私はおじさんを婿にする。
私視点。
おじさんが隣の家に引っ越して来たのは、私が10才の時だった。
おじさんと言っても血縁関係はなく、隣に住むお兄さんと呼ぶには些か年をくった男、と言う意味でそう呼んでいる。
そのおじさんと初めて会った時、私は大泣きをした。
見た目が山賊そのものだったから。
無造作に延ばされた髪や髭はその容貌を隠し、少しだけ覗く瞳はぎらついていて…
正直、私でなくとも泣くと思う。
ここだけの話、7才上の兄さえ大泣きする私の隣で涙目になっていた。
後に聞いた話では、引っ越しの挨拶に来たらしいおじさんであったが、そんな穏やかな様子は微塵も感じられなかった。
私たち家族をひと睨みして一言、「オウスターだ」と氏だけ告げて帰ったおじさん。
「山賊が来た!」と恐怖して早めに布団に入ったその翌日、せっかくだからと夕食におじさんを招いた母の行動に度肝を抜かれた事は、今となってはよい思い出である。
食事が始まって一時間後には、おじさんから名前だけでなく出生地や年齢、職業や家族構成諸々の個人情報を自然な話の流れより引き出していく40女の本領には更に度肝を抜かれた。
我が母ながら何という手腕…!!
そして閉鎖的な村を駆け巡る、おじさんの個人情報。
10才の私ですら話を聞かずともわかっていた。
おじさんが訳ありでこの村へやってきたってこと。にも関わらず、ズカズカバスッと切り込む40女は伊達じゃないな、とつくづく感じた。
エドワード・オウスター、36才。
オウスター村出身の元傭兵。
戦での負傷は片足を引き摺るという後遺症を残し、その症状は彼から傭兵という職を奪い、その結果彼の妻は稼ぎのある男と逃げた。
おじさんが我が村へやってきた三日目から「ねえねえ、奥様ご存知?」の後に続く定型文かのごとくあちらこちらで囁かれていた。
そこを目撃するたびに私は心の中で大泣きした。おじさんが不憫で。
だから柄でないにも関わらずついつい助けてしまった。自分について、尾ひれのついた噂をしているおばさん達を目撃してしまったおじさんを目にした瞬間に…
「おじさぁん!家の母さんがまたご飯食べに来いってさ!」
大声で話しかけると、おじさんが居る事に気付いたおばさん達は一応噂話を止める。
止めた上で改めて「あらあらはじめまして、オウスターさん」とおじさんに話しかけていた。
笑顔が自然すぎて、まじで鋼の心臓だな~と感心してしまう。
そして家の母に揉まれていた時のごとく、近所のおばさん達に一通り揉まれたおじさん。
あぁ、不憫。
この一言に尽きる。
「見た目山賊なおじさん=怖い」の方程式は「見た目山賊なおじさん=かわいそう」へと変化したため、私のおじさんを見る目はだいぶ変わってしまっていたのだろう。
「………そんな目で見ないでくれ」
低い声でそう呟かれた。
無精髭をせわしなく撫でるその様子から、戸惑いが見て取れる。
ぎらついていると思っていた瞳は、今や不安に揺れている事が10才の私にも手に取るようにわかってしまい…おじさんの服の袖をギュッと掴んで一言。
「人の噂も75日って言うし………ね」
「……………」
これが私とおじさんの1対1でのファーストコンタクトである。
「ん?」
「ん」
「………ん」
「ん」
「ん」
あのファーストコンタクト以来、私とおじさんは「ん」で会話が出来る間柄となった。
ちなみにさっきの会話は
「ん?(どうしたチビ?俺の家の前で)」
「ん(母さんが持って行けって言ったから、夕飯持ってきてやったよ)」
「………ん(そうか。さんきゅー)」
「ん(いいって事よ。母さんの料理は旨いよ。しっかり食べな)」
「ん(わかってる、わかってる。さんきゅー)」
この会話を聞いていた兄に即つっこまれた。
「お前らは何十年も連れ添った夫婦か!?」と。
「「ん?(んな訳ないだろ)」」
兄への返しも「ん」で済んだ。
(んな訳ないだろ)まで理解しているのは私とおじさんだけだけど。
ここまで距離が近付いたのには理由がある。
理由と言うよりは、原因と言った方がいいのかもしれないが。
件の後遺症により、おじさんは足が悪い。
特に村へ来たばかりの頃はよく転んでいた。
家のリビングで転び、森の入り口で転び、川の側で転び………このおっさん、まじアブねえ!と肝が冷えた事 数十回。
こんなのでよく傭兵なんてやってたな!と本人に言った事数十回。
その度に「…ん」と唸るおじさん。
10才そこそこの小娘に馬鹿にされているにも関わらず、声を荒げるどころか反論さえしなかったおじさんに、好感を持ったのが始まりだった。
今思えば、仄かに恋心も混ざっていたのかもしれない。
それからというもの、私はおじさんにまとわりついた。
最初は転んだおじさんを起こすのが私の仕事!並のまとわりつき方だった。
が、じょじょにおじさんを転ばせないのが私の仕事!に変化していった。
まさにべったり状態。
母さんが作った夕食を、おじさんの家で2人で食べるのもよくある事だった。
そこで交わされる言葉。
「んーーー!(母さんのビーフシチュー最高ーーー!)」
「ん!!(旨っ!お前の母ちゃん、本当に料理上手すぎだろ!!)」
「「んんん!!(幸せっ!!)」」
やはり「ん」で事足りるっていう…
こんなべったり状態にも終止符が打たれた。
私が15才、つまりこの国でいう所の成人女性になった瞬間に。
「もう来るな」
おじさんの「ん」ではない声を久々に聞いたなーとのんきに考えていると、持ってきていたお母さんの料理を取り上げられ、ドアを閉め切られてしまった。
ちゃっかり料理を奪い取る、そんなおじさんの現金な所が私は好きだ。
昨日までより、かなり距離をとられてしまったが私は喜んでいた。
おじさんの中で「成人女性」にカテゴライズしてもらえた故の距離置きだったから。
家に帰って私は宣言した。
「おじさんを婿にする」と。
両親と兄と兄嫁と甥に問われた。
「婿とりすんの?え?お前が嫁に行くんじゃなくて?」
婿とり宣言は私の家族的にかなり意外だったらしい。
が、しかし、嫁に行くのは私の意志に反するので応じる事はできない。
おじさんは、私の婿になるべきなのである。絶対に。
そう熱弁しようとする前に家族は折れた。
曰わく、私の好きにしたらいいのだと。
曰わく、私は自分の考えを簡単に変える女ではないので話し合う時間が無駄だと。
曰わく、私とおじさんが幸せなら何でもいいのだと。
15才。
大人の女になったその日、私はおじさんにプロポーズした。
裏庭で摘んだ花を綺麗に包んで。
母が用意してくれていた、誕生日プレゼントでもある一張羅を着て。
兄嫁にうっすら化粧をしてもらって。
父と兄と甥に馬子にも衣装とからかわれながら、隣の家のドアを叩いた。
ーーーお婿さんになってください。
そう言おうと決めていた。
けれど、ドアが開きおじさんを見てしまうと違う言葉が口を出た。
「………ん」
その胸に花束を押し付ける。
ちらりと見たおじさんの顔は、真っ赤に染まっていた。