第17話 アップデート
色々と普通とは外れている鳳凰学園だが、基本的なシステムは普通の学校と変わらない。
昨日は入学式で午前中に終了し、二日目の今日は昼頃に終わる。
授業はまだ行っていない。
今日の午前は、学校の設備の案内に使われた。
クラス毎に分かれて回り、校舎のあちこちを視て回るのだ。
中等部からこの学園に通っている生徒でも、高等部に足を運ぶことはあまり無く、内部生も退屈はしない。
魔法関係の設備は中等部よりも立派で、物珍しさもあるからだ。
特に外部性は、コレを楽しみに入学した者もいるだろう。
まず最初に案内されたのは、体育館。
外部生が男女に分かれて健康診断を受ける。
といっても、一般的に受ける健康診断とは違いがある。
様々な器具を使って身長や体重、血圧や視力等を測ったりはしない。
体育館の真ん中で仕切りを作って男女に別れ、其々に用意された一つの台の上に、1人ずつ乗っていく。
その台には魔法陣が描かれていた。
生徒の1人がその台の上に乗ると、足下の魔法陣が淡く輝き上昇する。
身体をすり抜けて頭の天辺までゆっくりと回転しながら上昇する魔法陣は、頭上に達すると下降して生徒の胸部分で静止する。
コレがこの学校での健康診断。
『身体検査』と呼ばれるこの診断で、魔法陣で人物の状態を検査する。
そして胸元で静止している魔法陣が収縮し、生徒の胸の中へ沈んでいく。
胸の奥から、淡く輝く長方形の立方体が出てくる。
その光は徐々に質量を持つようになり、輝きが収まった時には一冊の本になっていた。
「コレが噂の・・・・・・」
縁寿の手に収まった、自身の髪と同じ色をした桜色の表紙と、そこに桜の木と思われる絵が描かれる一冊の書物。
『魔道書』。
それは、その人の情報が本という形を取って表に現れたもの。
先程の魔法陣が人物の情報を読み取り、書き込み上書きし、本という形を取って自身の情報を視覚で閲覧出来るという、異世界の技術。
この『身体検査』は身体の状態を検査するだけではなく、『存在更新』で能力を向上させる事が出来る。
『魔道書』に記されている自身の情報――――――『自己能力』。
『経験値』(略称:EXP)というものが存在する。
様々な体験を通して得られる、経験した出来事。
経験というものは肉体や精神だけでなく魂にも蓄積されているものというのが『開門現象』以降の常識なのだが、魂の経験を反映させる手段など地球に存在しなかった。
自身が歩んで来た歴史が、『経験値』。
その肉体・精神・魂に刻まれた『経験値』を『存在更新』で還元させる。
コレにより能力が大きく向上し、位階が上がるのだ。
中等部から『身体検査』で『存在更新』してきた生徒はともかく、高等部から入学して来た外部性はコレで晴れて『第一階梯』と至れた。
『存在更新』したことが無い真人間は『第零階梯』で、その能力は全体的に『第一階梯』の人間とは天地の差がある。
例えるなら、極々ありふれた平凡な子供が、鍛えに鍛え上げたオリンピック選手と真面に勝負出来る程度には、身体能力が向上していると考えていい。
「コレでもう真人間のオリンピック選手並みに動けるって言われてもピンとこないけど・・・・・・」
「動いてみないとしっくりとこないからね」
高等部に別の中学から進学して生きた外部生はまだ実感を持たないが、中学からのエスカレーター組である内部生は既に『身体検査』と『存在更新』の経験がある為、都古は縁寿の初々しさを微笑ましく思う。
「今日は最後に『体力測定』するから、それでハッキリと自覚するようになるよ」
「それは楽しみね」
そんな凄まじい技術だが、まだ一般社会で当たり前の様には使われてはいない。
異世界が人間界に現出して20年、正式に交流を始めてはまだ10年しか経過していない。
異世界の技術が未だ世界全体に理解を得られている訳では無く、魔法というものを疑問視している大人達も存在する。
いくら魔法というものが世に出たとはいえ、地球人類全てが魔法を扱えると言えば、そうではない。
異世界と地球が繋がった20年前以降に生まれた赤子はほぼ全員魔法に目覚めたが、20年前より以前に既に生まれていた人間達が魔法を使えるかどうかは大きな個人差がある。
『開門現象』により異世界の大気が地球へと流れ出て地球人の人体に影響を及ぼしたと考えられており、それは抵抗力の低い胎児は影響を受けやすく、逆に成人している大人は影響を受けにくい。
それ故、今のこの時代で20歳以上の人間は魔法を使えない者も多く存在し、『開門現象』直後は魔法を使える者と使えない者とで差別による争いが起きもした。
魔法を使えない者を劣等種と蔑み、あるいは魔法を使える者に対して魔女狩りめいた所業を働き、更には異世界間の戦後問題等々、数々の問題が積み重なり、現代の大人達の多くは異世界に良い感情を持っていない者は多い。
異世界の技術がどれだけ凄くても、地球全体に広がっていないのはその辺りの事情が起因している。
とはいえ、年々異世界間の問題が減少しているのも確かで、この『身体検査』や『存在更新』による『魔道書』を始めとした魔術や、様々な『魔法道具』等々の異世界技術は徐々に広がり、ついに地球では『魔術式補助演算端末機』という魔法学によって創り出された新技術が生まれ、現代の地球の生活で不可欠になりつつある。
「まぁ、『魔道書』に『自己能力』が書いてるから、それで大体分かるけどね」
「『自己能力』・・・・・・」
それも話には聞いてた。
楽しみにしていたのも確かだが、実際自分の眼で視るとなると少しばかり勇気がいるものだ。
縁寿は少しばかり気合を入れて『魔道書』を開き、視線を落とす。
名前:天使 縁寿
種族:人間
性別:女
年齢:15歳
身長:156cm
『魔道書』には体重やスリーサイズ、視力や聴力まで記されており、確かに身体検査を受けた結果が最初のページに載っていた。
そして更にページを捲ると、書かれていたのは噂の『自己能力』。
『ステータス』
位階:第一階梯
【術法】:I 0
【体技】:I 0
【気力】:I 0
【魔力】:I 0
【霊力】:I 0
【筋力】:I 0
【耐久】:I 0
【敏捷】:I 0
【精神】:I 0
【頭脳】:I 0
能力値:0
《属性》
地(G)・雷(H)・水(G)・火(I)・風(H)・光(A)・闇(G)
《魔法》
【浄化の光】
・任意発動型/・神聖魔法/・浄化系/・対魔/・光属性
・邪や魔を払い、不純を取り除く聖なる力
《スキル》
【】
「ホント、ゲームみたいな感じね」
コレが『魔道書』に記されている『自己能力』の概要。
『基本能力』と呼ばれる【術法】【体技】【気力】【魔力】【霊力】【筋力】【耐久】【敏捷】【精神】【頭脳】の十項目が存在し、其々上からS、A、B、C、D、E、F、G、H、Iの十段階で能力の強さが記されている。
英文字の横に表示されている数字は熟練度で、0~99がI、100~199がHと、熟練度によってランクが決まる。
基本的には熟練度は999が上限で、ランクSが最高評価となっている。
各分野を鍛えれば鍛える程熟練度は伸びるが、上限に近づけば近づくほど上がり難くなるのだ。
特に、99と100、199と200といったランクの境目が、一番伸びにくい。
能力値とは『基本能力』の合計数値で、この数値が高い程、実力のある人物だと見られる。
『自己能力』で一番重要なのは『階梯』――――――『位階』だ。
『位階』が一段階上昇するだけで、元の位階を大きく超えた力を手にする事が出来る。
進化といっても過言ではない程の力の差が、第一位階と第二位階の間にある。
位階が上がる事を『位階昇格』と呼び、位階が上に上がれば上がるほど、超常の力を有していることを意味しているのだ。
今現在、天使縁寿の熟練度が0なのは『身体検査』を受けて初めて『存在更新』された為であるが、この状態でも『第零階梯』と『第一階梯』の間には大きな能力差があり、逆に初『存在更新』直後で『第零階梯』から『第一階梯』に至った者の力の差は、ある程度の個人差があるがそこまで大きな差はない。
『存在更新』後の熟練度が上昇する数値の方が圧倒的に能力の伸びが良く、元の能力がどれだけ高かったかはあまり意味が無いのである。
各分野の熟練度の最高合計数値・・・つまりいずれかの基礎能力値が999を超えれて1000に達すれば『第二階梯』へと昇格出来るのだが、位階を一つ上げるというのはとても難易度が高い。
基礎能力の熟練度が999に達すれば体と魂の器が限界を迎えて、その基礎能力の熟練度が全く伸びなくなる。
今の自分の限界を超える何かを成して、初めて位階が昇格される。
しかし、限界を超えるというのは口にするほど簡単ではない。
それ故、中々位階昇格出来ずに燻っている者も多いのだ。
「最初の内は位階の事はあまり考えても意味ないと思うよ? 結局の処、色々経験を積んで、熟練度を上げないといけない訳だから」
「それもそうね」
「うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ちなみに、都古ちゃんって位階は?」
「第三階梯」
「マジでか・・・・・・」
いくら中学の頃から在籍している内部生とはいえ、以外と高い位階だったことに驚きを隠せない縁寿であった。
都古は苦笑し、縁寿の『魔道書』の『自己能力』ページを指差す。
「でも、縁寿ちゃんは充分凄い才能を持ってると思うよ。初めての『存在更新』でAランクの適正値があるなんて中々無いことだし」
黄昏都古が指差す部分。
そこには縁寿の属性が記されていた。
これは魔術等を使う際にも重要になる属性の適正値で、縁寿の属性の適性値は《地(G)・雷(H)・水(G)・火(I)・風(H)・光(A)・闇(G)》。
熟練度は記されていないが、この属性のランクも修練を積むことで上げることが出来る。
だが基本能力とは違い、属性は最初の『存在更新』で大凡の才能が分かってしまうのだ。
属性は基本的に『地・雷・水・火・風・光・闇』の7つが存在し、地球人の特性として、どんな人物にも『地・雷・水・火・風・光・闇』の7つの属性は有している。
そして属性が『地・雷・水・火・風・光・闇』の7つを保有しているからといって、その属性を十全に扱えるのかといえばそうではない。
属性を有している事と、その属性を操る才能が高いかどうかは別なのだ。
初めての『存在更新』で書かれたランクが、そのまま属性に対する才能を表している。
つまり縁寿は光属性が最も才能高く、地属性や水属性も適性があり、火属性はそこまで高い資質は無いということになる。
大抵初めての『存在更新』で表れるランクはI~Fくらいであることを考えると、縁寿は光属性に関しては破格の才能を持っていると考えていい。
「へぇー・・・私にそんな才能が」
「まぁ、属性の適性値が高くても、魔法や魔術が上手く使えるかどうかは、また別の話なんだけどね」
「上げてから落とすの止めてくれる!?」
微笑みながらも以外と容赦ない物言いの親友。
そんな親友にムッとしながら、縁寿は再び視線を『魔道書』に戻す。
《魔法》と《スキル》。
主に身体や精神の能力を表す『基本能力』とは違う、特別な力。
『存在更新』する中で最も関心を寄せるのは、この《魔法》なのだ。
今のこの時代、『開門現象』以降生まれた者は、誰もが生まれた時から魔法を使えるが、それがどういう魔法なのか分からない者も多い。
実際、縁寿は自分がどんな魔法を使えるのか今まで知らなかった。
手から火や水を出したり、あるいは身体が変化する類の魔法なら直ぐに気付けるのだが、縁寿の魔法は珍しい類のもの。
【浄化】。
『魔道書』に記されている通りなら、魔や邪に対するモノにしか発動しないのかもしれない。
それなら、今まで魔法が発動しなかったことにも頷ける。
生きてきた人生の中で、此処『四季島』に来るまで『魔や邪』といったモノに該当しそうな生物・・・悪魔等を直接目にした事も無いのだから。
縁寿の『魔道書』に書かれている《魔法》は1つだけだが、人によっては複数発現している者もいる。
それは主に先天的な才能によるものだが、後天的に発現する事もある。
今の時代、使える魔法によって就く職を決めることも珍しくはなく、それが強力で2つ以上だったなら重宝される。
この時代において、魔法という存在はとても大きいものなのだ。
そして《スキル》。
一定条件によって発動する特殊能力の様なモノ。
魔法の様に目に見えて分かりやすいスキルはあまり無いが、発現してデメリットを及ぼす類のモノは滅多にない。
現在何も《スキル》が発現していないのは、相応の『経験値』を得ていないからだ。
基本的に先天的才能に依存する《魔法》と違い、《スキル》は先天的才能と後天的経験に依存する。
今後積み重ねる『経験値』によって発現する可能性はある。
自分がどんな力を付けていくのか、先行きが楽しみな縁寿であった。