過去の色
僕は生まれつき、人の心が見えた。
一般的に、「心が読める」と聞くと、上目使いで「大好き…」と言っている女性が心のなかで、(年収は1,000万、まぁまぁね)とか思っていたり、
「国民が第一!」などと謳っている政治家が、(とりあえずAには金掴ませとくか…)と考えていたり、といったイメージなのではないだろうか。
しかし、僕の能力はそれとは違う。そもそも言葉などというものは、人間が自分の中にある感情やイメージを伝えるために作ったもの、いわば後付けだ。だから僕には言葉は伝わってこない。相手のイメージ、感覚、感情が、色彩となって僕の目に飛び込んでくるのだ。だから僕はいつも、心が「読める」ではなく「見える」という。
僕が生まれつきこの力を持っていただろうことは、母から聞いた。
母いわく、僕はよく泣く子供だったらしい。心が色彩となって浮き上がる風景は、恐らく幼子には強すぎる刺激だったのだろう。
物心がついてからは、直感的にそれが人の感情だとわかるようになった。
小学生は、無邪気に人を傷つける。あの頃の記憶として残っているのは、大半が攻撃的な赤色と、海底のような深い青だ。
僕はその二色が嫌いだった。相手がその色を出さないように、相手の色をうかがいながら生きてきた気がする。
母はそんな僕を、感受性が豊かで人見知りな子、だと思ったらしい。無理に友達に合わせさせようとはせず、よく僕と話をしてくれた。僕もそんな母が大好きだった。
中学生になると、あからさまに攻撃的な赤色を見ることは少なくなった。しかしその代わり、色彩のところどころが、黒くくすむようになってきた。
僕はその黒に飲み込まれないよう、必死で周りに気を遣った。誰も敵にしないように、誰にも嫌われないように。
友達は増えた。だが、彼らが僕と一線引いていたことは明らかだった。もしかすると僕のほうが、無意識に彼らとの間に壁を作っていたのかもしれない。
僕にはたくさんの友達がいた。だけど誰にも、心を許したことはなかった。
僕が母に、自分の能力を打ち明けたのは、この頃だったと思う。
なぜ、そんなことをしたのかはわからない。単に孤独に耐えられなかったのか、それとも母を試したのか。
それでも、僕が母に能力について伝えた一瞬後、母が見せた色を忘れることはないだろう。
戸惑い、不安、恐怖。傷つけられた小学生が見せた、暗い青。
もしかすると、それはほんの一瞬のことで、そのあと母は僕を受け入れてくれたかもしれない。
だけど僕はその色を見た瞬間、反射的に、笑っていた。
冗談だよ、ビックリした?結構リアルだったじゃん?
母の色彩は緑に変わった。安心と、落ち着きの色だ。
だけどそれからは、母の前で怪しい行動をするのは避けている。その一件の直後、母の中にまだわだかまりが残るうちは、あえて鈍い子を演じたりもした。
それから、言い様のない孤独感と空虚を感じながら、同じように高校生活を送ってきた。
僕を理解する人は誰もいない。僕はただ、このカラフルな世界を美しく保つため、調和を崩さずに生きるだけ。
これまでもそうだったし、これからもそうだろう。そう思っていた。
そんなとき
彼女と出会ったんだ。