第15話 決着?
窓からグラウンドで行われている戦いを眺めていた縁寿は、珍しいモノを視る目で勇人を観ていた。
魔法や魔術を使う者同士の戦いで、友紀は使っているが、勇人は使っていないモノ。
それは魔術式補助演算端末機の戦闘武具・・・・・・つまりAMDだ。
現代の魔法使いにとっては必須の魔法道具。
グラウンドでこれだけの魔術を使った攻防を二人で繰り広げているにも関わらず、二人の内の一人は、その必須アイテムを使っていないのだ。
いや、使っていないというより、見た感じでは身に付けてもいない。
日常的にも使える(寧ろ本来の使い方ではメインとも言える)MDはポケットにでも入れているのだろうが、そもそもAMDを所持していないのだ。
「もしかして神爪君って、魔導師なの?」
MDを使わない現代の魔法使いが存在しないとは言わないが、そんな存在は非常に稀である。
だが、地球産の魔法を使わない魔法使いなら話は別だ。
今現在、この地球で魔法を使う地球人を総じて『魔法使い』と呼称しているが、地球人の魔法使いは大きく分けて2種類に分類される。
『魔導師』
『魔術師』
魔術師とは、元々地球に存在していた魔法使いであり、その存在はこの地球で異世界との交流が始まるよりも遥かに昔から存在していた。
異世界人がいる今でこそ魔法という存在は当たり前になっているが、彼らが地球にやって来るまでは、この世界に魔法というモノは存在しない、空想のものであるとされてきた。
だがそれは存在が秘匿されていたというだけで、決して物語の中にしか存在しなかった訳ではない。
陰陽師や妖怪ハンター、占い師やゴーストバスターなど古くから地球に存在している魔法使いが、何故その存在を隠してきたか。
それは、魔法使いに対する迫害を防ぐためである。
例えばヨーロッパは、魔法が悪魔の技だとされているキリスト教の文化圏だ。
魔女狩りが行われた中世では、多くの魔法使いたちが犠牲になり、その出来事が世界中に存在していた魔法使いたちが、己の存在を隠匿することを決定させた。
長く己の存在を秘匿としてきた魔法使い達だったが、それは唐突に終わってしまう。
異世界人という存在が地球に現れ、彼らの力で秘匿にしてきた魔法使い達の存在が見つかり、表に出てきてしまったのだ。
そして、その存在が表に出てきてしまったのは魔術師だけではなかった。
その存在が、魔導師。
古から存在する、ルーン魔術や陰陽道などを使う魔術師ではない魔法使い。
彼ら魔導師は、地球に存在する魔法使いであって、そうでない魔法使い。
彼らは、元々は地球とは別の世界・・・即ち異世界に存在する魔法使いだ。
『異世界ウィスタリア』
魔法使いが当たり前に存在している、異世界の1つ。
そして『開門現象』が起きるよりも以前から、秘密裏に地球と関っていた異世界で、地球と最初に繋がった異世界でもある。
その世界に存在している全ての人間が魔法使いというわけではないが、それでもその世界に存在する人々にとっては魔法とは当たり前に存在しているモノで、魔法使いもまた然り。
今では異世界人の魔法使いを総じて、地球では『魔導師』と呼称している。
神隠し等で異世界に転生・転移された地球人も同様だ。
『魔法』と『魔術』。
同じモノと思うが、その実大きな違いがある。
『魔法』とは、今の時代では先天性の超常能力で、その身一つで特殊能力を発する力。
かつては、超能力とも呼ばれていた力。
どんな魔法が使えるのかは、完全に先天的資質で決定しており、自分で決めることは出来ない。
『魔術』とは、呪文や魔法陣等の何かしらの術式を用いて世界法則に介入する力。
術者の資質によって得手不得手は存在するが、術を使うための知識と技術があれば、理屈の上では誰にでも使える力である。
その為、魔法とは違い後天的に身に付けることが出来る力で、どんな力を身に付けるのかをある程度選ぶことが出来る。
今の時代の魔法使いは、自身の魔法の補助の為に魔術を使用している者が多い。
というのも、知識や技術が必要な魔術はどうあっても習得に時間がかかり、自身の才能である魔法の力を伸ばす時間を削ってまで身に付けようとは思わない者が大半だからだ。
熟練の魔法使いは、寿命が西暦時代に比べて圧倒的に伸びはしたが、それでも何百何千年と生きるエルフ等の長命異種族には遠く及ばないのが殆ど。
命の時間が有限である以上、才能を伸ばす時間は限られている。
時間の短縮や人間社会のより良い生活の為に便利な道具が存在し、そうして生み出されたモノが『魔術式補助演算端末機』を始めとした『魔法道具』である。
特に『魔術式補助演算端末機』は、簡単に魔術を扱うことが出来る為、魔法という存在が世に出て20年程しか経過していないにも拘らず、既に人々の生活に根付いていた。
誰もが当たり前に所持しているMDを使わずに、ああも容易く魔術を扱うことが出来る者など、魔法や魔術を当たり前の様に使う異世界人である魔導師くらいだろう。
「話には聞いてたけど、ホントにこの学園にいるんだ・・・・・・異世界の魔法使い」
「この学校には結構いるよ」
「あ、そうなの・・・・・・」
普通なら結構驚きそうなものだが、ここまで何度も学園の生徒の奇行(?)に驚かされてきたせいか、入学早々感覚がマヒし始めてきた縁寿。
異世界『ウィスタリア』――――――地球に繋がっている数ある異世界の一つだが、ウィスタリアは他の異世界とは決定的な違いがある。
自然と緑に溢れる獣人達の世界の一つ『グリーンガーデン』、SFの様な機械技術が地球以上に発達した世界『メカニカ』、よくある中世のヨーロッパの様な魔法世界『プルシアン』、陸地がほとんど存在しない水の世界『オールブルー』等々、様々な異世界が存在し、今では地球とも『界交門』で繋がっている昨今、『ウィスタリア』が他の異世界とは違う唯一の理由。
それは、異世界ウィスタリアは他の異世界とは違い、『開門現象』以前から地球と交流関係にはあるという事。
だが、『開門』以前からその存在が認知されていたのかといえば、そうではない。
この地球に、伝説の大陸や異世界へと通じる門が初めて世間に晒される形で現れて、世界は大混乱に陥った。
異大陸や門の向こう側からドラゴンを始めとした異世界の魔物が飛び出て、地球各地で暴れまわり被害が出た。
更には門の向こう側から出てきた異種知的生命体――――――異世界人。
些細な誤解と行き違いにより、彼等と地球間での戦争が勃発。
今の世で『界交戦争』と呼ばれるその戦争で、地球と異世界双方に被害が出た。
しかし、その騒動はすぐに鎮静化され、被害は最小限で済まされた。
異世界ウィスタリア・・・・・・その世界から告げられた報道によって。
開門までこの世界は非魔法世界であり、科学によって発達した世界だったが、異世界へ通じる門がこの世界に現れてから、その認識は覆される。
『異世界連合』
通称:CU。
その存在・・・・・・地球の〝裏〟を統べる組織の存在が公表されたからだ。
だがその組織は奇妙なことに、存在を公表する事しかしなかった。
人間にも魔法を使うことが出来る、魔法使いと呼ぶ者は存在すると。
魔法使い達は独自の社会を構築し、『ウィスタリア』なる異世界を有していること。
遥か昔からウィスタリアとは交流関係にあり、地球は『異世界連合』に加盟しているということ。
地球の今の社会を調整している『地球連邦政府』(略称:EFG)以上の最高機関ということ。
だが、組織や魔法使い達の所在に関しては、何一つ明かしていない。
界交戦争で戦う地球と異世界の両サイドを、魔導師が圧倒的な力で鎮圧してみせたのを目撃した地球人が多く存在したが、何故か電子機器の類が機能せず、何の記録も残せなかった為、噂の域を出なかった。
存在が公表されてから開門で起きた騒動は不自然なほどに、あっという間に静まった事もあり、その存在を不気味に思う者は決して少なくない。
それは、開門から約二十年経った今でも変わらない。
異世界連合の発表で魔術師や魔導師の存在が表に出てきたとはいえ、まだ魔法使いや異世界の事など、世間が理解していないことは多い。
古から秘匿としてきた存在であることを差し引いても、分からないことが多すぎるのだ。
「学園にはウィスタリアを始めとした異世界と、異世界連合の関係者もいるからね」
「ああ、それで魔術師や魔導師が多いのね?」
頷く都古とそんなことを喋っていると、膠着状態だった生徒会長と風紀委員長に変化が起きた。
どちらかが優勢になった、という訳ではない。
「お前らああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ いい加減にせんかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」
一人の巨躯がグラウンドを爆走し、戦う二人の頭にゲンコツを食らわして戦闘を中断させたのだ。
東郷伊知郎。
生活指導員としても知られる彼の戦闘力は凄まじく、ゲンコツ一発で二人を沈めてしまう。
そして気絶した神爪勇人、藤村友紀、テリーサ・フェネクスの三人をズルズルと引き摺りながら、生活指導室へと連れて行った。
「あははは、ありゃお説教長そうだね・・・・・・」
「生徒会長と風紀委員長が何やってんのよ・・・・・・」
学園でも結構重要な役職に就いているはずの二人の生徒に都古は苦笑し、縁寿は呆れるしかなかった。
◆◆◆
「あー・・・ったくよぉ、何で友紀は三時間も前に出て行ってんのに、俺様の説教はこんなに長ぇんだよ。差別じゃね?」
特にありがたくも無い長い説教を聞き終えた勇人は、東郷に殴られた頭を擦りながら生徒指導室から出てきた。
廊下の窓越しに空を仰げば、鮮やかな夕焼け色。
時刻は夕方。
昼間の騒動から既に五時間が経過したというのに、未だに殴られた箇所が痛む。
ゴリラという(勝手に付けた)あだ名の通り、あの男は拳までゴリラ(?)で出来ているのはないだろうか?
「ようやく終わったか・・・ったく、生徒会長様が何やってやがんだ?」
今日はもう帰宅しようかと廊下を歩く勇人の前に、一人の男がやや不機嫌そうに睨みを利かせながら現れる。
「おう、どうした正宗? そんなに俺様を見つめやがって。寂しかったのか?」
「・・・・・・」
「俺様、野郎は遠慮したいのだが、お前がそこまで言うなら仕方がない・・・・・・さぁ、俺様の胸に飛び込んで来るがいい‼」
「・・・・・・・・良いのか?」
「え?」
「本当に良いのか? 飛び込んでも?」
額に青筋を浮かばせながらドスの効いた声で拳を鳴らす男に、勇人は口元を引き攣らせて両手を上げた。
「いや、やっぱ野郎は遠慮してくれ。俺様の胸は女性専用だ」
「ふん」
男は勇人の悪ふざけを鼻を鳴らす。
肩ほどまで伸びた黒髪に、右目に付けている海賊の様な黒い眼帯が特徴なこの男。
勇人に正宗と呼ばれた彼は、この学園の生徒会副会長だ。
生徒会長だというのに生活指導室で説教コース行きになった勇人にデカい溜息を吐きながら、正宗は気を取り直して口を開く。
「さっき、魔術協会から『悠久の絆』に連絡が入ってな。直ぐにでも、お前に折り返しの連絡を入れてほしいんだとよ」
「魔術協会から?」
正宗の言葉に、勇人は眉を寄せて不審な顔をした。
その表情の意味が分かる正宗は、勇人に同意するように頷く。
「なーんか、厄介事が回ってきたか?」
「おそらくな」