放課後の色
結局その日の授業には、何一つ集中できなかった。
さようなら、と日直の声が響くと、教室の色彩が少しだけ変わる。梅雨が明け、待ってましたとばかりにセミたちが賑やかに騒ぎだす今の時季。教室は様々な色に染まる。
新しい部活への期待と不安を示す、青と黄色のマーブル模様。勉強に向かう落ち着いた緑。恋人と過ごす、ほのかなピンク。色とりどりの花が咲き乱れる庭園のように、鮮やかな色を見せるこの時季の教室が、僕は嫌いじゃなかった。
たくさんあった色が少しだけ薄くなった頃を見計らい、僕はバックから文庫本を取り出した。
余命わずかな女子高生と、たまたまそれを知ってしまった友人が、残された日々を駆け抜けていく物語。しおりを確認してページを開く。
小説の世界は面白い。目を凝らしても、そこには黒と白の二色しかない。登場人物の色彩は見えないから、僕が想像を巡らせることができる。日常では見られない世界を提示してくれる、その本のなかに、僕はいつものめり込んで-
「なに読んでるの?」
突然上から降ってきた、耳をくすぐるような甘い声。完全に本の世界に入っていた僕は、おそらくひどく驚いた顔をしていたんだろう。
目の前にいた彼女は、楽しそうに笑っていた。
「いつも本読んでるよね。どんな本なのかな、と思って」
彼女はやっぱり、透き通った山吹色に染まっている。綺麗だな、と感じていたから、答えるまでに少しだけ間が空いてしまった。
「これ、ベストセラーにもなってるんだ。知ってる?」
そういいながら、ブックカバーを外して表紙を見せる。彼女は本のタイトルを除き込むと、「知らない」と答えた。
「すごい面白いよ。設定としてはありがちだけど、主人公とヒロインの掛け合いが独特だし、平凡な恋愛ドラマにならないところとか、ベストセラーになるものってやっぱりいいものなんだなって。作家さんの表現もすごい、なんていうか優しくて…」
話していて、しまった、と思った。
舞い上がって喋りすぎた。心が見えるのに、好きなものに関してはつい話し込んでしまう。彼女の色彩が、暗くなっていませんように。
恐る恐る彼女を見ると、
さっきよりも、より明るい黄色に染まっていた。
「へぇ、面白そう!今度読んでみたいな。本、好きなんだね。」
純粋に笑う彼女を見て、思った。
やっぱり、僕は君が好きだな。
柔らかい黄色で、すべてを純粋に受け入れてくれる。その色彩が僕の心に、そっと染み込んでいくような気がした。
それから、何度か放課後に他愛もない話をした。
本の話、彼女の部活、勉強、学校生活…
夏も深まり、入道雲やひまわりがそれぞれの色を主張している。
だけど僕の目には、美しい山吹色しか映っていなかった。