第11話 悪魔
少しばかり、時を遡る。
「うわっ、と・・・・・・」
勇人が放物線状にサンドイッチや飲み物を放り投げて、縁寿と都古は危なげにキャッチした。
別に投げなくてもよくない?と、縁寿は批難染みた視線を飛ばすが、その視線を向けるべき男の姿が既に見当たらなかった。
いったい何処へ?
その疑問の答えを己の頭で導き出すことなく、気づく。
二人の女生徒が窓の方へ駆け出し、彼女達の進行方向の先にいる者の姿を。
神爪勇人だ。
縁寿達にパンを放り投げたその男は、窓の淵に足を掛けて、外へ飛び出そうとしていた。
「アイツは外出るのに、一々窓使わないと気が済まないわけ・・・・・・?」
教室での奇行を視てしまったが故に、縁寿の中で神爪勇人という男は、窓から飛び降りる男という認識になってしまったようである。
概ね正しい。
「で、どうするの縁寿ちゃん? 勇人君は勝手に食べてくれって言ってたけど。ここで食べる? それとも観戦しながら食べる?」
観戦したいのか、都古は外の景色が見える位置に移動しようとしていた。
先程の騒ぎのせいで一部の席に空きが出来ており、移動しようと思えば出来そうだった。
特にこの場に留まって昼食を食べる理由はなく、都古が移動したいのなら別に構わない縁寿だったが、先程の都古の発言に「ん?」と首を傾げる。
「ねぇ、都古ちゃん。言ってたって、いつ喋ったの?」
勇人が購買に向ってから、こちらへ戻ってきた記憶はない。
接触があったとすればパンを投げたときくらいだが、それでも呼びかけられたこと以外は特に言葉は交わしていない。
一体いつ言ったのだろうか?
「え? さっき言ってたよ――――――アイコンタクトで」
「アイコンタクト⁉」
そういえばと、縁寿は思い出す。
パンを投げたとき一瞬、都古に視線を飛ばしていたような気がしなくもない。
多分アレがアイコンタクトなのだろう。
他に思い当たる節がない。
目と目で語るほど、あの生徒会長と自分の親友は親密な関係なのだろうか?
彼女の昔を知る身としては、あの内向的な性格がよく数年で変わったものだと驚きを隠せない。
この変化が良い変化なのか悪い変化なのか、ちょっと判断に迷ってしまうが。
勇人が陣取った席で、騒ぎを起こす勇人を放って食事を続ける生徒会の皆に呆れつつ別れを告げ、縁寿と都古は外の様子が見える窓際の席へ移動する。
そして窓の外を見た。
そこには、三角形の陣形を取って対峙している三人の姿を捉えた。
縁寿が知っているのは神爪勇人だけで、あとの二人は何者か分からない。
そんな縁寿に、都古が解説してくれる。
「あっちの黒髪で美人な人が、高等部三年生で風紀委員長の藤村 友紀先輩」
藤村友紀が、赤と橙色が入り混じった短髪の少女と、何やら言い合っていた。
「あっちの炎みたいな赤い髪の娘は、私達と同じ高等部一年のテリーサ・フェネクス。あだ名はテッサちゃん」
テリーサという少女が何やら絶叫し、その全身が燃え出した。
思わずギョッとしてしまう。
人間が突然燃え出したのだから。
だが、その認識は直ぐに改められる。
燃えながらも、背中から噴き出す炎の翼。
あれは人間が生身で出来る事ではない。
ならば、考えられることは二つ。
一つは魔法。だが、アレはおそらく、
「悪魔?」
「そ。フェネクス家っていう、魔界の古い家柄の悪魔なんだよ」
フェネクス――――――その言葉の意味を、縁寿は知っている。
不死鳥や火の鳥、フェニックスと呼ばれる伝説の生物。
悪魔にもそういった種族がいるのだ。
都古の解説を聞いている間に、友紀がスカートから伸びる自身の右足に巻き付けたホルスターから何か引き抜く。
それは、剣の柄の様な形をしており、青白く淡い光が伸びて、剣の形を取った。
「【魔力光剣】・・・・・・あれって、戦武装機?」
『戦武装機』――――――つまりは『魔術式補助演算端末機』の一種。
それは、魔法や魔術を使う者達に必須のツール。
真人間が、普通では行えないであろう現象を起こせる力・・・即ち『魔法』や『魔術』。
魔法学を扱うこの学校にいるのなら、別におかしいことではない。
そもそも、簡単な『魔術』なら魔法道具を使えば基本的に誰にでも使うことが出来る。
『魔法』なら、使いこなせているかどうかは別にして、発動させるだけなら身一つで可能だ。
戦武装機を始めとしたMDや魔法道具の持ち込みも、危険なものでないのなら禁止されておらず、実際大半の生徒がMDを所持している。
MD―――――『魔術式補助演算端末機』は”端末機”が名についている通り、元は回線やネットワークの末端に接続され、他の機器と通信を行う主体となる機器・・・つまりは西暦時代の2000年代辺りから作られた携帯電話やスマートフォンが母体となった、現代の携帯通信端末機でもある。
魔法や魔術の機能を追加した携帯電話やスマートフォンと言っても間違っていない。
だから、風紀委員長がMDの中でも警察や軍隊でも使われている装備品・・・・・・戦武装機を使用するのは、当然と言える。
誰でもMDを持ち込めるという事は、誰でも魔法や魔術を使って揉め事を起こせるという事だからだ。
「あ」
睨みあって一触即発の雰囲気だった友紀とテリーサだったが、その場から逃走しようとしていた勇人へ互いに標的を変えたようで、二人は揃って勇人に襲い掛かった。
全身を炎の塊と化して迫り来るテリーサを、勇人は軽く手で薙ぎ払う。
手で薙ぎ払われたテリーサは、宙で身を翻し、その炎の翼を羽ばたかせて空へ上昇する。
勇人がテリーサを手で薙ぎ払った直後、勇人の背後に回り込んだ友紀が音もなく肉薄し、その首目掛けて剣を横に一閃させた。
だが、勇人は振り返ることなくその場で屈み剣を避け、地面に手を付き、足を後ろに振り上げ友紀の剣柄を弾きに掛かる。
迫る勇人の足から友紀は手を引っ込め、攻撃を避けた。
しかし勇人は振り上げた足を空に向けたまま逆立ちし、地に付けた手を器用に回して身体を独楽のように回転させながら、足刀を友紀に叩きつける。
連続で叩き込まれる足刀を、友紀は剣で器用に捌いていく。
しかし回転するごとに加速していくその足技を徐々に捌ききれなくなっていき、危うく顔に当たりそうになる直前に、宙返りで後方に下がって回避した。