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ゴッド・デュオ・グラディエーター

 無――――。

 潮風が二匹の間を通り過ぎる。金属の体表を、白い筋肉を撫で回す。切り取られたフィルムのような光景。一枚の絵。題名・激闘の予感。

 風が吹き止み、先に動いたのはケンタウロスのほうだった。大気を震わせながら咆哮し、身を屈める。跳躍態勢。そして一気に跳んだ。瞬きする間もなく、百メートル以上の高さまで到達する。銀色のハルバートが合体アヴィスーツの喉元に迫る。

 ガルーダ+ヴェネーノ、Gヴェネーノは空中を横に滑ることでそれを回避した。ハルバートが空を切る。反重力ユニット・AGSによる浮遊。ブーストポッドによるプラズマジェット噴射。ただ念じるだけで、空中を縦横無尽に移動できる。

 驚愕をあらわにしたケンタウロスに、Gヴェネーノの脚が触れる。途端、巨体が弾かれたように地面に落下した。跳んできたときよりも速く、ビッグサイト前の床にめり込む。衝撃で吹き飛ぶ案内板、アニメのポスター。巨大な液晶ディスプレイが轟音とともに砕け散る。

 限定的なベクトル操作。フットアーマーに搭載された、衝撃吸収用AGSのちょっとした応用。飛び掛ってきた敵を迎撃し、地上へ送り返すメテオスマッシュ。Gヴェネーノならではの空対地攻撃により、ケンタウロスはその動きを止める。

 その隙にGヴェネーノが両手を敵に向かってかざす。手の平には、球形のクリスタルが一個ずつ装着されていた。それが水色に発光する。

「ファイヤ(発射)」

 アンタレスの音声コードとともに、クリスタルから水色のレーザーが照射された。白い帯を描きながらケンタウロスに命中し、たちまち同じ色に染まっていく。激痛にケンタウロスがのたうち狂う。いままで経験したことのないダメージ。

 被弾部が凍り付いていた。

 粒子照射システム、パーティクルユニット。超低温の先進波メーサーによって目標を摂氏-200度にまで冷却し、動きを封じる。それだけではない。生物の細胞をも壊死させ、機能を完全に奪うことができる。壊すのではなく、殺すためのアンチバイオウェポン兵器。

 凍ったケンタウロスの体表がドス黒く染まる。機能を阻害された血管が破裂し、内出血を起こしていた。生体戦車は雨のように降り注ぐメーサーを避けようと、目の前のビッグサイト内に駆け込もうとする。

(させるか)

 右のブーストポッドのハッチを開き、八連装ミサイルポッドから一発だけ得物を射出した。ロケット推進、黄色に彩られた弾頭がケンタウロスの前で炸裂。甲高いブレーキ音のような高周波と、猛烈な閃光が一帯を包み込んだ。馬の脚がたたらを踏む。

 スタングレネードミサイル。非殺傷特殊制圧装備によって動きを止めているうちに、Gヴェネーノはケンタウロスの後方に移動。四本の脚にレーザーを照射する。空気中の水分を氷に変えながら直進し、徐々に敵の行動を封じていく。

 幻想的なアート。まわりの空間から隔絶され、白い世界がケンタウロスを侵食していく。Gヴェネーノによる対生物兵器用戦闘マニュアル。一定の距離、絶対安全圏である空中から冷凍レーザーを照射し、目標を制圧する。冷凍兵器を使用することで、火器による被害を抑制することもできる。一石二鳥の殺獣ミッション。

 通常ならば、一石投じられるまでもなく、ガルーダとヴェネーノの勝利に終わる。

 だが相手は普通ではなかった。

 凍りついた金属プレートがパージされ、全身の皮膚があらわになる。イボのようなものが無数に生えた異形の肉体。植物のつぼみのようにも見える。それらが四方八方、一斉に飛び散った。

 迫り来る謎の物体。アンタレスは驚くも、冷静に対処する。手の平を腰の横でかざし、クリスタル内部ミラーの反射角を変更、照射した。Gヴェネーノの前面に展開する拡散レーザーの傘。それに物体が触れた瞬間、爆ぜた。

 生体爆弾の放つ紫色の爆風。物凄い衝撃。殺しきれず、装甲が軋む。被害拡大。周囲のオブジェクトが吹き飛ばされていく。逆三角形の高層建造物、ビッグサイト会議棟の壁面が崩れ落ち、一角がまるごと抉り取られた。地面に降り注いだ瓦礫がアスファルトを砕き、砂埃がもうもうと立ちこめる。

 一面に咲き誇る、ヴァイオレットの花畑。

「っ! これは」

 突如としてフラッシュバックした光景に、思わず顔をしかめた。湧き上がる不快感、後悔、憎悪。――花、元凶、存在理由。テクノカラミティの引き金。自分が傭兵となった要因。アンタレスの有用性、――――贖罪。

 ふつふつと立ち込める感情。連想してしまった過去の記憶。否定するように頭を振る。今は戦いに集中すべきだ。余計なことは考えない。

 奴を、潰す!

 花のように咲き誇る生体爆弾を封じる。ケンタウロスはまだ動けないようだが、皮膚の表面のつぼみは瞬く間に再生している。左のミサイルハッチをオープン。銀色に染められた弾頭。ありったけのミサイルを発射した。

 飢えた鮫、ヴェノニウム弾がケンタウロスの肉体に殺到する。つぼみのある場所に喰らい付き、爆発と同時に金属片を散布した。それがケンタウロスの細胞分裂を阻害し、ボロボロと生体爆弾が枯れていく。銀色の雪に埋もれていき、肉体の機能を奪われたケンタウロスが苦しみもがく。

 叩きつけられるミサイルと、レーザーの波状攻撃。アンタレスは冷静に、心は熱く。先ほどのイメージを埋没させるかのように、ただ世界を塗りこめていく。

(次で終わりだ)

 電気信号によってGヴェネーノのシステムと連動。武装選択、アブソリュート・ゼロ。オレンジのデュアルアイが発光し、胸部のクリスタルがエネルギーチャージを開始した。ヘッドディスプレイ内のHUDが、氷塗れのケンタウロスをロックオンする。

 頼もしい相棒、ガルーダの咆哮=報告。チャージが完了した。どことなく自分を鼓舞してくれているかのような響き。アンタレスは一体となったガルーダにうなずきかけ、胸を張るようにケンタウロスにクリスタルを向けた。

 エネルギー収束率120パーセント。オウラクリスタル反射角調整終了。空気、湿度、風向、大気状態に問題見られず。周囲に動体反応なし。――発射準備、完了。

「ファイヤ!」

 アンタレスが叫ぶ。直後、エネルギーの奔流が一帯を白銀に染め上げた。腕のものとは比較にならない高出力レーザーがケンタウロスを直撃。体だけでなく周囲五十メートル四方を完全に凍結させた。

 ――完全なる虚無。氷の世界。その中では、いかなる生命も存在することを許されない。

 ヴェネーノがガルーダと合体することで使用できる最強兵器。アブソリュートゼロは-273.15℃、つまり絶対零度のレーザーを対象に照射し、分子レベルで凍らせる。

 だがその反動は凄まじい。Gヴェネーノの装甲までもが、純白に染まっていた。照射部分のクリスタル周辺にはつららが張り、凍りついたヘルメットの内側で、オレンジのカメラアイが弱々しく明滅する。腕のマニュピレーターも開閉できず、パーティクルユニットが使用できなかった。

 へッドディスプレイに表示される警告。エネルギー最充填までの所要時間、十四秒。胸部、椀部装甲の凍結。頭部レーダー、カメラアイが凍結により使用不可。閉ざされた視界の中でブースターを巧みに操り、動けなくなったGヴェネーノを着地させる。

 回復処置。予備ジェネレーターを起動。排熱とブースターを利用して機体各部の氷を溶かす。蒸気と冷気が混じりあい、汗のように滴り落ちる。戦いを終えた勇者の勲章。頭部機能が復活し、視界が戻る。

 視線の先には、一体のスタチューがあった。白銀に染まり、何人もの人間を殺戮した生体戦車。氷に覆われた体が動く気配はない。立ち込める冷気が、魂が抜けるように気化していく。光が反射し、キラキラと輝く様子は、さながらひとつの芸術作品のようだ。

 そのあちこちが、ボロボロと崩れ落ちていく。凍結により細胞が壊死している。あの状態では、とても生きていられまい。

「終わった……」

 アンタレスはほっ、と息を吐いた。強敵との戦いに、何とか勝利することができた。中東でのオクトパスよりも強大で、底力が知れない生体兵器。使命感、高揚感よりも、得体の知れない相手に対する不安、焦り、そして恐怖が消え去ったことに安心する。生の実感。

 そして過去を連想させるようなビジョンが、アンタレスの中で霧散しつつあった。花。特に紫色のものが苦手だった。それを思い起こさせるようなあの光景。おそらく偶然の産物だろうが、心が乱されたのは事実だ。自身の弱さを再認識。

 二つの思いをかみ締めて、明日への一歩を踏み出す。その前にすべきことがあった。

 ケンタウロスを見つめ、目を伏せる。冥福を祈るように、気持ちを込めて頭を垂れる。あの生体兵器はもはや屍。罪はなく、テクノカラミティの被害者に過ぎなかった。――魂の開放による救済。たとえ偽善であっても、やめるつもりはない。

 自分にはテクノカラミティを止めなければならない責任と義務がある。

(眠ってくれ。どうか静かに、安らかに)

 黙祷を終えたアンタレス。のんびりしている暇はなかった。エステと連絡を取り、合流する必要がある。ヴェネーノの再起動まであと六秒。行動の算段を整える。

 目の前の氷像が砕け散った。

「何っ!」

 白い靄の中に、薄い桃色の物体が見えた。筋肉がむき出しとなったケンタウロス。壊死した肉体表面を強制的に排出し、回復と軽量化を果たした。憤怒の形相。焦点の合っていない目。甲高いうめき声。瀕死の重傷なのは間違いない。それでも、蓄積したダメージを無視してGヴェネーノに突進する。

 神速。

 百メートル以上あった距離を一瞬で縮める。拳を振り上げ、合体アヴィスーツに殴りかかる。Gヴェネーノはまだ動けない。防御不能、回避不可。

 棺おけと化した装甲。アンタレスはその中で目を見開く。油断。不覚。生体兵器とはいえ、命の持つ力を侮っていた。数秒後には吹き飛ばされ、肉体がめちゃくちゃになっているだろう。

 懺悔の時すら許されない。目の前に迫る拳。

 そして死の一撃が打ち込まれる直前、黒い影がGヴェネーノの前に躍り出た。

 


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