ウクス渓谷-1
ウクス渓谷は川と桜が名物の観光地であるが、なぜか戦の拠点にしやすい地形である。あくまでしやすい地形があるだけでモンスターなどが多く出てくるのだが……今は関係なかった。
「………まさかこんな奴と闘う事になるとは思わんかったわい。じゃが、相手にとって不足は無しかのう……。」
「がッハッハッ!確かにそうじゃのう。歌舞伎役者とやくざが相まみえようとは思わんわなぁ。だがしかし、儂は負けはせん。全力で掛かってくると良いわ!」
そんな中でテンレが出会った将軍は朱に近い赤色の和傘を片手に持ち、テンレと同じ着物姿であった為、最初はどちらも自分と同じなのでは?と感じていたが……お互い話してみると全く別物であると理解したのだ。
「しかし歌舞伎役者の中でも人間国宝に選ばれた事のある國丸屋の家元であるアンタとこうして対峙するとは思わなかったが……せめて白粉くらいはやっていて欲しかったのじゃがな。」
「残念な事にまだ見つかってないんだ。それに人間国宝だなんて言うのは辞めてほしいわい。そうなった直後に孫娘庇って車に轢かれ引退したんだからよぉ。」
実際に彼……國丸 安城は人間国宝と称されるほどの実力があった。しかし孫娘を庇ってトラックに轢かれてしまい、人間国宝と認定された後に1度も舞台に立たぬまま引退した。リハビリをどれだけ行ったとしても満足のいく舞台を作れない事が分かっていた。つまらぬ意地を張りたくなかったというのが本音なのだろうが……彼はそうせざるをえなかったのだった。
「この世界に来て歌舞伎を広めようにも舞台がねぇ。だから戦で華咲かせようって事にしたわけだ。だが流石に見てらんねぇ奴も多くなっている訳でなぁ………正直言って一抜けしたいねぇ。」
そう言いながら國丸は和傘から仕込み刀を抜き出す構えを取った。それに合わせてテンレも大太刀に手を添える。ただそこに殺気などは無く純粋な勝負を望むことが伝わってくる。実際彼は単独でここに来ており、他の兵士はいないのである。
「だが、アンタと華を咲かせたい気持ちは変わらない。天錬組の初代組長と死合う事なんぞ滅多にない訳だ。ここは一回闘ってみるのが良いだろう。」
そうしていると神の悪戯か強風が吹き荒れて桜吹雪が2人の間を通り抜けた。それを合図にしたのか2人は自分の刀を抜き出し鍔迫り合いを始める。これは殺し合いでは無く死合い……どちらかの矜持が崩れた時が決着となる正々堂々とした闘いなのであった。