第21話 夢のアオハル生活を打ち壊された気配を察する外部生達
「うわぁー・・・・・・」
早速握力を測ってみて、その結果に口元を引き攣らせた。
自分の去年の春に測ったスポーツテストの結果は、いたって平均的だ。
特別身体能力に秀でている訳では無いが、運動音痴という訳でもない。
そんな天使縁寿の中学3年生時の握力は『20kg』。
平均よりも少し低い程度だが、高校に上がって、更には『存在更新』で自身の経験値を肉体に反映させた現在の結果は、
握力『65kg』。
一般的なスポーツテストなら、男子の最高点を取れる数値である。
縁寿の『魔道書』に記されていた『能力』の数値は全て0。
まだ『第零階梯』から『第一階梯へ昇華』されて『魔法』を得たばかりだというのにこの数値。
今までの自分の能力が、感覚が、価値観が、常識が、全て上塗りされていく錯覚すら感じる。
未だに地球上で存在している、異世界の技術に否定的な層の気持ちが少し理解していしまう。
今、自分の中の何かが決定的に変化したという、好奇心や高揚感にも似た感覚の恐怖心を。
「天使、測定終わったんなら次だ」
そんな担任教師の声に、縁寿はハッとして我に返る。
異世界否定派の価値観を否定する気は無いが、少なくとも自分は肯定派であると認識する天使縁寿は、先程までの考えと感覚を思考の隅にでも追いやり、次の種目に取り掛かった。
長座体前屈、上体起こしとこなしていくが、そのどれもが平均を大きく上回る最高点。
しかも縁寿の魔法はスポーツテストに対して効果のあるものではない為、純粋な身体能力のみでこの数値である。
いったい身体能力に作用する魔法を使ったらどうなってしまうのか。
そんなことを考えながら立ち幅跳びを終えると、周囲から驚愕するようなどよめいた声が上がる。
縁寿が騒ぐ声に向けて視線を向けると、1人の男が拳を天に突き出し叫んでいた。
「シャアッ‼ 握力『10168kg』‼ 中学の記録更新‼ とうとう10t突破だぜッ‼‼」
「10tッ!?」
ギョッとして男を視た。
その男には覚えがある。
クラスメイト達に挨拶した時もそうだが、確か教室で騒ぎが起きた時に、筋肉が盛り上がって暴れようとしたガラの悪い男子生徒ではなかったか?
その2m程ある体躯が一回り大きく膨れ上がっており、より一層大きく見える。
「コレが俺の魔法! 【筋肉最強伝説の幕開け】の筋肉だぜ‼」
「出席番号14番、獅子尾 豪気。終わったんならさっさと次やれ」
「わーってるぜっ‼」
山吹教師の言葉に、獅子尾豪気と呼ばれた筋肉男はポイっと握力測定器を無造作に放り投げ、次に測るであろう出席番号15番の女生徒が慌ててキャッチした。
魔法を解除したのか、筋肉男の筋肉は見る見るうちに縮んでいき元の大きさに戻る。
それでも2メートル程の大柄な体躯で、分厚い筋肉が体操着越しに伝わってくる。
いくら魔法を使用したとはいえ、握力10tなんて数値を叩き出したこの男を人間と呼んでいいものか。
「・・・・・・まぁ、流石にあれ以上の化け物はいないでしょ」
魔法有りだと、こうも人外な能力を出せるものなのかと恐々しながら、縁寿は次の種目である50m走を計測する。
「どうよこの筋肉! このパワー‼ こりゃもう勇人の奴を超えちまったんじゃねぇか!? 戦るならいつだ? 今かッ‼」
「止めとけって、返り討ちに遭うのがオチだぜ」
「んだとぉっ!?」
「それに確か、アイツ去年の握力測定で100t以上出してなかったか? 無理だろ」
「なん、だと・・・・・・!?」
走ってる最中に、筋肉男と黒髪長髪男のそんな会話が聞こえてきたのはきっと気のせいだと、縁寿は無視を決め込んだ。
「次はまだか?」
50mの計測が終わり、中学の頃は8秒代半ばだった数値が5秒代の領域に突入したことに若干引きながら、縁寿は声を上げる山吹教師の方へ目を向けた。
「次は出席番号18番・・・・・・扉 鍵、アイツか。何だ、いないのか?」
「鍵なら身体測定の後に『風が俺を呼んでいる!』とか言いながらどっか行ったぞ」
「相変わらず訳分からん奴だな・・・・・・まぁいい、なら次はお前だな」
「キャラ濃い人多いなぁ・・・・・・」
そんな山吹教師と、先日自分をびしょ濡れにした黒髪ツンツン頭の会話を聞きながら、縁寿は次の種目である反復横跳びの準備に掛かる。
「次、20番、ドロウ・・・・・・なんだ、アイツもいないのか」
「ドロウは、今日は視てねぇな」
「・・・・・・つか、入学式にもいなかったような気ぃすっけどな」
「そーいや、春休み中にナンパに出かけてから連絡つかなかったが・・・・・・」
「またヤクザの娘にでも手を出して、コンクリ詰めにされて海に沈められたんだろう・・・・・・まぁいい、次21番・・・も休みか。なら22番・・・は風邪だったな。じゃあ23番のやつ」
(まぁいいのそれ!?)
教師と内部生の反応にギョッとする縁寿だが、直接声を上げてツッコむ元気も無く、内心で叫びながら反復横跳びを計測した。
瞬間、ブオォッ‼と強風が吹き荒れ、縁寿は身体を叩かれて体勢を崩す。
そのせいで足が止まり、計測を中断してしまう。
今度は何だと目を向けると、そこには魔法を使って50mを爆走している男子生徒の姿が視界に映る。
整った容姿に、赤・青・緑・黄の四色の髪の色が特徴的な男子生徒。
その四色男は足裏から水をハイドロジェットの様に噴出し、さらに自身の背や後ろに回した両手を中心に暴風を生み出し、ロケットの様に地上を飛翔し50mを一瞬で移動してみせた。
「出席番号3番、頂 火風水地か。流石だな、あの応龍学院の出なだけはある」
「・・・・・・どうも」
「しかし、お前の魔法【四大元素】なら”地”と”火”の力も使えば、もっと記録を縮められただろう。何故使わない?」
「・・・・・・別に、何でもいいだろ。力を全て使わなきゃダメなのか?」
「そんなことはないが・・・・・・」
「なら、問題無いだろ」
「ふむ・・・・・・まぁいい」
褒める担任だが、四色男は素っ気なく言葉を返すだけで、淡々と次の種目の測定に掛かろうとしていた。
凄まじい出力の魔法を使いこなしていたその様を見て驚くと同時に、縁寿は首を傾げた。
あの頂 火風水地という四色男は、確か他所の中学から鳳凰学園に入学した外部生ではなかったか。
都古の紹介で挨拶して回った時に、内部生ではない事を聞いた記憶がある。
挨拶した時に火風水地は「ああ」とか「おう」とか「そうか」とか言葉少なく、会話らしい会話をした覚えが無い。
それ故、あの四色男の事について詳しいことは知らない。
地球上で最も異世界の技術や魔法を扱っている学校は此処『鳳凰学園』で、次いで日本国内では魔法大学とその付属校だ。
そこの中等部の出かとも思ったが、担任の言葉から考えるならどうやら違うようである。
『応龍学院』という聞き覚えの無い学校の名を不思議に思いながら、縁寿は中止になった計測を再開した。
去年は45回だった反復横跳びの数値が70回以上に増えたことに流石に慣れて驚く事もなくなった縁寿は、次の種目で使うハンドボールをグッと握り締めたところで、
「うわっとぉっ!?」
再び身体を叩かれる衝撃が襲われる。
いや、先程よりも強い衝撃波が周囲に振り撒かれ、地が揺れた。
「もう‼ 今度は何ッ!?」
ついに叫んだ縁寿は衝撃波を発する中心を睨みつける。
そこには、反復横跳びを計測しようとしている、黒髪に銀メッシュの男子生徒が左手で自身の右腕を押さえており、
「くっ! 沈まれ俺の右腕ッ‼」
なんてことを言いながら、半袖から伸びる右腕に巻き付けている包帯が解かれようとしているのを必死になって押さえていた。
黒髪に銀メッシュ、左目に眼帯、更には両腕に包帯というその男の姿に縁寿は中二病を連想したが、如何やら周囲の人間・・・内部生たちにとってはそうではないらしく、みんな緊張感を漂わせていた。
「マズい! ハルートの腕が暴走しているぞ!?」
「まさか、奴が出てくるというのか!?」
「封印されたアレか‼」
なんて生徒達がリアクションを取っていると、ハルトと呼ばれた銀メッシュ男の右腕に巻いている解きかけの包帯の隙間から黒い靄の様な光が噴出し始め、それが幾つもの帯の様な形とって広がり、空へと昇る。
上昇する幾つもの帯状の黒光は空中で集まっていき、やがて一つの大きな塊へと変わっていく。
黒靄の塊は徐々に竜のような形状に変化していき、
『出セェ・・・俺ヲ此処カラ出セエェェェェェェッ‼‼』
変化した竜の口元から声が轟き、空気が震え、衝撃波を撒き散らす。
呪詛を孕んだ怨嗟の如き怒声は天候にまで影響を与え、空は曇り、辺りは闇に覆われる。
世界が急激に変わりつつあるのを、肌で感じ取った。
『殺シテヤル・・・殺シテヤルゾオオオォォォォォォッ‼‼』
竜の姿の黒靄が叫ぶ度に暴風が吹き荒れ、雷鳴が響く。
皆は風に吹き飛ばされまいと踏ん張り、顔を腕で覆う。
「ちょ、何なの・・・・・・ッ!?」
縁寿を始めとした外部生は突然の異常事態に困惑するが、内部生は困惑はしないが危機感を露わにする。
中にはMDを起動し銀メッシュ男を取り押さえようとする者もいるが、暴風が強すぎて近づけない。
闇は見る見るうちに肥大化していき、黒靄から瘴気が噴き出し始めた。
「おいおい、あれヤバくねぇか!?」
「誰か! あの生徒会長呼んで来い‼」
『オノレエエェェェェッ‼ 神爪勇人オオォォォォォォッ‼‼』
「ほら、めっちゃ呼んでる‼」
「あー、封印したのアイツだっけか・・・・・・」
「滅茶苦茶大変だったよなー、アレ・・・・・・」
「中等部の卒業式間際だったもんなー」
「呑気かッ!?」
如何にもヤバ気な雰囲気にも関わらず、楽観的な姿勢を崩さない内部生たちに叫ぶ縁寿。
危機感を抱いている者もいるが、それでも半分以上が他人事の様に眺めている。
まるで何も危険など無いかの様に。
この状況をどうするのか、思わず担任を見やるが、その担任は黒靄を睨むだけで動こうとはせず――――――
「・・・・・・?」
――――――いや、視線の先が宙に浮く黒靄よりも上に向いているような。
つられて縁寿も視線を上に向ける。
瞬間、閃光が放たれた。
『ガァッ!?』
突如、一条の閃光が上空から降り注ぎ黒靄を貫き、続いて二連三連と放たれ、何処かから降って来た閃光は空中で形を変えて模様を描き始めた。
それは、六芒星の魔法陣。
黒靄を囲むように描かれたその複数の六芒星は強く発光し、その光に苦しむ様に呻き声を上げる。
魔法陣の力で弱まって来たのか、黒靄は徐々に竜の形が崩れていき、大きさも縮んでいく。
「疾ッ‼」
そんな中、いつの間に取り出したのか、山吹教師は鞭を手にして黒靄目掛けて振るう。
持ち手が何かしらの機械装置、紐部分も金属製の様な質感に見える。
そんな傍目には不思議な鞭が伸びて、先端が黒靄に届きそうな所で撓ったその時、空気が破裂した。
鞭の先端が空気を叩き、まるで紙鉄砲の様な破裂音を発した瞬間、音が増強・拡散し爆音が轟く。
離れていた為、生徒達には耳を塞ぎたくなる程度の強音でしかないが、至近距離にいた黒靄は爆音の衝撃をモロに受け、竜の形が完全に解けて弾ける。
「ライトロード‼」
「くっ・・・ォォォオオオオオオオオオオオオッ‼‼」
担任の呼びかけに、ライトロードこと銀メッシュ男は右腕を天に突き出す。
すると、弾けて小さくなっていった黒靄が男の突き出した右腕に吸い込まれていき、解きかかっていた包帯がシュルシュルと勝手に右腕に巻き付いて、黒靄は完全に消え去ってしまった。
闇に覆われていた空も元通りに晴れており、まるで先程までの出来事が無かったかのように、太陽の光とそよ風が穏やかな空気を運んで来る。
今、いったい何が起きたのか?
声を上げそうになる縁寿を始めとした外部生だったが、行動を起こすよりも早く担任である山吹教師が、息を乱している黒髪銀メッシュ男に声をかけた。
「出席番号30番、ハルート・ジ・ライトロード。またか」
「く・・・すまない・・・・・・魔法を使おうとしたら、制御を誤ってしまったようだ」
「まぁ、お前の事情は知っているが、力のコントロールが効きそうにないなら無理に魔法は使うなよ。別にこの測定で減点する事は無いんだからな」
「ああ・・・・・・」
「此処から先はお前の魔法の使用を禁ずる。いいな?」
「まぁ・・・・・・封印されし我が左目も疼いてきたからな。ここまでか」
「また暴走でもされたら大変だからな。どうしてもっていうなら、後日抑えられる人を集めてからだ」
「分かった」
担任は「うむ」と頷き、銀メッシュ男は右腕が暴走してしまって中断した測定を再開した。
「・・・・・・え? 説明終わり?」と唖然とする縁寿に、大親友の都古はポンと肩を叩く。
説明を要求したそうな縁寿に、
「まぁ、色々あるんだよ」
「いや、その色々を聞きたいんだけど!?」
「色々は色々だよ」
都古は死んだ魚の様な目をしていて、縁寿は何やらヤバそうな気配を感じ取る。
「いやー、ヤバかったなー」
「ああ、ハルートの右腕が暴走するとは・・・・・・」
「やっぱまだ諦めてなかったんだな、あの右腕の【暗黒邪竜】・・・・・・」
「また卒業式前の騒動でも起きるのかと思ったぜ」
「まぁ、それでも左目の【邪王神眼】が暴走するよりはマシだろ」
「アレは本気で死ぬかと思ったよなー」
「下手したら世界の危機だったもんなぁ」
そんな内部生の意味あり気で危険な会話が耳に届き、縁寿は再び都古を見た。
都古は怯える小動物を安心させる母性の塊の様な微笑みを浮かべる。
「大丈夫、直ぐに慣れるから安心して」
「何も安心出来ないんだけど!?」
縁寿の叫びに都古は「ダイジョウブだよー」と安心させる気が欠片も無い片言声を発しながら、自分の計測に戻っていった。
いったい何なのかと頭を抱えたくなる縁寿だが、ふと担任である山吹教師の昨日の言葉を思い出す――――――
『「新たにこの学園へ進学してきた『外部生』は驚いただろうが、『内部生』にとってはこの程度の騒ぎは日常茶飯事だからな。大変だろうし戸惑うことも多いだろうが、直ぐに慣れる。てか慣れろ、でなければ身が持たんからな! 気合と根性でここの環境に適応しろ‼」』
――――――ああ、そうだ。
言ってた。確かに言ってた。
そうか、そういうことかと縁寿は一人頷く。
この程度の事はこの学園の生徒にとっては日常茶飯事で、ワザワザ大袈裟に騒ぐ程の事ではない。
だから縁寿達外部生も早くこの環境に慣れろよ、と。
そういう事なのだろう。
縁寿は「そっかそっかー」と乾いた笑い声を上げながら、計測を中断していたハンドボール投げを再開する。
転がり落ちていたハンドボールを拾い上げ、息を吸いながら大きく振りかぶる。
「いや何なのよこの学校おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ‼‼‼」
魂の奥底から放つ咆哮と共にブン投げられたハンドボールは空高く舞上がる。
天使縁寿は退屈していた。今までの日常に。
人生なんて所詮はこんなモノだろうと、十代の半ばにも達していない歳で悟った気になり、非日常を求めてこの地にやって来たのは確かだ。
勿論それだけが理由ではないのだが、それでもそんな気持ちを抱いていたのも確かだ。
だが、それでも、それでもだ。
これは・・・・・・何か違うんじゃないか?
縁寿を始めとした大多数の外部生が望んでいた非日常。
魔法や魔術、異世界の技術に異世界人。
そんなモノが集まる場所、そんな存在達ともっとこう・・・ワイワイガヤガヤというか放課後にマックで談笑したりとかイケメン天使やら美少女エルフやらワイルドな獣人やらエロい小悪魔やらと嬉し恥ずかし甘酸っぱい恋愛とかスポーツで熱いバトルとかなんかそんな感じな青春的なアオハル的なものを期待していたのだが、もう一度言おう。
コレは何か・・・・・・・・・・・・違うんじゃないか?
そんな淡い幻想を斜め上の方向に拳でぶち抜かれたような気分を引き摺りながら、縁寿達外部生はヤケ気味に計測を再開し、そんな外部生達を内部生達は温かい目で見守るのであった。




