第39話 地球について
「結構長居しちゃったなぁ」
天使縁寿は、プルートと共に商店街を出て空を仰ぎ見る。
もう日が暮れて夜が訪れようとしている黄昏時。
つい先ほどまで、縁寿は商店街にある喫茶&BARの『夕闇』という名の店にいた。
そこで出会った店長と、4人の豚魔族。
彼らの話は縁寿にとって非常に興味深かった。
◆◆◆
「ダカラヨ、『迷宮』ニ潜ルノニモ色々許可トカイルンダヨ」
共食い定食・・・ではなくカツ丼定食を食すオーク達と並んで、縁寿も遅い昼食を摂る。
注文したのはホットケーキのセット。
夕飯の事を考えてあまり重くならず、おやつも兼ねたチョイスである。
店内に流れるジャズと思われる音楽を耳にしながら、縁寿はオーク達『冒険者』の話を聞く。
「『迷宮』ハ地球ニ幾ツモアルダロ? ケド場所ニヨッテ『迷宮』ニ入ル許可ヲ得ル所ガ違ッテンダ」
「地球ハ『地球連邦』ガ統治シテルガ、『迷宮』ノ権利ハ地球ノ各国ガ其々持ッテルカラナ」
「ダカラ『迷宮』ニ入ル許可証モ国ニヨッテ違ッテナ。入ル『迷宮』毎ニ許可証ヲ発行シテ貰ワナキャナラネーンダ」
『迷宮』。
開門現象後、地球に突如出現したそれは闘争が沈静化した地球人の新たな戦場となった。
地球の歴史には大きな転換期があった。
一番最近の転換期は、やはり『開門現象』による魔法の発現――――――『覚醒の日』。
『界交暦』という新しい暦に変わり、今の魔法社会が始まった。
その前時代に使われていた暦は『西暦』・・・・・・ではない。
西暦は、2222年に終わりを告げた。
第三次世界大戦。
いったい何処の国が、どんな理由で始めたのかは、現代でも分かっていない(一説には減少してきた資源を奪い合い戦争が起きたと言われているが、戦争前後の記録が後世に多く残されていない為、真相は定かではない)。
惜しみなく投入させた核を始めとした大量破壊兵器は瞬く間に地球上を焼き尽くし、緑は枯れ、海は汚染され、多くの人類が死に絶えた。
荒廃した地球に、生き残った人々に世界の終末を予感させた。
事実上、地球は死にかけたのだ。そして、人類は安住の地を求め、宇宙へと目を向けた。
1週間と経たずに終結したとはいえ、この第三次世界大戦の結果、人類は地球の環境再生と並行して地球に代わる新天地を求め一丸となり、宇宙開発へと乗り出していく。
戦後発足した国連を基にした新組織『地球連邦政府』の下、2222年2月2日に人類はついにその舞台を地球の外、宇宙へ移した。
後に、この年は『宇宙暦元年』と規定された。
先ずは月や火星を始めとした太陽系、太陽系の外を目指す銀河系や外宇宙の探索。
太陽系の衛星や惑星のテラフォーミング化、更にはスペースコロニーの建造と、地球人の『宇宙暦』は700年以上続いた。
そして夢と希望を抱いた宇宙での生活が数百年も続けば、人間の性・・・或いは必然ともいうべきか、争いが起こる。
当初、地球外の天体やコロニーに移民した地球人とテラフォーミング化の天体により新たに誕生した"国"は『地球連邦政府』の所属であったが、第三次世界大戦で破壊された地球の環境が回復し、地球へと帰還した『地球連邦政府』と、地球外の宇宙移民者との間に亀裂が生じ始めたのだ。
地球の様に人間が住めるような環境になったとはいえ、様々な文化圏の人間が集えば生活に違いが出てきて争いが起こるのは『地球連邦』として地球が一丸になっても変わらない。
各天体国による『地球連邦』との独立戦争、独立後の国家元首の座の奪い合い、コロニー群の合併や脱退による闘争等々、宇宙での星間戦争の勃発。
『宇宙暦』は地球にとって宇宙に希望を見る時代であると同時に、新たな戦争の時代でもあった。
しかし、それも既に過去の話。
長きに渡る戦争による疲弊、兵器や技術による国家戦力の拮抗等により、戦争は終結。
現在は一部の過激派による暴走や、反地球主義者等のテロリスト等の犯罪者による襲撃という小規模の事件が起こるのみで、国が起こす戦争にまでは発展していない。
特に『界交暦』に入ってからは、地球の中にまで宇宙国家や犯罪者が不法に侵入する事は殆んど無くなり、少なくとも地球にとっては宇宙間での争いは激減した(月以外の天体国やスペースコロニーは未だに戦時中だが)。
その理由は、地球に新たな組織が発足したからである。
「マァ、『地球連邦政府』ノ中デモ『青き惑星の調停者』ハ許可証ヲ発行シテ貰イ易イケドナ」
「基本的ニ『迷宮』ハ危険ダガ資源ノ宝庫デモアルカラナ。他国ヤ他世界ノ奴等ニハ許可ガ居降リ難インダ」
「ソノ地球ノ『迷宮』ノ中デモ『青き惑星の調停者』ガ権利ヲ持ッテイルヤツハ許可ガ降リ易イノサ」
「『異世界連合』ト同ジ位ニ許可証取リ易イモンナ」
『青き惑星の調停者』。
それは地球を統治する『地球連邦政府』の二大最高機関の一つ。
その機関が何時頃から存在していたのかは定かではないが、表舞台に現れたのは『界交暦』を迎えてから。
遥か昔から、異世界へ転移・転生する地球人はそれなりの人数が居て、大半はその異世界で生涯を終えるのだが、偶に地球へ帰還する地球人が存在する。
そういった異世界からの生還者――――――『帰還者』と呼ばれる地球人が立ち上げたのが『青き惑星の調停者』。
異世界帰還者で構成されたその機関は"世界平和"を掲げ、『界交暦』以降に起きることとなった魔獣や犯罪者の対処等を行っている。
そして地球の防衛も担っており、彼らが台頭してからは地球外からの侵略等による被害数は0という驚異的な活躍を見せている。
宇宙からの機動兵器による襲撃や、破壊兵器による星間距離攻撃、巨大隕石の破壊等も単独で実行しやってのける。
彼らは『地球人最強』の存在で、地球の守護者でもあるのだ。
そんな地球の守護者であり『地球連邦政府』の最高機関である『青き惑星の調停者』だが、今現在『地球連邦政府』の勢力は二分されている。
異世界からの帰還者であり、魔法や異世界技術を積極的に地球へ還元し、異世界帰還者を積極的に現代社会に雇用しようとし、更には非覚醒者である地球人類を総存在更新し昇華させ、現地球人を『新人類』へと進化させ、地球人を上の次元の舞台へ導こうとする『青き惑星の調停者』。
得体の知れない魔法や異世界の技術を否定し、地球は地球の力で進歩していくべしと考え、人知を超えた力を持つ異世界帰還者や覚醒者を政府が管理・運用しようと考える『地球連邦政府』上層部。
その在り方の違いは『迷宮』に対しても現れており、『地球連邦政府』は『迷宮』の権利を各加盟国の国領内毎に有しており、『迷宮』で得られる資源を異世界は勿論他国にも極力渡したくないと考えている傾向にあり、『迷宮』に入る為の許可証も申請が通りにくく発行するのにも凄まじく手間がかかる(国籍を持ってる自国内ではそれなりに申請が通り易かったりはするが)。
逆に『異世界連合』や『青き惑星の調停者』が有している『迷宮』は、身分がハッキリとしていれば許可証の申請は非常に通りやすい。
何故『地球連邦政府』と『青き惑星の調停者』や『異世界連合』の『迷宮』の扱いにこうも差があるのか、一般人である天使縁寿は知らず、オーク達冒険者もその辺の事情はあまり興味がなかった。
自分たちが稼げる許可が下りるのなら、わりかし何でも良いのである。
「けど何で『迷宮』に入るのにそんな許可とかいるの? 危ないから?」
「マァ、危ナイッテノモ理由ダナ」
「『迷宮』ニハ魔獣ヨリモ狂暴ナ魔物ガイルカラナ」
「ダカラ『迷宮』ニ潜ルニハ一定以上ノ実力者ノ証ヲ示ス『許可証』がイルワケダナ」
「俺達『冒険者』ニハ必須ッテコトダ」
若者たちの間で、将来なりたい職業のアンケートにも書かれていることが多い職業。
『冒険者』とは、古くは何かの目的で、それが名誉、利益のために、或いは何らそれがもたらすものがなくても冒険それ自体のために危険な企て、冒険、試みに敢えて挑戦を試みる人たちのことを指し、近年の『冒険者』と言えば、未開惑星や未開世界の探索、そして『迷宮』を探索する者を指す。
危険な『迷宮』に入る為には、相応の力が必要となる。
「ってことは、もしかしなくてもアンタ達って結構強い?」
口にしていたホットケーキを飲み込んで、縁寿がなんとなしに漏らした言葉に、オーク達はニヒルに笑った。
「「「「『第一階梯』だぜ」」」」
「下級じゃん」
辛辣な言葉にオーク達は僅かに呻き声を上げる。
「イ、イヤ、ソウハ言ウケドヨ・・・・・・」
「大半ノ冒険者ハ『第一階梯』ダシ・・・・・・」
「別ニ俺達ガ特別低イ位階ッテ訳ジャネェシナ・・・・・・」
「何テキツイ言葉ヲ吐ク嬢チャンナンダ・・・・・・」
『冒険者』等の職業を問わず、位階というものはランク分けされている。
『第一階梯』は下級、『第二階級』は中級、『第三階梯』は上級、『第四階梯』や『第五階梯』までいけば超人越えの人外魔境の万国ビックリショー・・・といった感じだ。
これは鳳凰学園の生徒にも言えることだが、存在更新しても大半の人は第一階梯止まりのままで、中々次の位階へと上がることが出来ない。
というのも、才能というのもあるのだろうが、多くの人が限界を超えるという事が出来ない為だ。
言葉にするのは簡単だが、実際にやってのけるのはとても難しい。
だからこのオーク達が第一階梯でも特別弱いという訳では無いのだ。
「第一階梯でも冒険者ってやっていけるのね」
「マァ、冒険者ッテノモ”ピンキリ”ダシナァ・・・・・・」
「俺等ハ冒険者ノ中デモ下ノ方ダケドヨ、ソレデモ生活シテイケルカラナ」
「裕福トハ言エネェケドナ」
聞けばこのオーク達が一日で稼げる金額は、1人当たり約1万5千W。
Wとは『異世界連合』に加盟している異世界共通の通貨で、日本円で換算すると1Wは凡そ1円相当。
日本円で一日働いて1万5千円なら、割のいいバイト位の稼ぎ。
しかし危険な『迷宮』に潜るにしては、命懸けの活動に利益が合わない様な気がする。
『迷宮』を探索する冒険者になりたい人が多いのは、一攫千金の可能性があるから、というのも理由の一つだったりする。
『迷宮』で採れる鉱石や霊薬等の様々な素材は金になり、『迷宮』に潜った冒険者が億万長者になったなんて話はそこそこ聞く。
そんな冒険者稼業に夢を見る者は多い。
だが、『迷宮』という場所は命懸けだ。
稼ぐのが目的なら、もうちょっと危険が少なくて稼ぎも良さそうなものがありそうなものだが。
そんな縁寿の考えが表情に出たのか、オーク達は苦笑した。
「稼グノモ目的ッチャ目的ナンダケドヨ」
「学モ技術も無ぇ、力ダケノ俺達ガ稼ゲル仕事ッテノモ、コレクライシカネェカラヨ」
「ソレニ冒険者ッテ職業ニ魅セラレチマッテンダヨ、俺達ハ・・・・・・」
「冒険ハ浪漫ダカラナ!」
「ふーん・・・・・・浪漫ねぇ」
大金を稼ぎたかったり憧れるものがあるというのは縁寿も理解出来るが、浪漫なんてよくわからないモノを、命を懸けてでも追いたくなるものなのだろうか。
そんな思いが過る縁寿に、店長が丁度食べ終わったのを見計らって、ホットケーキセットのデザートであるアイスをカウンター越しに差し出した。
「ま、こいつ等みたいな命懸けの冒険に魅せられた奴を理解出来ないのも無理はないが、この島には『迷宮』での一攫千金に浪漫を求めて夢を追ってくる異世界人が多い」
四季島は異世界を繋ぐ『界交門』の一つが存在する為、異世界人にとっても観光名所として有名だが、冒険者達にとっては許可証を取得し易く潜り易い『迷宮』が在る事で有名である。
そこに『迷宮』があるという事は、冒険者をやっている異世界人が多く訪れるという事だ。
富と名声を求める命知らず。
そんな冒険者を含め多くの人達を見てきた店長は、浪漫を分かっていない縁寿に、まるで子を見守る親の様な目を向ける。
「別に大金を稼ぐ為じゃないし、命を懸けている訳でもないし、浪漫であるかどうかも分からないけど・・・・・・君も何か求めるものがあったから、鳳凰学園に入学し、この島に来たんじゃないのかい?」
「・・・・・・」
地球人が魔法に目覚め、異世界との交流が始まった『界交暦』。
嘗ての地球人が宇宙に夢を見たように、今の地球人は異世界や魔法に夢を見ている。
しかし、地球人全てが魔法や異世界に肯定的という訳では無い。
確かに魔法による覚醒や、異世界の技術は地球文明の位階を上げたが、問題もある。
門が開いた直後による異世界人や魔物の襲撃、魔法覚醒者と非覚醒者との間に起きた差別、魔法犯罪率が増加するが法律がその対応に追いつけていなかったり、異世界という次元の先にある場所と繋がった為『時空震』という自然災害が発生し始めてしまい、更には異世界間で略奪行為を働く犯罪者『界賊』なんてものまで現れる始末。
若い世代ほど異世界関係に好意的だが、上の世代ほど懐疑的なのは現在の『地球連邦政府』の在り方そのもので、年々地球人は異世界や魔法に理解を示し差別行為や偏見の意識は徐々に薄れつつあるが、それでも未だに根深い問題を抱えている。
そんな事情を抱えた現代において、島の外である本島から此処『四季島』にやって来て『鳳凰学園』に入学する人には、何かしらの理由があると感じてもおかしくはない。
そして、それは天使縁寿も。
「・・・・・・まぁ、そんな大した理由じゃないですけど、一応」
「そうかい」
理由は言わなかったし、店長も聞かなかったが少なくとも暗い理由ではない事は、縁寿がやや気恥ずかしい表情を浮かべた事で察せられた。
初対面相手にあまりプライベートな話に首を突っ込むことはせず、空気を呼んだオーク達も理由を語る気がないなら深くは聞かず、談笑を続けたのだった。
◆◆◆
「軽く食べたら散策しようと思ってたんだけどなぁ・・・・・・」
空は既に暗くなりつつある。
商店街だけでも隅から隅まで見て回ろうかと考えていたのだが、散策はまた後日の方が良いだろう。
今現在、天使縁寿とプルートがいる場所は商店街の東出口。
此処を更に東に進んだところに四季島をグルリと鉄道が一周している『桜蘭駅』があり、更に東側は海岸となっている。
北に進めば隣町である『雪華町』があり、此処と雪華町の間くらいの場所に天使縁寿が借りているアパートがある。
此処からゆっくり歩いても10分も掛からない距離で、縁寿が今立っている此処商店街北口からはかなり近い。
先程までいた喫茶&BAR『夕闇』が商店街の南側にあった為、北口まで歩くのに20分近くかかってしまったが、それでも早速通いやすそうな店を見つけて、縁寿は上機嫌に帰路を歩き出す。
(明日はどうしようかなぁ)
空を見上げながらぼんやりと考えるのは明日の事。
部活見学がロクに出来ていない為、明日は必ず目的の部活を見学しなければと心に決めるが、放課後はどうするかはまだ決めていない。
下校時間ギリギリまで部活に参加してもいいのだろうが、部活に入部することを決めても正式に部員として活動するのは部活勧誘週間が終わる来週からなので、それまでは仮入部扱いとなる。
仮入部中は部活に参加する義務はなく、他の部活や委員会などを見学してもいい。
帰宅するのも自由であり、何ならまだ慣れていない桜蘭町を散策してもいいだろう。
「・・・・・・てか、アンタ何処まで付いてくる気なの?」
縁寿が尋ねるは、今も自分の隣を歩く大型犬のプルート。
プルートは「ワフゥ?」と首を傾げる。
縁寿の眼を見やった後、プルートはフンと鼻を鳴らした。
まるで「お主の様な新参者が道に迷わないよう付き添ってやっているのだ、光栄に思うがいい」とか言われたような気がして思わず顔が引き攣るが、きっとそれは幻聴だろう。
そんな人の言葉を理解しているとしか思えないプルートの態度にも慣れてきた縁寿は「まぁいいか」と疑問を捨てて「その内勝手に帰るだろう」と気にしない事にした。
明日の予定は明日にでも決めるとして、今日の夕飯はどうしようかと考えながら暗がりの空を見上げてみると、それは起きた。
幾つかの線状の光が、空を駆け抜けたのだ。
「流れ星・・・・・・?」
にしてはやけに光の高さが低く、縁寿の進行方向の先、四季島と本島を結ぶ橋の方へ飛んで行き、ここからでも見える本島の山の方へと消えていった。
光が飛んで行った反対方向に目を向けると、そこから見えるのは鳳凰学園の校舎と空高く聳え立つ世界樹。
なんとなく学園の方から飛んできたような感じがした縁寿は思わず首を傾げたが、不意にプルートが飛んで行って消えた流れ星の先を見据え、一吠えして駆け出す。
「ちょ、プルート!?」
突然の行動に、走っていくプルートに思わず手が伸びる。
商店街で遭遇してから先程まで、人間味溢れる雰囲気を醸し出した唯為らない犬であっても大人しかったプルートが突然駆け出して、呆気に取られる天使縁寿。
単に腹を空かせたなり気分の問題だったりで自分の住処に帰っただけかもしれないが、流れ星の様な光が飛んで行った先を見据え、妙に胸がざわつくのを感じた縁寿は何かに突き動かされるように駆け出し、プルートの後を追いかけた。




