第10話 魔術式補助演算端末機と戦武装機
怒りが込められた声で叫ぶ少女。
突然購買周囲の温度が上昇し、一つの火柱が発生した。
瞬間、火柱の近くにいた生徒達が蜘蛛の子を散らすように退避する。
「いや、ちょっと待て、テッサ。さすがに校内でそれはマズい」
「やかましいわ! てか、なに私が買ったもん横取りしてんのよ⁉」
自身の身体から火柱を起こし、辺りに火の粉を撒き散らすこの女生徒。
名は、テリーサ・フェネクス。
愛称は、テッサ。
身体から炎を発している姿と、背中から炎の翼を出現させたその姿は、人間のモノではない。
――――――――――彼女は『悪魔』だ。
この学園に通うのは大半が異世界人を含めて人間族だが、全体の2割から3割程は、人間外の異種族。
その異種族の一つが、悪魔。
神話や伝説、物語など空想上のモノでしかなかった悪魔。
今この時代に当たり前の様に存在する魔法と同じ、二十年前にこの地球へと現れた『界交門』の向こう側からやって来た、異種生命体。
『開門』と呼ばれるその出来事によって、地球の在り様を変えてしまったモノの一つ。
その悪魔は相も変わらず凄まじい形相で勇人を睨んでおり、その怒りの形相を現すように炎が猛り、火柱がドンドン巨大になっていく。
完全に戦闘モード。
そしてこれから彼等にとってはいつもの喧嘩が始まるのだが、今回は少しマズい。
これが外で起きた喧嘩ならまだともかく、放課後とはいえ、こんなに人が大勢集まっているこの食堂での喧嘩は少々面倒なことが起きる。
「お前達、何をしている⁉」
よく透き通った女性の硬質な声が、食堂に響いた。
その声を聴いた勇人は溜息を吐く。
面倒事がやってきたのだ。
「おーい」
勇人は購買で買った(?)商品を縁寿と都古に放り投げる。
放物線を描き落下していくサンドイッチなどを、二人は危なげにキャッチする。
それを見届けた勇人は、一瞬都古に視線を飛ばした後、窓へ向かって駆け出した。
「あ⁉ ちょっと待ちなさいよっ‼」
「誰が待つか」
テッサの怒声に従う気はなく、勇人は窓を開けて、窓の淵に足を掛ける。
「またお前か、神爪勇人。毎度毎度、生徒会長が揉め事を起こすな!」
人混みを掻き分けて勇人に近づくのは、スラリとした体格の黒髪の女生徒。
麗人という言葉が似合いそうな風貌で、切れ長の鋭いその目は勇人を捉えて離さない。
騒ぎの原因の一人である、テリーサの姿を観ていない。
騒ぎの原因を、この生徒会長だと既に決めつけている。
・・・・・・今回は何も間違ってはいないが。
「おいおい、何で俺様が揉め事を起こしたと決めつける?」
「何もやってないなら、逃げる必要はないだろ?」
「質問を質問で返すなよ」
言って、勇人は窓の外へ飛び出した。
校舎から飛び降りたとき違って、ここは一階。
直ぐに地面へ着地し、そのまま走り出す。
「待ちなさいって、言ってんだろーがぁっ‼」
「逃がすか‼」
それをテリーサと黒髪麗人が、勇人と同じく窓から外へ飛び出し追いかける。
「おい、お前の今横にいる奴も騒ぎの原因の一つなんだが?」
食堂からグラウンドへ向けて駆ける勇人が、後ろから追いかけてくる黒髪の少女に問いかけるが、少女はその問いかけを鼻で笑った。
「こいつ程度なら、いつでも倒せる」
「はァあ⁉」
黒髪麗人の物言いに、テリーサはその鋭い眼光を向ける相手を、勇人からこの黒髪麗人に移す。
グラウンドの中央付近まで走った彼らは、その足を止めた。
丁度三角形を描くような立ち位置で、互いにその場に止まり向かい合っている。
「いくら先輩でも、ちょっと舐め過ぎなんじゃない?」
目元を引き攣らせ、背中から噴き出す炎の翼が激しく辺りに火の粉を撒き散らす。
その様子は、彼女の今の感情をよく現せており、非常にお怒りなのが分かる。
だが、そんなテリーサの怒りなど意にも介さないようで、
「事実を言ったまでだ」
黒髪少女は真顔で言った。
――――――プチンと、テリーサの何かがキレる音がした。
「上等だゴラァッ・・・・・・‼」
ゴオォッ‼と、テリーサは燃えだした。
比喩表現ではない。
その全身から、猛々しく凄まじい量の炎を噴き出し、燃え滾っていた。
火の粉が飛び散り、辺りに高温の炎熱を撒き散らす。
砂とコンクリートで出来ているグラウンドの地面から、ジュウッと焼ける音まで聞こえたのは、勇人と黒髪麗人の幻聴ではない。
今のテリーサは、それほどの熱を帯びているのだ。
彼女の熱の高さは、そのまま彼女の怒り具合を現している。
怒りを鎮めなければ、この熱は納まらないだろう。
もしくは、
「ふむ。それだけの熱を発せられたら、周囲に被害が出るな」
気絶させて、力を使えなくさせるしかない。
「周りに被害を出すような魔法や魔術の使用は禁止だと、校則で決められている。校則違反だ。取り押さえるとしよう!」
黒髪麗人はそう言うと、スカートから伸びる自身の右足に巻き付けたホルスターから、1つの武器を引き抜く。
それは、剣の柄の様な形をしていた。
鍔の直ぐ下に引き金の様なモノが付いており、それを引くと柄から青白く淡い光が伸びて、輝き揺らめく青白い光は、確とした形を取る。
それは、剣だった。
刀身が青白く輝く、西洋風の剣。
長い刀身を持つ片手直剣。
所謂、ロングソードと呼ばれるものだ。
少女は剣の切っ先をテリーサへと向けながら、両手で剣の柄を握り、中段に構える。
正眼の構えというその構えは、攻防共に隙が少ない、剣道の基本的な構えだ。
隙の無い少女のその構えから、少女の実力の高さが窺われる。
だが、そんな少女をテリーサは嘲笑った。
「ハッ。そんな玩具が無ければロクに戦えないくせに、随分強気ね」
黒髪麗人の持つ、剣を差して言った。
玩具――――――名は『戦武装機』。
それは、人が魔術を使用するための発動体であり、自身の魔法の補助具。
そういった魔法道具を現代の情報端末機と組み合わせて作られたモノを『魔術式補助演算端末機』(略称:MD)と呼び、『戦武装機』——————正式には『戦術武装魔術式補助演算端末機』(略称:AMD)は、そのMDの中でも戦闘専用に開発された魔法の武器。
魔術を発動するための術式を自動で描き、起動させる道具。
古代においては高い魔力を持つ木や、魔力石を先端に据えただけの棒だったが、現在では魔法や魔術を使用するための演算補助装置と魔法データの記憶装置、魔力の蓄積や暴発防止のための各種の安全装置を備えた電子機器が一般的。
現代人が魔法を使う為の、魔法使いの必須アイテムだ。
といっても『Armed・Magica・Device』を始めとした『Magica・Device』がなければ人は魔術を使えないという訳ではない。
しかし、MDを使わない現代の魔法使いは皆無に等しい。
何故なら、大抵の人は自分がどうやって魔法を使っているのか、詳しく認識している者が少ないからである。
人は当たり前のように、パソコンや自動車などといった文明の利器を使っているが、それらをどういう原理で使用しているのかを説明出来る者は少ない。
魔法や魔術とMDもそれと同じで、どのようなメカニズムで使用しているのか正確に把握している者など、MDの製作や魔法の研究に携わる者くらいだ。
確とした理論で魔法や魔術が使われているが、それでも自分が使う力をロクに把握せずに平気で使うその神経が、テリーサには全く理解できない。
その辺は、古来より生身一つで易々と『魔法』という力を使える種族との差なのかもしれないが。
「何だ、人間にMDを持たれると不安か?」
「あん?」
「お前達と同じように『魔法』や『魔術』が使えるからな。つまり、お前達悪魔と戦える力を人間も使えるということだ」
「だから?」
「お前程度に負ける理由はないと言ってるんだ」
「・・・・・・アンタもホンっと、いい度胸してるわ」
憤怒の形相を隠す気もなく、怒りの感情のまま炎を撒き散らすテリーサと、好戦的な笑みを浮かべる黒髪麗人。
そんな二人の視線の間に火花が飛び散る・・・ように観える勇人は、足音を立てずに身体を反転させて、ゆっくりとこの場から立ち去ろうと足を動かす。
今なら二人ともお互いに夢中になっているため、勇人がこの場から立ち去っても気づくことはない―――――――
「何逃げようとしてんのよっ⁉」
「何を逃げようとしているっ⁉」
―――――――――なんてことはなかった。
うんざりしつつ、同時に叫んだ二人に振り返る勇人。
「んだよ、そのまま二人で戦り合ってろよ、メンドクセェな・・・・・・」
心底面倒だという態度を隠す気もなく、露骨に「はあぁぁぁ~・・・・・・」とデカい溜息を溢す勇人に、少女達はイラッときて、
「ねぇ、先輩?」
「ああ、そうだな」
互いに見合って、頷く。
そして闘志満々の瞳を宿す二人の少女達が、構える。
テリーサは炎を迸らさせ、黒髪麗人は剣の切っ先を勇人に向けた。
「まずアンタから叩き潰すわ‼」
「まずはお前から叩っ斬る‼」
またもや同時に喋った二人。
喧嘩しているが、実は仲良いんじゃないのかコイツ等?
なんて言葉が口から出そうになったが、中学時代それを言って喧嘩の被害が拡大したことを思い出し、勇人はその感想を胸の奥にでもしまうことにした。
そんなアホなことをしている間に、二人の少女はこれまた同時に、勇人目掛けて飛びかかる。
「2対1かよ、マジでメンドクセェ」
だが、発する言葉とは裏腹に、勇人の表情は向ってくる二人とそう大差ない。
「そう焦んなって、今相手してやっからよぉ‼」
実に好戦的で、不敵な笑みを浮かべながら、襲い掛かってきた二人の少女の迎撃に掛かる。