黒
僕の胸の内など何も知らずに、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。
「君の秘密はなに?」
僕が今日話すこと。それは最初から決めていた。
彼女には、知って、受け入れてもらいたい。例え僕が、彼女の一番でないとしても。
「僕は…」
一瞬の躊躇い。それは残された理性が踏んだ、最後のブレーキだったのかもしれない。
「僕は、人の心が見えるんだ」
えっ、と彼女が小さく呟く。さっきまで見せていた、美しい色彩が、すっと消えた。
「本当?」
苦笑いしながら尋ねてくる、その色は、徐々に変化していった。
後悔した。言わなきゃよかった、と思った。
それでも、僕は、立ち止まれなかった。
「本当だよ。」
彼女の色が変わる。
受け入れられなかった。けれど、信じてくれた。直感的に、嘘じゃない、と伝わったのだろう。
それならば、見せる色は決まっていた。
小学生の頃、僕を苦しめた色。
中学生の僕に、絶望を与えた色。
僕がこの世で一番、嫌いな色。
暗い青。
戸惑い、不安、恐怖を表す色。
相手との間に、壁を作ることを意味する色。
「そうなんだ…」
戸惑ったように、彼女は呟く。
「大変そうだね。」
僕を気遣ってくれる、まるで他人事のような、その呟き。
彼女なら、僕を受け入れてくれる。そう信じていた自分を呪った。
人には誰しも、見られたくない部分がある。心の中なんて、人に見せる部分の方が少ないだろう。
それなのに、そのすべてが見られていると知ったら。
恐怖を感じるのが普通だ。ましてや、秘密を一つ教えたあとに。
そう。これが普通なんだ。
彼女は何も悪くない。だから、僕は、笑わなくてはいけない。
僕は席を立って、言った。
「今日はありがと、楽しかったよ」
笑顔が作れていただろうか。
発することのできる言葉は、これが限界だった。
彼女は少し戸惑いながら、またね、と言ってくれた。
無理やり口角をあげて、彼女に手を振る。教室を出て、彼女の姿が見えなくなった。
一人になると、不思議と何も感じなかった。昇降口へ出て、靴をはきかえる。傘を忘れたな、と思った。
外へ出ると、いつの間にかどしゃ降りになっていた。
容赦なく降りつける雨にうたれた、その時。
僕の中で、何かが切れた。
「うあああああああああああああ!!」
叫び声が、雨に消されていく。雨音が、僕に告げていた。
ここには、お前の居場所はない。
僕の涙も、叫びも、すべてを雨が飲み込んでいった。
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