第16話 変わり者が集いし学び舎『界交暦20年 4月11日 火曜日』
界交暦20年 4月11日 火曜日
入学式の翌日。
今日の教室・・・縁寿達が所属する高等部1年A組は、朝から騒然としていた。
この学園が騒がしいのはいつもの事なのだが、何が起きたのかと言うと、それは縁寿が都古と一緒に教室へ入り、都古の紹介で学園の生徒と挨拶をしているときである。
本当なら入学式の日にするはずだったクラス内での自己紹介が、騒動のせいでやらなかったから今になって自己紹介などしているのだが、それが騒動の元だった。
昨日、普通に自己紹介をしていれば、この騒動は起こらなかったのかもしれない。
もっとも、今回とは別の騒動が起こる可能性も否めないが。
クラスの内部生と一通り自己紹介し終えた縁寿は、次は外部生に都古と一緒に挨拶回りしようとしたが、都古は所属している図書委員会の先輩に呼ばれて、そこで別れた。
仕方ないから一人で挨拶していたのだが、その外部生の一人の男子生徒と挨拶していると、ソレは起きた。
その男子生徒・・・・・・山田川 光二郎。
痩せ細った体型に、眼鏡をかけていること以外は、これといって特徴のない見た目だ。
光二郎に縁寿が挨拶し、光二郎も縁寿に挨拶した。
そして光二郎は、縁寿をジッと見つめる。
「な、何・・・・・・?」
訝しげに光二郎を視る縁寿だが、光二郎は反応しない。
一体何なんだ?と、縁寿は光二郎の目を見る。
そして、光二郎は縁寿の目を視ていないことに気づき、その目線は少し下を向いていた。
光二郎の視線は――――――縁寿の胸に向けられていたのだ。
なにやら身の危険を感じ、思わず両腕で自身の胸を隠しながら後退った縁寿に、光二郎は眼鏡をキランと光らせて、
「78・53・84・・・・・・バストカップ、辛うじてたったのBか。ハッ、貧乳だな!」
鼻で笑って吐き捨てた。
「んなぁっ・・・・・・⁉」
カァッと、縁寿の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
それは自分の身体的特徴を言い当てられ、周りにクラスメイトが居る中で暴露されたことへの羞恥心か。
あるいは、少し気にしていた身体的特徴を貶された怒りか。
もしくは、その両方か。
「フッ・・・俺の眼は普通の眼じゃねぇ。俺は女の身体を視たとき、たとえ服の上からでも女のスリーサイズを見破る事が出来る‼ おっぱいのカップサイズまで正確になっ‼ 【女体見定める漢の心眼】‼ それが俺の眼だっ‼」
「クソすぎでしょっ‼」
侮辱の言葉を吐いたかと思えば、今度は妙なカッコつけた香ばしいポーズを取って光二郎は言い放つ。
そしてその口上はまだ続く。
「バストサイズB以下の『ひんぬー』女は眼中にねぇ、バストサイズC以上じゃない女に何を言われても心に響かねぇ、D以上の『きょぬー』になって出直して来な」
「アンタそれカッコつけてるつもり?」
だとしたらセンスを疑う。
その厨二染みたルビ打ちも含めて。
「てか、何で初対面のアンタにそんな事言われなきゃならないの⁉」
縁寿の言葉に、光二郎は「おいおい今更何言ってんだ?」とワザとらしいアメリカンの様に肩を竦めた。
イラッときた。
そんな縁寿の様子に気づくことも無く、光二郎は妙に自信にあふれた顔で言い切る。
「お前、俺に気があるんだろ?」
「はあっ⁉」
いったい何処からそんな発想が浮かんできたのか、全く理解出来ない縁寿。
したくもないが。
「初対面の俺に話しかけてきたってことは、そういうことなんだろ? ん? 挨拶なんて口実なんだろ? んん??」
尚もキメ顔でいる光二郎に、
(殴りたいぃぃッ‼)
あんまりな物言いに一発入れてやろうかと、拳を振り上げようとする縁寿の肩に後ろからポンッと、誰かが手を置いた。
縁寿は後ろを振り返って視てみる。
そこにいたのは、自分と同じ制服を着た女生徒。
背は160後半くらいだろうか。縁寿よりも背が高い。そして丸眼鏡とお下げの髪型以外は、これと言って特徴のない風貌である。
・・・・・・胸の事を言われたせいか、自然と視線がお下げ少女の胸部にいき、自分と違い意外とサイズがデカい事は考えないことにした。
そんな女生徒は縁寿の肩から手を離し、縁寿より前に出て光二郎との間に立つ。
「えっ・・・と、誰?」
「佐々木 利恵。君と同じ外部生、よろしく!」
縁寿の疑問にウインクで返すこの女生徒・・・・・・佐々木 利恵。
縁寿に見せた人の良さそうな朗らかな表情とは打って変わり、光二郎と向き合った瞬間、好戦的な顔に変った。
「な・・・・・・何だ、お前?」
少し気圧されたが、クイッと眼鏡を指で押し上げて調子を戻す。
そんな利恵は何も答えず、ただ光二郎をジッと視る。
先程の光二郎と同じように、ただ一点を見詰めている。
いったい何処にその視線が向けられているのか?
光二郎はその視線の向きを追う。
その視線は、縁寿の胸を凝視していた自身よりも更に下方向へと向けられていた。
――――――光二郎の股間に。
「!?!?!?!?」
思わずバッと両手で股間を抑えて内股になり後退る。
そんな光二郎に特にリアクションを取ることなく、淡々と吐いて捨てた。
「最大勃起サイズたったの5㎝か。ハッ、短小ね!」
「ゴハァッ‼」
その辛辣な一言に、吐血して倒れた。
そんな光二郎に気を使う事なんて当然無く、利恵は続ける。
「フッ・・・特別な目を持つのがアンタだけだと思ってるの? 私の眼も特別。私の眼はズボン越しからでも男性器のサイズを計測することが出来る! 最大勃起時の長さも太さも硬さもねっ‼ それが私の眼【情欲根推し量る腐魂の瞳力】よ‼」
(まさかのコイツと同類⁉)
無駄にドヤ顔する利恵に、堪らず縁寿が内心で叫ぶ。
どうやらオカシイのは生徒会長達だけではないようで、縁寿は頭を抱えた。
オカシイのはこの学園で生活していた内部生だけかと思ったが、認識が甘かった。
外部生だけはまだまともだと思っていたのにと、朝から縁寿は重い溜息を吐き出す。
そんな風に落ち込んでいたが、まだこの外部生のやり取りは続くようで。
「き、貴様・・・漢の身体的特徴を貶しやがって・・・・・・訴えるぞ‼」
精神的にダメージがデカかったのか、KO寸前のボクサーの様に足をガクガクと震わせながら光二郎は立ち上がり利恵を睨みつける。
いや、アンタが言うなと縁寿は口を開きそうになるが、その言葉は利恵が口にした。
「女の身体的特徴を貶したアンタに言われる筋合いは無いんだけど?」
「うぐぅ・・・・・・」
さすがに自分の言葉がブーメランで返ってきた事くらいは理解しているらしく、光二郎は何も言えなくなってしまう。
しかし退く気はないらしく利恵を睨み、利恵もまた睨み返す。
互いにメンチを切り合い、二人の視線の間に熱く激しい火花が散っている・・・ように観えなくもない。
「あー、もう。どうしよこの状況・・・・・・」
収集つくのか?と、頭痛がしてくる縁寿。
そんなこの状況で、
「どうしたの、コレ?」
聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
親友である都古の声だ。
用事が終わり教室に戻って来たらしい。
「実は――――――」
振り返って説明しようとするが、後ろに立っている都古と一緒にいる男の顔を見た瞬間、頭痛が増した。
「神爪君も一緒なのね・・・・・・」
「あーん? んだよ、俺様が一緒で何か不都合でもあんのか?」
その男、神爪勇人が半眼で縁寿を見る。
そして直ぐに、教室で騒ぎになってる二人に視線を移した。
「で、どういう状況なんだ?」
「・・・えー、と・・・・・・」
縁寿は正直言うと、説明したくなかった。
内容があまりにもくだらなく、どうでもいい。
というか、関わりたくない。
考えるだけでも疲労が溜まりそうだ。
疲労の元である二人は、やれ女の乳房がどうとか男の陰部がどうだのと言い争っている。
その言い争いの内容が耳に入って来て、勇人は納得した。
「男と女の譲れぬ戦い・・・てやつか」
「いや、そんな大層な話じゃないでしょ・・・・・・」
無駄に神妙な顔で唸る勇人に縁寿は呆れ、都古は苦笑する。
まぁ、取りあえず争いを治めようかと―――(武力行使で)―――勇人は肩を回して歩を進めようとするが、
「義兄さん?」
教室の扉から呼びかけられた声に、動きを止めて振り返る。
「恋か」
扉の横、教室の出入り口に勇人の義妹・・・神爪恋が立っていて、ひょこっと教室を覗き込んでいた。
すぐ目の前にいる勇人の姿を視界に捉えると、恋は教室に入ってきた。
「どうした、何かあったか?」
「屋上で柔道部とレスリング部が取っ組み合いの喧嘩をしてるらしくて」
「よりにもよってそんな暑苦しそうな奴等が喧嘩してんのかよ・・・・・・」
想像するのも嫌になる組み合わせだ。
行きたくないし、その争いを視界に入れたくもないが、そうも言っていられない。
「いや、待てよ。お前確か正宗と同じBクラスだろ、アイツはどうした?」
「体育館裏でカツアゲがあったらしく、その解決に向かいましたよ」
「友紀も武志もいるのに鳳凰学園でカツアゲかよ。入学したばっかの外部生の仕業だな、メンドクセェ・・・・・・」
この様子だと、風紀委員会や生徒会の他の面子も別件の対処に追われている雰囲気で、どうやら自分が向かうしかないらしく勇人は深々と溜息を吐いた。
早々に此処の争いを沈めて、屋上に向かおう。
即決して、勇人は行動に移そうとした。
だが、その足は不意に止まる。
勇人の存在に気づいて、言い争っていた光二郎と利恵は動きを止めたのだ。
生徒会長に騒動の現場を目撃されて動揺でもしているのだろうか?
それならばありがたい。
手っ取り早く喧嘩を仲裁出来るからだ。
だが、それは無いという事を、勇人は知っている。
経験則で知っている。
この学校に通う生徒でそんな可愛い神経を持っている生徒など、そう何人もいないという事を良く知っているからだ。
故に疑問を抱く。
何故喧嘩を止め、動きを止めたのか。
光二郎と利恵の二人は、勇人の方に目を向けたままその動きを停止させている。
その様子に動揺の色も、開き直ったり逆ギレを起こしたりするような動きも無い。
ただ、相手をまるで観察するようにジィっと見つめていて――――――。
「あ」
と、縁寿は小さく声を洩す。
二人の動きの意味に、なんとなく気づいたのだ。
その意味は、先程まで彼女が自身に向けられていた視線と同種のモノ。
実際二人は、勇人を観察していた。
いや、勇人だけではない。
教室に入ってきた恋にも、その視線を向けている。
勇人には利恵が、恋には光二郎が、それぞれ視線を向けている。
勇人と恋はまだ気が付いていないが、先程までのやり取りを見ていた縁寿は直ぐに気が付く。
利恵の視線が、光二郎の視線が、それぞれ股間と胸部に向けられているという事に。
そして利恵と光二郎、二人が掛けている眼鏡がキランと光った・・・・・・ような気がした。
「バストサイズ81・・・82・・・83・・・84・・・85・・・86・・・87・・・・・・」
「勃起サイズ21・・・22・・・23・・・24・・・25・・・26・・・27・・・・・・」
輝く二人の眼鏡に、何やら数字やらグラフやらが表示されている・・・ような気がした。
そんな眼鏡のレンズの奥に覗く二人の瞳は、驚愕に満ちていた。
「「バ、バカな! まだ上がるだと⁉」」
叫ぶ二人の眼鏡のレンズが、唐突にピキィッと音を立てて罅が出来・・・――――――
パリイィィィンッ‼
――――――甲高い音を立てて砕け散った。
「いや何でよッ⁉」
何故か唐突に2人の眼鏡のレンズが割れた。
意味が分からない。
急にレンズに罅が入ったかと思いきや、二人の眼鏡が同時に砕け散ったのだ。
縁寿が叫びたくもなる。
レンズが砕けた二人は、まるで何かに弾かれたかのように後ろに倒れた。
ゴツンッと痛々しい音を立てて、後頭部を床にぶつけて仰向けに倒れる二人。
「さ、最終測定結果、サイズ90のF・・・だと? へへへ・・・最近の高1は・・・マジ、パネェ、ぜ・・・・・・‼」
「サイズ30越え・・・に、強度・・・は・・・お、神魔幻輝金鉱並み・・・? こ、この学園の生徒会長は・・・ば、化け物・・・か・・・・・・⁉」
苦しそうな声を上げて倒れる二人の顔は、声の様子とは異なり穏やかな表情で、レンズが割れた拍子なのかどうかは定かではないが、二人は血を流していた。
眼鏡をかけていた目元ではなく、何故か鼻から血が流れていたのだった。
「アンタらのその眼鏡は何? 測定器か何かなの?」
非常に疲れた様子で、縁寿は言葉を捻り出し、割れたレンズを凝視した。
魔術式補助演算端末機や魔法道具の類かと疑ってみたが、どうみても砕けた眼鏡はただの眼鏡にしか見えない・・・・・・いや、実際ただの眼鏡である。
「結局何がしたかったんだ、こいつ等?」
「私に聴かないでよ・・・・・・」
訳が分からんと、勇人は縁寿に訊ねるが、縁寿は大層疲れた様子で嘆息するだけであった。
まぁ、問題が解決したのならそれでいいかと、勇人はこの場を放置して屋上へと向かって行った。
「どうすんのよ、コレ?」
「アハハ・・・どうしよっか?」
「とりあえず、片付けておいた方が良さそうですね」
縁寿と都古の疑問の声に、恋がにこやかに微笑んで返した。
ああ、やっぱりこういう状況も此処じゃあ日常茶飯事なのかと、縁寿は朝から何回目か数えるのも億劫な溜め息を、また吐き出した。
私立鳳凰学園。
この学校には、変わり者が多い。