第41話 鬼~デモニオ~
『鬼』とは。
現世を荒らす悪しき霊体であり、その正体は何らかの理由で堕ちた人間の魂。
人間の魂魄が主食で、生きた人間を襲っては死に至らしめる存在。
成仏、或いは浄化されなかった魂は、通常外部からの影響がない限り、数ヶ月、数年の時を経て霊子が霧散し再構成後、生者・死者を問わず鬼となる。
所謂、人に害をなす悪霊や、或いは憎悪などにより悪霊が憑依し狂暴化した人間の事を指す。
――――――『開門現象』が起こる以前までは。
『開門現象』以降、地球で一つの病が新たに発生した。
その病の名を『鬼病』。
人や動物が『鬼病』を発症し、鬼へと変貌してしまうという怪奇現象が地球で起き始めたのだ。
実は『鬼病』という名称の病気は本来存在せず、『開門現象』により地球全体の霊気が増量したことで人間全体の霊力が増幅し、今まで見えなかった鬼が見えるようになり、民衆の混乱を防ぐため『異世界連合』が『鬼病』という名の病気を広めたというのが『鬼病』の実情だ。
魔法や霊体が当たり前のように存在している異世界を有する『異世界連合』にとっては珍しくもない現象だが、地球では祓魔師や霊媒師等の霊感のある極一部の人にしか認識していなかった現象である為、祓魔師などを有する地球の魔法使い的組織が表に出て説明する事もなかったこともありこのような措置を取ったのだ。
強すぎる怒りや憎悪、嫉妬や無念等といった感情が他者を呪う穢れと歪みの力・・・『呪力』を発生し、その呪力が強く高まっていけば、人は鬼へと変質――――――『鬼化』してしまうのだ。
これは生きた人間でも、既に死した人間でも変わらない。
理性では抑えきれない負の感情である『呪力』が溢れれば誰でも鬼になる可能性を秘めており、『開門現象』以前にも『鬼化』した人間が存在しそれに関する事件も起きたりしたのだが、霊感のない人間には突然人間が凶暴化したように見えていた為、鬼になったなど誰も知りえなかった。
それが『開門現象』・・・『界交暦』に入ったことを機に、一般人にも認知されるようになったのだ。
「鬼・・・それも吸血鬼か。しかも保護だぁ? 抹殺の間違いじゃねーのかよ?」
『別に言い間違えたわけじゃないですよ、そう言いたくなるのも分かりますけどね』
『鬼』にも色々と種類があるのだが、大別すると二種類存在する。
それは生者か死者・・・・・・いや、実体を持つか持たないかである。
実体を持たない・・・つまり霊体の『鬼化』は、何かしらの外的要因を除けば人間の魂が生前の未練の中でも強い怒りや憎悪といった負の感情により起こりうる現象で、所謂『悪霊』と化してしまう鬼を指す。
基本的に『鬼』という言葉を指すのは、この悪霊の方である。
だが、今回東雲が神爪勇人に保護を依頼した吸血鬼は実体を持つ鬼。
実体を持つ・・・つまり人間の様に肉体を持つ『鬼化』は、霊体の鬼と同じく負の感情により起こるものだが、肉体という一種の殻がある為に生者は狂暴化はしてもそれだけで鬼になることはない。
実体の『鬼化』は、生きた存在の強い負の感情を餌に悪霊の鬼を引き寄せそれに憑依される、或いは呪力を発生させる程の強い負の感情を発する何かしらのモノの影響を受けて鬼となる。
そして『吸血鬼』は、基本的に後者によって『鬼化』する。
吸血鬼と化す方法は幾つかあるのだが、その方法は主に二つ。
魔術等の術式や、何かしらの強い『呪力』を宿した呪物を使った方法。
もう一つは、『屍喰鬼』から進化である。
『屍喰鬼』とは、人を食らう鬼となった屍人であり、それは吸血鬼に血を吸われ失血死した、或いは血を与えられて変質し『鬼化』した存在。
つまり『屍喰鬼』が生まれるには吸血鬼の存在が不可欠であり、もし保護対象である吸血鬼が『屍喰鬼』から進化した存在だとすれば、それは『屍喰鬼』を生み出した吸血鬼が何処かに存在し、場合によってはそいつもこの件に何かしらの関りがあり、そして吸血鬼に進化する程に生きた人間を喰い殺してきたということになる。
そんな人物を保護しろというのであれば、流石にこの依頼を蹴らなければならない。
『あ、先に言っておきますけど、この保護対象である吸血鬼は人を喰らってはいないので』
神爪勇人の思考を読んだかは定かではないが、東雲がその考えを否定した。
人を喰らっていないのであれば、その吸血鬼は魔術なり呪物なりで生まれた存在だ。
一応は禁術と呼ばれる、その名の通り使用することを禁じられた術ではあり、理由は如何によっては黙認されることもあるが、基本的に違法である。
そういった依頼を受けることは、神爪勇人も珍しくはないが。
「やっぱ解せねぇな」
『おや、何がです?』
「お前の依頼がだ。何で俺様に頼む? 吸血鬼が絡んでんなら何かしら余所様に言えねぇ理由があるんだろーが、事を表沙汰にしたくないってんなら、尚更外部の俺様じゃなくお前らで処理すべきだろ。大抵の問題ならアンタ一人で事足りるだろーし、外に情報が洩れるリスク負ってまで俺様に話を持ちかけた理由は何なんだ?」
勿論、依頼の情報を部外者に漏らさない守秘義務は存在するが、それも絶対ではない。
たとえ依頼を受ける神爪勇人にその気がなくとも情報が外部に漏れる可能性はあるし、その情報が違法であるものや秘匿していることで自分側にリスクが大きくなるものなら、その情報を曝すことだってある。
そんな可能性があるにも拘らず、外部に依頼するという自分たちの首を絞める危険な手段を取ったのかは誰だって気になる所だ。
一応その理由を聞かれることは想定の内だった東雲は特に焦ることはなかったが、あまり言いたくないことなのか歯切れは悪かった。
『いやー、実はですね、ちょっと面倒な人達が彼女を追ってるんですよねー・・・・・・』
「面倒ねぇ・・・・・・それは立場的にか? それとも実力的に、か?」
『両方ですねぇ』
その発言に、神爪勇人は怪訝な顔をする。
それは、東雲という人物を知っているが故だ。
「お前が実力的にも面倒って、何処の賊だそいつは? 『四皇帝』か『七勇界』の勢力か?」
『いや、別に界賊とかじゃないですよ。まぁ、ある意味そいつらよりも質の悪い奴等なんですが・・・・・・』
東雲の・・・・・・いや、魔術協会の立場で相手をするのが面倒で質が悪い人達とやらの名は、神爪勇人の頭に真っ先に頭に浮かんだ。
「・・・・・・教会絡みか」
『そういうことです』
「一応聞いとくけどよ、どっちのだ?」
『はっはっはー、いやですねぇ、聖神教会に決まってるじゃないですかー』
「ま、吸血鬼相手だしな・・・・・・」
現在の地球で『教会』を指す主な対象は二つ。
その内の一つが『聖神教会』。
地球上に存在する普遍的な世界宗教が母体となった宗教組織であり、地球最大規模の宗教合集組織、それが『聖神教会』である。
鬼の様な悪霊、或いは教義に反する異端者などの排除を目的としており、地球各地に在する多くの祓魔師が所属する組織。
旧暦時代から存在する組織であり、大昔から悪霊退治等を行ってきたのだが、魔法使いなどが歴史の裏に隠れていた様に、彼等もまた表舞台に立つことなどなかった。
界交暦へ入った現代では悪霊などが一般人の眼にも見えるようになり鬼の出現が顕著になってきたのだが、元々表に出ることを良しとしない組織であることもあり、『異世界連合』の様な異世界組織の存在や『青き惑星の調停者』が台頭してきたこともあって、ある程度存在が知られる『魔術協会』とは違って一般人への認知はない。
悪霊や屍喰鬼の討伐を積極的に行う組織であるが故か、一部の祓魔師は魔界の魔族や獣人を払うべき悪魔と見ており、更には異世界人や魔術協会が使う魔法や魔術も異端視しており、表にならないところで色々と争い合っている組織でもある。
奇跡の様な力である魔法や魔術等は彼らが崇める"主"のみが使うべきものであり、"主"以外や"主"を崇める者以外がこれを使うのは異端にして違法であると考えるが故に、古来から魔術の探求を旨とする『魔術協会』は当然として、界交暦から表舞台に上がった『異世界連合』や魔法を是とする現代社会にも強く反感を抱き、今まで表には出てこなかったが年々過激な動きを見せてきている。
つまり目的の為なら割と手段を辞さない面倒な宗教集団ということだ(まともな聖職者もいるだろうが)。
そんな遥か古から争い続けている組織の者と出遭うのは、確かに御免被るだろう。
「立場は分かったが、実力あるやつか・・・・・・何だ、聖十字騎士団の団長か? それとも異端審問騎士団のイカれ野郎共か? 流石に埋葬騎士団までは出張ってねぇと思うが」
『いえ、追ってるのは背教者なんですよ』
「狂信者系の異狂徒じゃねぇか・・・・・・」
『米国人の不良みたいな言い方ですね』
『聖神教会』は確かに異世界人や魔術使い等を敵視しているが、別に犯罪集団でもなければ殺人鬼の集団という訳でもない。
過激な者も確かに存在するが、それでも基本的には悪霊退治等を生業とする秩序を守るための組織だ。
ただ一部に過激な思考回路を持った聖職者がいるというか、目的の為には手段を選ばないというか、どうにも信仰心が行き過ぎた一部の奴等が一般社会にまで被害を及ぼし、表舞台に立つことを良しとしない『聖神教会』はそんな過激な聖職者等を「主の教えに背いた」とし「背教者」の烙印を押して『聖神教会』を追放する。
『聖神教会』に所属している聖職者は別に犯罪者ではないが、罪を犯した・・・或いは過激思想が故に追放された後に犯罪行為に走る者が多い為、『聖神教会』の『背教者』とは基本的にヤバイ信仰心が行き過ぎた求道者を指す。
追放されたとはいえ、元は『聖神教会』の聖職者。
イカれた過激思想持ちなんてどんな立場の人でも関わり合いになりたくはない。
「立場や実力ってか、単にやんのがメンドクセェとかじゃねぇよな?」
『それもあるんですが』
「あんのかよ」
『彼等は確かに面倒なんですが、実力的には私や勇人さんの敵ではないです。むしろ厄介なのは――――――おっと』
急に東雲の声が途切れ、デバイス越しに何やら轟音が響きノイズが走る。
「・・・・・・さっきからちょっと気になってたんだがよ、お前今何処にいんだ?」
『――――――山の中ですよ。いやー、やっぱりダムで戦りあうべきじゃありませんねぇ』
デバイス越しに聞こえる轟音は戦闘音かと、神爪勇人はこの辺りの山の中にあるダムを思い出し、北側を見る。
神爪勇人が立つ鳳凰学園は四季島内にあり、視線を向けるは四季島の北にある日本本島。
学園内からは周囲の木々等もあり流石に本島は見えないが、気配を探ってみれば確かに遠くの北側から強い気配がぶつかり合っているのを感じた。
「この気配は・・・・・・お前が押されてんのか」
『そうなんですよぉ、私じゃ足止めが精一杯なんで早いとこ彼女を保護しに行ってもらえませんかね?』
口振りから察するに、教会の背教者は相手をするのが面倒なだけで、実力的に面倒なのは今戦り合っている相手なのだろう。
「誰と戦り合ってんだ?」
『青き惑星の調停者の1人ですよ、日本代表の。ホント、何処から嗅ぎつけて来たのか、彼が彼女を追っている事に気付いたときは焦りましたよ。何を企んでいるのやら・・・・・・』
疲れたように嘆息しつつ戦闘を続行している東雲。
『青き惑星の調停者』は異世界へと転移ないし転生し、地球へと帰還した者達。
その者達の大半は飛ばされた異世界にて魔王等を討伐した為、高い戦闘力を保持している者が多い。
異世界帰還者は能力の低い者でも『第一階梯』の最上位、高ければ『第五階梯』以上の者もいる。
そして地球の守護者と呼ばれる『青き惑星の調停者』の代表達は、ほぼ『第五階梯』かそれ以上の位階に達している。
高い位階の者達で構成された組織の構成員である故、東雲でも足止めしか出来ない。
そこまで思考した神爪勇人は面倒くさ気に頭を掻く。
「あー、つまりなんだ・・・・・・その吸血鬼の保護するって事は、それ狙ってる背教者―――はともかく、その『青き惑星の調停者』も俺様が相手しなきゃなんねーのか?」
『その可能性もあるって話ですよ。まぁ、私は抑え込むことが出来ないので勇人さんに任せる可能性が高いと思いますから、こうして貴方に依頼したわけです』
「超絶メンドクセェんだが・・・・・・」
『ほら、勇人さん強い人と戦うのお好きでしょ?』
「確かに戦うのも暴れるのも好きな方だけどよ、俺様が好きなのは戦って後腐れの無い喧嘩だぜ。『青き惑星の調停者』なんて政府そのものみたいな奴等メンドクサ過ぎて相手してらんねぇよ」
『そう言わずにお願いしますよぉ、私じゃ流石に荷が重くて・・・・・・』
「どうだか」
『依頼はもう受理されてるわけですし、頼みますねー。それじゃ』
半ば強引に話を打ち切り、東雲は通話を切った。
「メンドクセ・・・・・・」
舌打ちしつつデバイスをポケットにしまい、神爪勇人は身に付けている眼鏡を外す。
その紫暗の眼が淡く輝き、瞳に複雑な文様が描かれた魔法陣が浮かぶ。
北側を見据える神爪勇人の眼に映るのは、北側の空。
いや、その先にある本島の山。
強化された視力が山の木々を見通し、その更に奥の車道にフードを被った人間の姿を捕える。
「こいつらが件の背教者か・・・・・・」
人数は7人。
その内の一人がフードを取って、白髪を晒していた。
そして白髪の男が視力を魔力で強化しているのを確認し、その視線の先を視る。
視線の数百メートル先に、木々を隠れ蓑に道なき山道を走る白銀の髪が目立つ女性の姿が。
「・・・・・・で、コイツが追われてる吸血鬼と」
視界に納めて神爪勇人は「なるほど」と納得する。
その身に宿す氣力も魔力も、通常の人間のものとは毛色が違うと一目で分かった。
そして彼女の逃走先が何処なのかは分からないが、方角的には四季島を目指していると思われる。
「ま、異形の存在なら地球上においてこの島程安全な場所もねぇからな」
この島に逃げ込み、助けを乞われることは決して珍しくはない。
界交暦直後、旧暦時代には表に出てこなかった人外生物の存在が明らかになり、魔法を使える者達と合わせて迫害の目に遭ってきた者も多くいる。
そんな存在の受け皿にもなっているのが四季島の特徴でもあるのだ。
故に、どんな理由があるのか吸血鬼になってしまった彼女がこの島を求めるのは理解出来る。
「けど、ま・・・このままだと島に辿り着く前に追い付かれちまうな」
彼女がいる山中からこの島と本島を繋ぐ大橋まで、まだ何キロも離れている。
距離と、吸血鬼と背教者の速度を考えると、人気の無い山中で追いつき、始末される可能性が高い。
山を下りて町に入れば大っぴらには襲撃を仕掛けてこないと考えられるが・・・・・・。
「ま、向かう前に牽制くらいしとくか」
相手は背教者の烙印を押されたイカれ信者共。
一般人のいる街中だろうと、異端である鬼を抹殺する為なら周囲の被害なんぞ考えずに暴れる可能性も充分にある。
今彼らがいる山に向かうには距離がありすぎるし、せめて大橋にまで吸血鬼が逃げ込んでくれれば神爪勇人的には仕事が大分楽になる。
だから先ずは、保護の為の先制攻撃を行う事に決めた。
――――――【魔力炉】・・・・・・起動。
――――――【魔力回路】・・・・・・展開。
――――――【魔術式】・・・・・・構築。
「固有魔術――――【掌紋魔術陣】・・・・・・発動」
神爪勇人の内にある魔力が全身を巡り、その両手の掌——————手首から先の手全体に細かな文様や陣が描かれ始める。
右手の甲に《光》、掌に《闇》と描かれた陣から回路が伸びて繋がる様に、親指から順に《地》《雷》《水》《火》《風》の陣が指紋に現れる。
同じく左手の甲に《陽》、掌に《陰》と描かれた陣に、親指から順に《時》《空》《天》《識》《心》の陣が指紋に現れた。
「まずはお手並み拝見」
そして徐に右手をその目で見据える視線の先、北側へと人差し指を向けて、
「黒魔ノ肆式――――――【白雷】」
その指先から、白い雷を光線の様に空へと放つ。




