第38話 不穏な気配
「はぁ・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・っ・・・・・・」
走る、駆ける、跳ぶ。
息を荒く切らせながら、草木を突き抜けながら、少女は走り続ける。
その足元まで届きそうな白銀の髪には幾つもの木の葉が纏わり付き、純白だったドレスは元の豪奢さなど見る影もないほど汚れていた。
それでも少女は走り続ける。
どれだけ衣服が汚れようと、どれだけ肌が木の枝で傷つこうと、どれだけ髪が傷もうと、少女は必死に走り続ける。
この身が幾ら傷つこうとも、命を失うことに比べたら些細な事なのだから。
だから少女は、走る事を止めない。
喉が渇く。
走り続けて息が上がり、呼吸も荒い。
声を張り上げる力も無い。
もし声を上げたら、奴らに居場所を突き止められてしまうが、それでも少女は今、声を上げたかった。
だが、声は出ない。
だから、少女は声を出せない代わりに、心で叫ぶ。
――――――誰か、私を助けて。
◆◆◆
「・・・・・・?」
「どうしたの、流浪君?」
「いや・・・・・・」
何となく、何かに呼ばれたような気がして振り向いて、視線の先にある北側・・・・・・山の方を見てみるが、特に何かがある訳では無い。
何か・・・・・・気配と呼べるようなモノを感じ取ったのだが。
(・・・・・・気のせいか?)
『存在更新』によって全体的に人としての能力が上昇しており、感覚も鋭くなっているという話は聞く。
だから気配的なものを感じ取ったと思ったのだが、一緒にいる花凛は何も感じていない様子。
両者共に存在更新したばかりで能力値は0。
素の能力に違いはあるのかもしれないが、それでも『第零階梯』から『第一階梯』に昇華した直後の今の状態なら、大きな能力差はないはず。
なら先程聞こえた声の様なモノも、遠くの音を偶々拾ったとかなんだろうと流浪が一人納得した所で、周りがザワついていることに気付く。
「何だ?」
「あー・・・・・・なんかバスが遅れてるって」
今現在、流浪と花凛がいるのは港町での商業地区の一角にあるバス停。
そこから四季島行きのバスに乗って帰ろうとしている所だった。
車の渋滞具合等もあり、元々此処のバスは少し予定の時間より遅れ気味であり、ここ等のバス停をよく利用している人達なら10分かそこらの遅れなら予想通りなのだが、それにしてはザワつきが大きい様な気がして怪訝な表情をする流浪だったが、花凛が手で弄っている液晶端末型デバイスの画面を見て納得した。
「事故?」
「うん。事故で遅れてるって」
画面を上から下へ表示するようにスワイプする花凛。
見ているのは専用サイトにあるバスの接近情報と、そこに表示された事故で遅れている文字。
詳細までは書かれていないが、ニュースサイトで詳細が書かれている記事のリンク先がステータスバーに表示された。
それをタップしてニュース記事が画面に表示され、2人は息を呑んだ。
「うわ、なにこれ?」
画面に映っていたのは、凄惨な事故現場の画像だった。
割れたコンクリートの道路、へし折れた標識、強く蛇行したタイヤ痕、事故現場はここから北にある山側だと分かる薙ぎ倒された木々に土砂が崩れていた。
だが、一番目を引くのは画像写真の中央に映っているバス。
大抵車両系の事故で機体に起こる外的損傷は、ぶつかった拍子で凹んだり砕けたりしている映像等をニュースなどで見るのだが、このバスは違う。
まるで鋭い刃物にでも斬られたかのように、縦に真っ二つに裂けていた。
記事によると、この事故が起きたのは少し前の夕方時。
人が少ない山道ということもあり、発見がやや遅れたとのこと。
幸い死者は出ていないようだが、重傷者は多数。
何故こんな事故が起きたかは不明だそうだ。
「てか、事故かこれ?」
何がどう事故ればバスが真っ二つに裂けるのか。
「・・・・・・魔獣に襲われたとか?」
「どんなデケェ魔獣だよ」
開門現象以降、生物に変化が起こったのは人間だけではない。
動植物にも影響が現れ、中には突然変異を起こし狂暴化してしまうモノも存在する。
そういった変化した動物や植物が『魔獣』と呼ばれており、その存在が起こす事件も確かに多いが、それでもバスはそれなりに大きな鉄の塊だ。
それをここまで見事に裂けるとなると、その体格も相応に大きいと考えられる。
となるといくら山道とはいえ目撃者が少しくらいはいてもいいだろうし、何より警察や軍隊も流石に放ってはおかない。
だが、ここ最近でそんな話は噂ですら挙がった覚えはない。
遠くで救急車のサイレンの音が聞こえてきて、たぶんこの事件の負傷者を運んでるんだろうなと感じた所で、流浪は考えることを止めた。
此処でアレコレ考えても何かが解決するわけではないし、ましてや自分たちが別に取り組むべき問題でもないのだから。
「花凛はもう帰れよ。見送りはいいから」
流浪は四季島でアパートを借りて一人暮らしを送っているが、花凛は本島で暮らして、少し距離はあるが此処からでも歩いて行ける距離に住んでいる。
代わりのバスが何時かは来るのだろうが、こうも人が多いとバスが到着しても乗れるかどうかは怪しい。
時間帯を考えると鉄道も客数が多そうで、歩いて帰る方が早そうだ。
そんな流浪の考えは花凛も察せられ、同感でもあったのだが。
「流浪君はどうするの? 待つの?」
「まさか。オレも歩いて帰るわ」
「・・・・・・結構遠いよ?」
此処から四季島へは大橋を渡って行くのだが、大体の移動手段は自動車等の車両を使っての道路か鉄道だ。
だがバスはいつ来るかも分からず、タクシーも周囲にいる大勢のサラリーマン等が呼ぼうとしている所を見るに、今から予約などを入れてもいつ自分の所に対応してくれるのかも分からない。
鉄道も人が多いだろうし、待ち時間を考えたら橋を徒歩で行った方がまだ早いかもしれない。
橋の移動は基本的に車両だが歩道橋が併設されており、長距離のランニングで橋を渡る人もそれなりには存在している為、渡り歩く分には何も問題はない。
強いてい言えば市民参加型のフルマラソンのコースにもされており、心臓破りの坂なんてものもあるから移動距離がちょっと大変というだけである。
「別に走れない距離でもねぇよ・・・・・・まぁ、ちょっと遅くなるだろうけどよ」
もう少しで19時。あの大橋を歩いていくとなると、アパートに帰れるのは21時くらいになるか。
「・・・・・・いや、『存在更新』した今なら、もっと早くに帰れるか?」
今日の体力測定時に1500メートルを走る持久走を行ったが、その記録は約3分。
身体能力がどのように変化したのかを、様子見でやや抑えて走っていた為、体力にはまだまだ余裕があった。
仮に全速力で走れば、もしかしたら一時間どころか30分も掛からないかもしれない。
体力測定では湧いてくる力が有り余って上手く計測できなかった為、検めて体力のペース配分を計るにはちょうどいい機会かもしれない。
「ちょっと『能力値』の具合を確かめるのも兼ねて、走って帰ることにするわ! じゃあな‼」
「あ、うん」
言って流浪は軽く駆け出し、去っていく背を花凛は見送るのだが。
「って、速ッ!?」
5秒と経たない内にその姿が見えなくなる。
そこまで全力で走っているようには見えなかったから、軽く走ってもあのスピードが出ているのだろう。
『存在更新』により身体能力が大幅に上がっているのは理解しているが、あそこまで速くなるものなのか。
・・・・・・自分も走って帰ろうか。
同じく体力測定では軽く様子見をしていた花凛もまた正確に自身の身体能力を計測出来たとは言えなかった為、今の自分の力がどのくらいのモノなのか、ちょっと確かめてみようかなとバス停から踵を返して歩き始めた。
そんな時だった。
幾つかの線状の光が、空を駆け抜けたのを目撃したのは。
「流れ星・・・・・・?」
にしては光の高さが低かったように思う。
空を駆け抜けたとはいっても、地球外の宇宙を飛来したというよりは、頭上高く飛んで行ったという表現が正しいと感じる。
それでもほぼ一瞬だった為、じっくりと眺めていたわけでも無いから確認のしようもないのだが。
山の方へ飛んで行ったが、隕石として落下した風にも見えない。
首を傾げながらも興味を失った花凛は、混雑している人混みを掻い潜りながら走り始めた。




