開かない扉
窓の向こうのおばさんが僕を見てくれた。
見知らぬおばさんだったけど、向こうからも見えるんだって事が少し嬉しかった。
僕もおばさんを見る、魔法使いみたいな帽子を被ったおばさんを。
ただ、見る。見るしかできなかった。
幸いな事に目はたくさんあるみたいだ。
でも、この窓は僕には小さすぎる。向こう側に行く事ができない。
妖精達と楽しそうに壷の中身をかき混ぜていたおばさん。
良いよ、続けて良いよ。見るだけでも楽しいんだから。
おばさんは僕と目が合ってから動かない、目を見開いたまま動かない。
可愛い妖精達は部屋の隅っこに行ってしまった。つまらない。
僕にもやらせてよ。
壺には何が入ってるの?魔法の薬?
僕は窓の中に手を伸ばす、光の帯の様な手を窓の中に入れる。
ふいにおばさんがガタガタと震えだす。
寒いの?寒いの?大丈夫?
僕はおばさんに手を伸ばす。光の帯の様な手を伸ばす。
温めてあげたかっただけなのに妖精達がピィピィとうるさかった。
少しムッとして睨んだら妖精達は大人しくなった。
きっと分かってくれたんだ。僕は危害を加えるつもりなんて無い。
おばさんは口から泡を吹いていた。ガタガタと震えながら泡を吹いていた。
大変だ、僕はおばさんにそっと触れる。
触れた、触れてしまった。駄目だったの?触れては駄目だったの?
おばさんの体中の皮膚がブクブクと赤く腫れ上がる。
・・・これは何ていう病気なんだろう?
楽しそうだから覗いたのに、ちょっと怖かった。
海外の子供向けアニメを見た様な気分になった。
可愛い絵柄なのに突然グロくなるあの感じ。
つまらない、この窓はつまらない。
僕は窓から手を離す、窓はスーッと星々の中へ消えていく。
他にも色々な窓が現れては消えていく。
僕は元の世界が恋しくなった、見覚えのある景色を映す窓を探す。
見慣れた様な風景はあるものの自分の住んでいた場所が思い出せない。
僕の帰る場所はどこだろう。そもそも帰る場所はあるのだろうか。
何故ここに居るのかも分からないのに。
強く、強く願った。帰りたい、帰りたいと、強く願った。
ふと、懐かしさを感じる扉を見つけた。
木で出来た四角い扉。固く閉ざされた普通の扉。
それを見た僕は涙が出てきた気がした。実際に出たのかどうかは分からないけれど。
これは、僕の家の玄関の扉だ。
思い出した、それだけは思い出す事ができた。
帰りたい、入りたい。この扉の中に入りたい。
しかし扉は開かない。鍵が必要だ。鍵があれば開くはずだ。
僕は玄関の扉の鍵を持っていない、どんな鍵だっただろうか。
持っていたはずだ、はずなんだ。
分からない、分からない。
その扉も次第に遠ざかり消えてしまった。
どこか、ここでは無いどこかに行きたい。
鍵だ、家の鍵を探さないといけない。
しかし僕の入れるサイズの窓も扉も、どこにも無い。
鍵、鍵はどこあるの?
その時だった、星々と一緒に瞬いていた全ての窓と扉が消えた。
僕は再び漂った。星々の光の中を漂った。
そして、一つだけ、大きな穴が、・・・現れたんだ。
光を吸い込む巨大な穴。
僕も吸い込まれたら、どこかに行けるのかもしれない。
僕の体は、おそらく球体状の僕の体は吸い込まれる様に穴に落ちていった。
体が圧縮されて小さくなっていく、意識が・・・遠のいた。
クトゥルフ神話に基づいてはいますがかなりオリジナル要素を含みます。
ご容赦ください。頑張ります。