アカサ樹海-3
今回の戦闘で黒姫がリリッドにした催眠の内容は『味方になれ』という暗示だけだった。だが、人間という者は自分がやりたくない事に関しての催眠に対しては強い抵抗力がある。その為この世界で素人が催眠術を使う際には段々と条件を緩和していく様に暗示を掛けながら行う事が普通である。
しかし黒姫の使う催眠術を成功させる条件はあまりにも少ない。実際『相手側が催眠内容に完全な否定をしていない事』『催眠を掛けていない、または解除した後である事』の2つだけだ。その為『その場で死ね』や『奴隷になれ』等は出来ない代わりに肉体の変化を起こすレベルの催眠が可能となっている他、【王魂の林檎】等の万能な回復アイテムを使わない限り解ける事は無い。
黒姫の催眠によって起こる催眠の変化は剣城の胸に向かうはずの栄養が体全体に行くようになり絶壁+長身というスタイルになっていたのが例となるだろう。まぁ、これは剣城が『女らしい体形になってバレたくない』という思いがあったからこそ成功しているのだが……これはまだ序の口である。
拒否されなければ『右腕をプラモのパーツみたいに取り外せ』や『男から女性になれ』等も何日か掛けて脳からの指示で体を作り直し、実現させる事が可能だ。しかしこの様な催眠は掛けた本人である黒姫でも解ける事は無い為了承する様な者はいないのだけど。
ただ、今回はリリッドが他の2人の将軍のやり口を不快に思っていた事、正々堂々と闘おうとせずに弱者を殺す様な者の存在を容認している事から正直迷っていたのだ。そんな中で黒姫の『味方になれ』という催眠で完全にリューミケル軍帝国からエグランシーバへと所属を替えていったのだった。
「………なんか、納得いかない勝ち方ですね……。」
「仕方ないよ。あちらの国の兵士の殆どはリューミケル軍帝国の民である事が最高だと植え付けられている者ばかりだった。むしろリリッドがそんな思考に染まらずに生きて来れた事が奇跡だと思うよ。」
「でもこの人を国に置いて黒姫さんは着いてくるんですよねでもそうなると私の立場というか役割が無くなってしまうというか被るというかなんというか非常に申し訳ないのですがこの世界で最初の同行者になったにも関わらずあまり目立った活躍をしていない私とここまで強い黒姫さんとでは私が置いてかれてしまうので本音ではそうならない様にして貰いたいけどマスターの安全の為には私が降りないといけないのではと……。」
リリッドを軽々と陥落させた黒姫の催眠術を見てランタンは不安そうな目で黒姫を見る。だが、黒姫は飄々とした雰囲気でランタンの頭をポンと叩いてからこう言うのだった。
「剣城はそんな理由でランタンを放り出したりはしないよ。私の親友でランタンのマスターである剣城を信じなくてどうするの。」
その言葉を聞いてランタンは不安がかき消された様な表情を見せた。しかしこの戦が終わった後、剣城にとって最も従者らしく、最も親友らしい刺客が現れる事を2人はまだ知らなかったのだった。