淡い桃色の魔法
ボーン…ボーン…
昼休みの終了を告げるチャイムで、自分がまだ次の授業の準備をしていなかったことに気づく。慌てて後ろのロッカーへと向かった。
僕が席に着くと同時に、だるそうな白髪の世界史の先生が入ってきた。
間に合った。安心しながら、ちらりと斜め前へと視線を転じる。
起立、礼。日直の声に合わせてお辞儀をする、彼女の姿がそこにあった。白いTシャツにミニスカートと、シンプルな装いに身を包んだ彼女の色彩は、今日も綺麗に透き通っている。
あの日以来、気がつくと彼女を目で追っている。今まで恋をしたことなんかなかったし、これからもそうだと思っていた。心が読める僕にとって、恋愛なんて茶番だろう。と、たかをくくっていたのに。やっぱり事実は小説よりも奇なり、だ。
世界史の先生はいつも通り、一定のトーンで教科書を流し読みしている。僕はぼんやりと彼女を眺め、物思いに耽っていた。
彼女なら、僕を受け入れてくれるのかな。
今まで僕には、心を許せる相手がいなかった。
いつも一定の距離を置いて、相手の色彩に応じて行動してきた。仕方がないことだと思っていたけれど
彼女と出会って、自分が本心からリラックスして会話ができる、自分を包み込むように受け入れてくれる、そんな相手を望んでいたことに気づかされた。
あの日見た、透き通った黄色を思い出す。
彼女に近づきたい。もっと言葉を交わして、仲良くなって、そしていつか、
お互いの全てを受け入れられる、そんな関係になりたい。
彼女はどんなにつまらない授業でも、好奇の色を滲ませながらきちんとノートをとる。
シャーペンを走らせる、そんな何気ない動作まで美しいと感じてしまうのは、病気に近いものがある気がする。
熱に浮かされる一方、冷静に自己分析をしている自分をおかしく思って、ほんのちょっとだけ笑っていた。
自分の色彩は見えないけれど、恐らく淡いピンク色をしてるんだろうな。
-であるからして、この時ナポレオンがロシア遠征を行ったのは-
BGMのような先生の声が、右から左へ抜けて行く。
この授業はもちろん、この後の授業もすべて、何一つ頭に入ってこなかった。