第3話 神爪勇人の登校風景『界交暦20年 4月10日 月曜日』
約二十年前――――――それまで主に地球に存在していたのは、当然人間である。
だが、その常識は突然崩れ去った。
世界各地に存在するかもしれないとされていたアトランティスやパシフィス、ムーなどの『伝説上の大陸』が、突如出現したのだ。
他にも、踏破した者には富と力を与えると噂される『迷宮』や、動物や植物等が突然変異を起こして誕生した『魔獣』、人の負の感情や死んだ際の未練等で誕生する『鬼』等々。
それらが地上に現れてから、世界は変わった。
出現した『伝説上の大陸』――――――通称『異大陸』を調査した地球人は、其々の大陸の遺跡から『門』を発見した。
それは、異世界に通じる『門』――――――『界交門』。
神々が住む世界へ通じる道がある、天使が住む世界『天界』。
無数の世界が複雑に結びついた、悪魔が住む世界『魔界』。
他にも魔法文明が栄えた『魔法界』や、機械人形や改造人間が生きる荒廃とした世界『機界』、妖が住まう『妖界』、悪鬼や悪霊が住まう虚ろな世界『幽鬼界』、獣人や幻獣が住まう自然豊かな世界『獣界』等々。
多数の世界が、この物理法則に支配された世界『人間界』――――――『地球』と繋がったのだ。
『界交門』の発見・・・後に『開門現象』と名付けられた事件から十年後、様々な争いを経て世界は一つに結びついた。
そして人間界に大きな変化が訪れたことが2つ。
1つは、異世界人が使う『魔法』を始めとした異能力を理解するため、人間達が『魔法学』等の異世界の知識や技術を学べるようになったということだ。
もう1つは、『開門現象』が起きた直後に現れた異常現象。
開門現象直後の夜。
不気味なまでの『朱い月』が上る夜に、妊婦の出産で、淡い光を帯びた子供が世界各地で生まれてきた。
その子供たちは、今まで通常の人間には出来ないことを実現出来る特殊な能力――――――所謂『魔法』が使えるようになったのだ。
『魔法』。
それが、人間が手に入れた新たな力。
世界が繋がった『開門現象』――――――別名、地球人類の『覚醒の日』。
その日以降に生まれた赤子は『魔法』という力を身に宿し、この日を境に世界は一変する。
空想上のものでしかなかった『魔法』が、現実のものとなった。
魔法という力を、異世界の魔法学を知り、使いこなせるようになっていき、人間社会は元々存在していた科学と合わせて、魔法が生活に組み込まれていった。
暦も『世界が交わり、繋がる』という意味で『界交暦』と変え、人類の新たな日々が幕を開ける。
これらの出来事が、人間界の常識を大きく変えたのだ。
◆◆◆
そして時は移り、『界交暦20年 4月10日 月曜日』の今日の朝。
舞い散る桜の中、一人の男が桜並木を歩いていた。
学校指定の黒いタータンチェックのスラックスに、白いカッターシャツの上に赤いブレザー、今年度の高等部1年生であることを示す青いネクタイという鳳凰学園高等部男子の制服を着た、手ぶらの神爪勇人である。
魔法文化が発達しつつある現代、荷物を持たなくても魔術によって運搬が可能な為、鞄を必要としない(ファッションとして持ち歩く人等は存在するが)。
新学期、新学年。中学を卒業し、高校へと進学して、また新たな学校生活が始まる。
中等部では男子は学ラン、女子はセーラー服が制服で、高等部から男女ともにブレザーとなる。
普段着ている制服が変われば、新鮮な気持ちで学校に行けるというもの。
とは言っても、中高一貫のため制服以外には校舎が変わるだけで、通っている生徒も半分以上が中等部からの出が殆どで、あまり新鮮味は無いのだが。
特に――――――
「来たな神爪勇人! 今日が貴様の命日だ‼」「今度こそ終わらせてやる・・・・・・」「5秒やる。神への祈りを済ませろ」「さぁ、死にさらせやクサレ生徒会長!」「神爪勇人。お前を殺す」
――――――中等部の頃から変わらず、こんな奴らが出てくるから。
「お前ら、入学式から元気だな・・・・・・」
朝一で鬱陶しく暑苦しい野郎どもに囲まれて、勇人の吐く溜息は重い。
周囲の物陰からワラワラとゴキブリの様に出て来て自分の周りを囲む奴らが、みな筋骨隆々だったり、凶悪そうな悪魔だったり、笑みを浮かべているが目が笑っていない天使だったり、牙を剥き唸り声を上げる獣人だったり、カメ●メ波の構えから何か光を放とうとしていたりしているようなムサ苦しい男共。
眼鏡を通したその瞳に、そんな筋肉祭りでYouはShockでモヒカン肩パッドで世紀末な世界観にでも出てきそうな男共が視界に所狭しと入って来るのだ。
溜息の一つや二つくらい出るだろう。
高校初日の登校から、いったい何が悲しくてこんなムサ苦しい野郎共に出くわさなければならんのか。
悲しくてまた溜息が零れた。
それを合図としたのか、勇人を囲んでいた野郎共が、
「「「死いいいぃぃぃぃぃねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼」」」
一斉に襲い掛かってきた。
辺りは見渡す限り、人、人、人。逃げ場はない。
だから勇人は本来の目的通り、学校へ行くために桜並木を抜けようと、そのまま直進する。
自棄になった訳ではない。
かといって、男共の攻撃に受けに回る必要もないのだ。
まず目の前に迫りくる男の拳を、顔を横に逸らしてかわした。
拳が空を切った男の腕を掴み、後ろに放り投げる。
投げられた男は、勇人を後ろから襲い掛かろうとしていた天使とぶつかり、縺れるように周りを巻き込んで倒れ伏す。
続く悪魔が放つカ●ハメ波擬きの光線を跳躍して避けて、その悪魔の頭を踏み台にし、一気に高く前へ跳んでいき、着地点にいる奴らの頭を次々と踏み台にしていき前へ進む。
さすがに何度も頭を踏み台にしていれば動きが読まれ、男達はバラけて勇人から離れる。
いったん退いたことにより少しばかり隙が出来て、その一瞬の隙を見逃さず襲撃してきた男共の間をひょいひょいとすり抜けていく。
「うーわ、まだいやがるし」
前へ足を進める度、確実に学校の校門へと近づいていくが、近づけば近づくほど襲撃者の数も増え続けていた。
今日何度目か分からない溜息が自然と口から零れつつも、それでも勇人は変わらず直進する。
「ま、一人で来たのは正解だったな」
いつもは義妹の恋など誰かと一緒に登校しているのだが、鳳凰学園の生徒会長である勇人は色々とやることがあるのだ。
だから今日は一足先に一人で登校した。
それが運の尽きだった。
鳳凰学園には数多くの勢力がある。
その勢力の一つが、非公式で結成されたファンクラブ。
非公式ファンクラブの中で突出しているのが『親衛隊』と呼ばれる者達だ。
親衛隊とは、鳳凰学園に在籍する美男子や美少女を崇拝している連中で、その中に『恋ちゃん親衛隊』というものがある。
ネーミングセンスの欠片もないが、この学園の親衛隊の名称は皆そんな感じだ。
その『恋ちゃん親衛隊』を含む親衛隊の面々が今、勇人に襲い掛かっているのだ。
何故ならば、学園に存在する半分近くの親衛隊を始めとした勢力のブラックリストに『神爪勇人』の名前が載っているからだ。
理由は単純明快。
彼ら親衛隊が崇める美少女達が、神爪勇人と親しくしているためだ。
いや、それどころか好きだと明言している娘もいる。
さらには、彼女らとイチャついたり、一緒に遊びに行ったり、雨の日に相合傘で帰ったり、お手製のお弁当を持ってきてくれたり、その弁当を「あーん♡」など食べさせたりしてくれる。
そしてなにより、義妹である恋は当然だが、親衛隊が崇める美少女の何人かは同居、許嫁がどうの、婚約がどうの、S●Xがどうのなんて話が日常的に交わされている。
そんな恋愛原子核を、親衛隊やモテない男達は生かしておく気など全くない。
死すべき対象であり、殺すしかない。
「逃がすなあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」「くたばれええぇぇぇぇぇぇぇ‼」「奴を殺せえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」「血祭りじゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」「殺っちゃうよォ、超殺っちゃうよォォォォォォ‼」
中学の頃から変わらず続くこの騒動は、勇人にとっては実に慣れたもので、既に修羅と化している親衛隊を涼しい顔して薙ぎ払って桜並木を進んでいく。
まだ遠いが、校門が見えてきた。
その瞬間、勇人は「げ」と、少し冷や汗を掻いた。
別に鬼気迫る親衛隊を恐れたわけでも、自分の安否を心配したわけではない。
彼らは感情的になるあまり、重要なことを忘れている。
――――――学園に存在する、厄介な怪物を。
「貴様らあああぁぁぁぁっ! 何をやってるかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」