怒れる黒山羊
今自分が山のどこら辺にいるのかは良く分からない。
とりあえず山の上の方の開けた平地を探り空間を移動してきた。
雲が下に見えるくらいには高い場所にいるらしい。
そして耐え難い強風、移動してきてすぐに風に巻かれ立っていられない。
いくら邪神とはいえ今は人の姿をとっているのだ、身体能力自体は人と変わらない。
目の前に石造りの立派な建物を見つけて逃げ込んだ。
綺麗に切り出された石がアーチ状に何層も積み上げられた高度な技術が使われた建物。
こんな高い場所にこれほど立派な建造物がある事に驚いたが今は有り難い。
まるで礼拝堂の様な造りをしていた。
これから僕がする事、まずは情報。あのマルタとかいう修道女が言うには古のものという奴が何か知ってる可能性があるという。
しかし特長も何も分からない相手を探すのは至難の業と言える。
それでもクロが登ってくるまでに探さねばならない、時間が無い。
「それにしても趣味の悪いオブジェだな」
建物の中には異彩を放つ大きな置物が何体も並んでいる。2メートルはありそうだ。
何かの生き物を模した物だろうか、頭部は五芒星に開いた花の様な形状、背中には折り畳まれた蝙蝠の様な翼、全体的に植物の様にも見える。
僕はその何とも言い難いオブジェをペシペシと叩き繁々と見つめる。
その時だった、それがオブジェなんかでは無い事に気付いた。
僕じゃなくても気付くだろう、動き出したのだから。
そして何となく理解した、コレが古のものだ。
『おまえは敵か?贄か?』
それは頭の中に直接語りかけてくる、意志の疎通が可能なのは有り難いがうるさい。
脳に直接響く声は頭の中を揺さぶり非常に不快だった。
「もうちょっと小さい声出せない?うっかり皆殺しにしちゃいたいくらい不快なんだけど」
『…敵か』
古のものの一人が襲いかかってくる、鞭の様にしなやかな腕が僕に向かって飛んでくるがその腕が僕に届く事は無かった。
古のものの強靭な腕はまるで糸屑の様にいとも簡単に千切れ床に転がっている。
僕の体から泡立つ玉虫色の気泡は、集り球体状となる時空の凶器。
触れるモノ全ての時空を強制的にズラす抗えぬ狂気。
時空をズラされたモノは途方も無い摩擦熱で焼き切れて蒸発し消滅する。
「とりあえず一人殺せば言う事聞いてくれる?僕も時間無いんだよ」
『分かった、…用件を言え』
一人と言いつつ大半を殺すつもりでいたがその必要は無かった。頭が良くて助かる。
「君達に逆らったショゴスいたでしよ?そいつと一緒に居た女の子はどこに行った?」
『この建物の扉から真っ直ぐ進んだ先の崖の下だ』
「崖の…、まだ生きてる?」
『…人サイズの生体反応有り、おそらくあの女だろう』
「状態は?」
『動けぬようだ、生体反応は極めて弱々しい。…いや、何故か急激に回復している』
とりあえず生きている、それだけでも分かって良かった。
しかし会いに行っても良いのだろうか、僕を見た瞬間に洞窟の時の事がフラッシュバックして発狂したりしないだろうか。
「情報ありがとう、助かったよ。代わりに僕も情報をあげる。ちょっとおっかないのが麓にいるよ、もうすぐここに来るかもしれない」
『おまえだけでも十分脅威なのだが…』
そしてやはりソレは来た。予想よりもずっと早い。
クロ本人を確認した訳では無い。しかしクロが来た事はすぐに分かった。
大地が揺れて大きな音と共に建物が傾く、頑強に出来た建物は崩壊まではしなかったものの、ところどころにヒビが入り不安定になっている。
僕は建物から外に出る、クロが本来の黒山羊の姿でそこに居た。
黒山羊とは言っても身体中から触手が生えたその姿は山羊と認識するのが難しい。
そして頭があるはずの部分はただの黒い穴しか無かった、まるで大きな口だ。
クロは前肢を持ち上げ、そして蹄を地面に叩き付けた。
その刹那衝撃波を伴いクレーターが出来上がる。
岩山の内部からバキバキと乾いた音が響いた。
次はとうとう夫婦喧嘩となります(結婚してないけど)




