黒山羊という神性
初の戦闘回です。
僕はクロに聞きたい事があった。たくさんあった。
ここはどこなのか、何故僕の事を知っているのか、何故僕に協力してくれるのか。
でも、僕がそれよりも先に口に出したのは他の事だった。
「黒山羊って何?」
一緒に歩いていたクロの足が止まる。真顔で僕を見つめる。
「・・・豊穣の女神よ」
それ以上は答える気が無さそうだった。
「へ、へー・・・。未熟なって言うのはどういう事?」
「・・・」
クロは自分の体を、特に胸部を見つめて黙ってしまった。
これ以上は踏み込んではいけない気がした。
「あー、豊穣の女神っていうと豊満な大人の女性だったりするもんね」
気がしたが、踏み込んでしまった。
クロはプルプルと震えている、怒っている様に見えた。
クロの体から鞭の様な黒い触手が出てくる、明らかな攻撃の意志を感じた。
「ま、待って!僕はスレンダーな美少女が豊穣の女神でも良いと思う!」
クロは溜息を付いてうなだれた、怒り以上に複雑な思いがあるようだ。
「違うのよ・・・、私は・・・、母神でもあるの、それなのに、子をなせる体を創造できない、ゆえに未熟な黒山羊、本来の黒山羊は常に妊娠しているくらいよ・・・」
「へー」
クロの体をまじまじと見つめていたら鞭の様な触手で叩かれた。
「もう良いでしょう!行くわよ!」
「いてて・・・、うん、そうだね」
二人で森の中を歩く、歩きやすい道に出てからは道なりにひたすら歩いていた。
「服の調達ってことは人里があるの?」
「あるわ、人骨があるって事は人が居る、人が居るって事は集落がある。人間は群れを作る生き物だからね。・・・でも、森の中に人骨がたくさんあるって事は?」
「分かんないや、不思議な事もあるもんだね」
「少しは考えなさいよ。口減らし、宗教的生け贄、人食い生物、・・・あるいは」
「あるいは?」
「うふふ、服の調達はただでできそうね」
クロの言ってる事はよく分からない、どうやったら今の話の流れでそうなるのだろうか。
「おいガキ共止まれ!」
突然荒々しい声で呼び止められた。
剣、斧、槍、様々な武装をした屈強な男達が現れる、二十人は居るだろう。
体中傷跡だらけ、武器にも刃こぼれが目立つ。
まともな生活をしている人達では無い事くらいは僕でも一目で理解した。
「あぁ?女は上物っぽいが男は質素だなおい、何も持ってねぇじゃねぇか」
「いやいや兄貴、この顔立ちなら売れますぜ」
「・・・それもそうか、おい!このガキ共縛れ!女の服は上等だな、剥いでおけよ」
「へっへっへ、ついでに遊んでやるよ」
「こんな貧相なガキに欲情してんじゃねぇよ、まぁ、好きにしろや」
山賊、という言葉が一番しっくりくる分かりやすい悪党だった。
強面の男達に囲まれて流石にビックリしたけれど、僕は内心それどころでは無かった。
「・・・貧相?ですって?」
山賊よりも遙かに大きな殺気がクロから放たれて空気が震えた気がした。
正直山賊への恐怖が薄れていく程に怖かった。
「いいわ、それなら見なさいよ、貧相かどうか」
クロはそう言うと自分の服に手をかける。そして脱いだ服を僕に渡してきた。
「私のお気に入りの服だから汚さずにちゃんと持ってなさいよ」
目のやり場に困りながらも僕は頷いた。
「お、嬢ちゃん良いねぇ。潔いじゃねぇの、売らずに飼ってやろうか?その小さな胸が育つまでよぉ。がっはっはっは!」
「ケツも肉付きわりぃなおい!やっぱガキじゃ興奮しねぇわ!」
「まぁ、こんな貧相なガキでも高値で買い取る物好きだっているんだからありがてぇはな・・・し・・・も、はぁ、はぁあぁぁああああ!?うぇぇぇぇああああ!!」
「うひぃぃぃいいいい!あ?あ、あ、あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
悪態を付いていた山賊達が急に奇声を上げて震え出す。
男同士で抱き合いながら小便漏らしてる奴や自分の腕を本気で噛んでる奴なども居る。
明らかに正気とは思えない。
なるほど、あの時のおばさんもこういう事だったのか、少しだけ悪い事したな。
クロの黒髪が全身を覆い尽くす触手となって四方八方縦横無尽に伸び続ける。
顔だった場所は大きくポッカリと開いたただの穴にしか見えない。あれは口だろうか。
大きな底なし沼の様な口と触手だらけの姿。
触手は伸び続けてどんどん巨体になる。
そしてかろうじて見えた足はまるで山羊の様に見えた。
元の姿を見ただけで人は精神が崩壊する。クロはそう言っていた。
それは僕の事だけでは無かったようだ。
クロは人の姿をやめただけだと言うのに山賊達は正気を失い倒れていく。
クロは直接攻撃なんてしていない、元の姿を見せただけだった。
女の子見て泡吹いて倒れるなんて失礼な話だと僕は思う。
そう、あんなに美しい生き物なのに。
「しかし、これを山羊と呼ぶのは少々無理があるんじゃないかなぁ」
僕は独り言の様に呟いた。
「私が付けた名称では無いのだから文句を言われても困るわ、服、返してちょうだい」
そこには人の姿になったクロが居た。
山賊達は自我が崩壊し、もう知性の欠片も見られない。
「クロ、すごいね。・・・その、綺麗だったよ。すごく」
「そう?ありがとう。嬉しいわ。・・・うん、それより、山賊達のお宝漁りましょう。服とかもあるはずよ。こいつらから剥いでも良いしね」
クロは頬を赤く染めて話しを逸らした。
「へー、そんな事しても良いんだね」
「戦利品よ、合法だわ。殺さなかっただけ優しい処置じゃないかしら?」
クロはそう言うが山賊達は明らかに復帰不可能だ。
目の焦点は合っておらず意味の無い行動を繰り返すだけの肉塊となっている。
このまま死ぬまでさまよい続けるに違いない。
いっそ殺した方が、なんて思ってしまう。
少し移動すると山賊のねぐらだと思われる場所を見つける事ができた。
岩壁の洞穴の前に見張りが一人、のんきにあくびをしていた。
「次はクオンの番よ、行ってきて」
「え、ええ!?どうしたら良いのさ」
「どうしたって良いのよ、向こうも人殺し集団なんだから、殺されても文句言わないわよ」
「そっか、でもどうやって殺せば良いんだろう。人の殺し方が分からないよ」
「じゃあ良い練習になるわね、色々試すと良いんじゃないかしら?」
「うん、分かったよ。クロがそう言うならきっとそれが正しいんだ」
「うふふ、いつかクオンが私をリードしてよ?」
「う、うん」
クロは可愛らしく笑っていた、とても、とても、・・・可愛かった。
戦闘にすらなりませんでした。次こそ戦闘回です。