第4話 生徒会長と教師の日常
スピーカーの出力を最大にしてるのかと問いたくなるほどに、その男の怒声は凄まじかった。
宙に舞う桜が散るほどに。あれはもう一種の兵器だ。
生徒達は、あの声を【声帯砲】と呼んでいたりいなかったり。
そんな兵器の威力を盛大に撒き散らしながら、男は群がる親衛隊目掛けて凄まじいスピードで爆走してくる。
そして親衛隊をゴミのように薙ぎ払っていく。
そこらに落ちている桜の花のように、悲鳴を上げながら男達は舞って散っていく。
・・・・・・桜の花のように綺麗でも何でもないが。
「ちぃっ、怪物筋肉漢が来やがったか⁉」「人を振り回して放り投げるとかアイツ本当に人間か⁉」「実は悪魔とか言われても信じるぜ俺はっ‼」「全員退避! 退避いいぃぃぃぃぃぃ!」「奴相手に勝てる気がしねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
既に死屍累々と化している仲間達を見捨てて、動ける者は其々自分の判断で逃げていった。
同士を助ける者など1人として存在しない。
みんな自分の命の安全が最優先だからだ。
一通り親衛隊を薙ぎ払ったところで、
「よ。ゴリ先生」
「東郷先生だ」
軽く手を挙げて挨拶をする勇人に、ゴリ先生こと東郷教師はゲンコツをその頭に返した。
ゴスッ‼とかなり痛々しい音が響く。
「おい、痛いだろーが」
「痛そうにしている奴の顔か、それが?」
いつもの事とはいえ、ゲンコツをくらわせても平気な顔で頭を擦る勇人を、東郷は信じられないものを見るような目で見る。
素手で鉄塊を砕く拳を容赦なく生徒の脳天に振り下ろす教師も信じられねーよと、勇人もジト目で返した。
ニメートルを軽く超えた身長に、浅黒い肌をした短髪のスポーツマン然とした男、鳳凰学園の生活指導を担当している鬼教師。
名を、東郷 伊知郎。
担当科目は保険体育。
ちなみに『怪物筋肉漢』というのは生徒の間での東郷教師のあだ名だ。
スーツの上からでも分かるほどに筋骨隆々な身体つきをしていて、その見た目に違わぬ戦闘力を発揮するのが由来だ。
勇人的には、微妙にかっこ良さ気なあだ名じゃなくて、もう脳筋でいいだろとか思っていたりするのだが。
「おい神爪、殴っていいか?」
「何故だ?」
「今、お前が何か不愉快なことを考えたような気がしたからだ」
「それで殴られるのは理不尽だろ」
野生の獣並の勘の良さ。
勇人の内心のゴリラ呼びも、その辺が理由だったりする。
「しかしアンタも大変だな。朝から問題児達の相手とは・・・・・・」
「原因のお前が言うか、この問題児が」
「あん? 何で俺様が原因で問題児なんだ?」
勇人を標的に襲ってきたのは確かだが、だからといって問題児呼ばわりのうえに原因にされるのは酷く心外である。
「俺様が何したってんだよ」
「複数の女生徒と不純異性交遊」
「不純とは失敬な。俺様は交遊を結ぶ相手は皆愛してるぜ。この気持ちが不純だなんてそんな殺生な」
「複数の女性と付き合ってるだけで充分不純だろう。少なくとも日本の価値観においては」
至極もっともなことを言われ、視線を逸らす勇人。
「・・・・・・こんな問題児が中等部主席卒業の生徒会長とはな」
頭を抱えて嘆息する東郷教師。
エラそうな性格と女関係が確かに問題になっているが、成績良好の学年主席で生徒会長として学園の問題を解決していったりと、能力的には教師達も高評価だ。
それだけの好成績者が問題児でもあるのが、教師達の頭を抱える悩みの種になっているのだが。
「まぁ、あまり彼女達に迷惑をかけないことだな。お前が苦労する分には何も問題ないが」
「俺様がんなことするわけねーだろ、脳筋のアンタじゃねーんだから」
「・・・・・・やはり貴様には、一度教師と生徒の立場というものを教えてやる必要があるようだな・・・拳で」
「教師としてどうなんだよそれは」
ゴキリと拳を鳴らす東郷教師に対して「だから脳筋なんだよ」と、言葉を続ける勇人の視界に黒い何かが飛んできた。
それを頭を逸らして回避する。
飛んできたそれは、拳だった。
それが誰の拳かなど考える必要はなく、勇人はやれやれと肩を竦めた。
お返しとばかりに、前進して右拳を東郷の顎目掛けて振り上げる。
東郷教師はそれを身体を捻って避け、そのまま勢いよく身体を回して右足を勇人の頸動脈を狙って振り抜いた。
東郷の回し蹴りを屈んで避ける。
勇人は後ろへ宙返りで跳び、距離を取った。
「拳で来るんじゃなかったのか?」
「お前相手に加減はいらんからな。だから、遠慮なく殴られろ‼」
「”だから”の使い方おかしいだろ⁉」
ゴッ‼と、東郷と勇人、二人の繰り出した拳と拳がぶつかった。