光が淡く発せられ、周囲に膨大な量の魔力が広がった。




