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ゴッドバード・イン・ミッドナイト

 阿鼻叫喚。アリーナは生き地獄と化した。19式の焼夷グレネード弾があたりを火の海にし、その中をケンタウロスが駆け抜けていく。白銀のボディに深紅の炎を纏い、巨大なハルバードを振るう。その一撃を防御しようとした何体かのアヴィスーツが吹っ飛ばされた。増加プロテクターにひびが入り、斬られないまでも内蔵がぐちゃぐちゃにかき乱される。

 観客席は瓦礫にまみれ、ゲストたちの死体が炎に飲まれていく。立ち込める黒い煙は、まるで彼らの溜め込んだ瘴気のように、この空間をもくもくと満たしていった。

 半身半獣の生体戦車が、19式を次々と葬っていく。火器を使用することなく、手に持った戦斧のみで公安の狼たちを狩っていく。だが無傷ではない。何発かグレネードを喰らい、装甲がところどころ砕け散っていた。燃焼性の液体がこびりついているのか、被弾した皮膚が青白く燃えあがっている。

 それを意に介することなく、ケンタウロスはただ獲物を追い続ける。状況は公安の優勢に見えるが、数が減れば攻勢は相手に傾く。もはや時間は残されていない。

「エステ、俺はガルーダと合流する。サポート頼む」

「了解ですわ」

 いつの間にか変装を剥ぎ、スニーキングウェアをあらわにしたエステが応えた。とにかくここから抜け出し、上階に向かう必要がある。ハルバードをライオットシールドで受け流す19式。それを横目に見つつ、アンタレスたちはエレベーターホールへと向かう。――何とかこらえてくれ。

 そこにひとりの男が立ちはだかった。先ほどの公安警察官だ。

「止まれ! お前たちを確保する。無駄な抵抗はやめろ」

 まだこちらをオークションのゲストと認識しているらしい。

「待ってください。我々は日本政府から極秘裏に派遣されたスターライト・バレット所属のエージェントです」

「スターライト・バレットだと? まさか、わざわざ日本にまで押しかけてくるとは。そうなれば、ますますお前たちに勝手な真似をさせるわけにはいかない。あのバケモノも、お前たちが呼び込んだんじゃないだろうな?」

 怒気を帯びた言葉が、アンタレスの胸に突き刺さる。日本の警察は、特に縄張り意識が強いと聞く。そうでなくとも、権力者が生体兵器を持ち込み、こうして大暴れする事態にまで発展している。いくら任務のためとはいえ、極秘裏に行動していた自分たちに非がないとは言い切れない。

 情報を公開して警察にまかせていたなら、被害は確実に押さえ込めたかもしれない。だがそうなれば、スターライト・バレットが介入する余地がなくなる。かならず日本だけでケンタウロスを排除しようとするだろう。

 スターライト・バレットの存在が、あまり表舞台に立つことはない。最新型アヴィスーツをはじめとした戦力的優位性。それを保つために、情報の流出は最小限に抑えられている。存在そのものは認知されているものの、その詳細までは把握されていない。

 ヴェネーノと同じくマボロシ、蜃気楼のように虚ろな存在。それ故に、悪い風評が立ち込めることもあった。利益の独占、手柄の横取り、交渉の不透明性。ひと言で表すならば、信用ならない。今回のような極秘、排他的な行動も珍しくはなかった。

 全てはテクノカラミティを防ぎ、秩序と平和を取り戻すためだ。それでも、スターライト・バレットの体質は全ての人間に受け入れられるようなものではない。アンタレスはそれを自覚しているし、批判する人間を責めるつもりもない。

「おっしゃりたいことは分かります。しかしこのままケンタウロスを暴れさせればいたずらに被害を拡大させるだけです。ここで食い止める為に、我々にも協力させてください。お願いします」

 彼に対し、深々と頭を下げる。一瞬、男は拍子抜けしたような表情を浮かべた。意外そうにアンタレスを見つめている。

 アンタレスは理解している。日本の秩序を守るのは、警察官である彼らの役目だ。国を守る使命と誇り。それを自分たちが踏みにじり、傷つけている。まぎれもない事実だった。

だからこそ、立ち止まるわけにはいかない。ケンタウロスを野放しにすれば、犠牲は増えるばかりだ。危険を顧みず、この場に踏み込んだ彼らをむざむざ死なせるわけにはいかなかった。――エージェントとしてではなく、ひとりの人間として。

「駄目だ。確認が取れなければ、野放しにしておくわけにはいかない。バケモノの相手は我々だけで充分だ。部外者は引っ込んでろ!」

 なおも食い下がる男。先ほどの勢いは鳴りを潜めたものの、あくまで警察だけで対処するつもりらしい。凄まじい威圧感。信頼できないのは分かる。だが彼らだけでは、被害を防ぎきれない。それほどまでに、ケンタウロスの脅威は凄まじい。

 やはり口先だけではどうしようもない。打開策を考えていると、エステがアンタレスを庇うように進み出た。

「あらあら。野蛮な方だとは思っていましたが、そのうえ分からず屋ときましたか。まったく、困った方ですわね」

 たしなめる、というよりは見下したかのような口調。軽蔑の眼差し。エステと男の視線が交錯する。エステがスニーキングウェアの胸元に手を入れる。二人の間の空気が張り詰めていく。

 そしてエステが取り出したのは、WHOの紋章が入ったライセンス手帳だった。男に見せ付けるように突き出す。

「この通り。私たちはWHOに正式に認められたエージェントですわ。対バイオテロ法第22条。加盟国で生体兵器による甚大な被害が想定される場合、エージェントは独自の判断で行動することができる。これは日本政府、外務省、厚生労働省などによって認められた正当な権利です。日本はWHOの正式な加盟国。よってあなたには、私たちを拘束することはできないのですよ」

「ぐっ……」

「それにこのままでは、あなたがたのアヴィスーツ部隊は全滅。ケンタウロスがホテルの外に飛び出したりでもすれば、ますます収拾が付かなくなりますわよ。元はと言えば、安中の動きを察知できなかったばかりか、ケンタウロスの密輸を防げなかった日本が招いた結果です。これ以上の無礼はあなた、ひいてはあなたの所属する公安の責任問題になるのではなくて?」

 冷ややかな視線でエステが畳み掛け、男は完全に沈黙してしまった。否定しようのない事実。確かに、日本はWHOの対バイオテロ条約に加盟している。名前を連ねた以上、定められたルールには従わなければならない。

 そして日本がアンタレスたちの行動を認めている以上、例え知らされていなくとも、公安に彼らを止める権利はなかった。

 権力を傘に相手を黙らせる傲慢な行為。エステはその役回りを自ら引き受けることで、目の前の男を説得してくれた。

 彼女には嫌な役を演じさせてしまった。謝罪しようとしたアンタレスに、エステがウインクを返す。温かな彼女の想い。――お気になさらず。あとは私にお任せを、アンタレス様。

 お互いうなずき合う。19式の一体が吹っ飛ばされ、すぐ真横に転がり落ちる。三十体はいたアヴィスーツの数は、今や半数以下にまで減少していた。もはや躊躇している暇はない。アンタレスは男に会釈すると瓦礫を飛び越え、エレベーターホールへと駆けていった――。

 公安の男は、それを黙って見送るより他なかった。拳に爪が食い込み、口元から歯軋りが聞こえる。彼とて理解していた。ケンタウロスを止めるほどの力を、今の警察は持ち合わせていない。だとすれば外様であるスターライト・バレットに、力を借りるより他ないということを。

「心中お察しします。先ほどはあのようなことを言いましたが、あの方だけは信じていただきたいのです」

「何?」

 ふと、エステがつぶやいた。遠ざかっていくアンタレスの背中。それを愛おしそうに、哀しそうに見つめていた。

「仕事でも、義務でもありません。あの方は、心の底からバイオテロを阻止しようとしています。誰よりも優しくて、強い方だから」

 男にはその言葉の半分も理解できなかった。アンタレスがどのような人間なのか? 傭兵にしては礼儀正しいといったくらいか。うちに秘めた感情など分かるはずもない。だが先ほどまでの傲慢さが鳴りを潜め、慈愛に満ちたエステの瞳。

 信じていいのかもしれない。思わずそう思わせるほど、緑の宝石はきれいに透き通っていた。


 アンタレスは階段を駆け上がり、4階のイベントホールに到達した。エレベーターは警察によって電源が落とされ、使用不可能な状態となっていた。問題ない。あらかじめ想定されていた事態だ。意識を集中させ、意識を電気信号にして飛ばす。

 来た!

 壁面ガラス越しに気配を感じる。どんどん近づいてくる。漆黒の空を切り裂くように、超高速で向かってくる。東京の摩天楼の合間を縫って、そのシルエットはじょじょに形を成していく。

 そして神の使いは舞い降りた。

 ガラスを突き破り、鳥型MFD(マルチフォームドローン)・ガルーダがアンタレスの目の前に着地する。全長三メートルほどの小型ロボット。砕け散ったガラス片の反射光がミラーボールのように、ガルーダを煌びやかに照らしていく。

 海洋迷彩に彩られたボディ。鋭利なレーダーアンテナを装着した頭部。反重力システム・AGSを搭載したウイングユニット。背面に搭載されたプラズマジェットエンジン兼ミサイルポッド。多機能なクローユニットには、細長いコンテナを懸架していた。

「よく来てくれたなガルーダ。さっそくコンテナの展開を頼む」

 ガルーダが嬉しそうに応える。戦車型のアルター同様、ガルーダのAIも意思を持ち、コミュニケーションを取る事ができる。ただし空戦における処理能力にリソースを割いている為、言語を発することはできない。仕草と金属を軋ませて鳴くことにより、エージェントと意思疎通をはかり、共存している。

 アンタレスにとってMFDは単なるサポートメカではない。固い絆で結ばれた仲間だった。そんな相棒の求めに応じて、ガルーダはコンテナを直立させる。まるで串刺しマジックで使われるような形状。どことなく、まがまがしい雰囲気を纏っている。アンタレスがハッチに手をかざてアクセスすると、電子音と共に分厚い扉が開いていく。

 鎮座している紅いアヴィスーツ。そこに身を滑らせ、腕と脚をむき出しの装甲にはめ込む。内部が膨張し、体と密着するのを確認して、起動コードをコール(音声入力)した。


 クロス・オン!


 扉が閉まり、装着プロセスがスタートする。意識が装甲とリンクし、電子結合する。

 バイタルチェック・OK。擬似ニューロンが形成され、カーボンナノ繊維がスーツの上から貼り付けられる。装甲が全身に覆い被せられていく。

 ニューロンリンク・確認。エアフィットシステムが作動し、空気圧によって全身の繊維、装甲が密着する。神経が直結され、紅いボディを自分の皮膚として知覚する。ヘルメットが装着され、各種センサーが起動した。

 メインカメラ、サブセンサーともにオールグリーン。中心部分の四対のカメラアイ、バイザーに覆われたそれらの上下に二対の複合センサーユニット。計八対の眼が緑色に輝き、コンテナの扉が開け放たれた。

「ヴェネーノ、実装完了!」

 わずか7・2秒。スターライト・バレットが所有する最新鋭アヴィスーツ、ヴェネーノが光臨した。薄暗い室内。窓から吹き付ける風が全身を横切っていく。降り注ぐ摩天楼の光が装甲に映りこむ。カメラアイが発光、アンタレス=ヴェネーノが一歩を踏み出す。

 脚に力を込め、駆け上がってきた階段を見据える。――このままアリーナへと直行する。ターボシステムを起動。加速シークエンスに移行しようとして、突き上げるような振動がホテル全体を襲った。地震か? 下から聞こえる何かを砕くような轟音。けたたましい咆哮が、外に響き渡る。

 ヴェネーノは慌てて窓へと駆け寄り、見た。アリーナにいたはずの生体戦車が、道路で鋭い雄たけびをあげていた。その周囲を警察の機動隊が包囲している。それらを床に転がったおもちゃのように蹴飛ばし、ケンタウロスが疾走した。最悪の状況。――ホテル内で食い止めることができなかった。

「ガルーダ、変形だ」

 声、意識を電波に変換し、ガルーダに指令を下した。頭を振り上げ、装甲を軋ませながら、ガルーダがその姿を変えていく。ウイング、クローユニットが折りたたまれ、ミサイルブーストポッドが180度回頭する。頭部が収納され、ボディフレームが展開する。機首が引き出され、ガルーダはモードチェンジを完了した。

 ステルス戦闘機形態。小型ながらアメリカのラプター、ロシアのPAKFAと互角以上に渡り合い、喰らうことのできる空の狩人。その上にヴェネーノが飛び乗った。足がガルーダのスリットに固定され、エンジンに火が点る。

 刹那、蒼い炎が夜空にほとばしった。アフターバーナーの尾を引きながらホテルを飛び出し、猛然と加速、飛行する。前傾姿勢。巧みにバランスを取りながら、目下のケンタウロスを追跡する。

 自動車をなぎ倒し、前進を続けるケンタウロス。その後ろに数台のパトカーが続く。歩道の一般市民が呆然と立ち尽くし、逃げ惑う。踏み抜かれたアスファルトが飛び散り、周囲の建物が破壊される。しかし、ただ闇雲に暴走しているわけではなさそうだ。無意味な破壊をせず、一直線に湾岸道路の方へ向かっている。 

 ――これ以上、テクノカラミティを拡大させるわけにはいかない!

 ヴェネーノの視線の先には羽田空港。そして東京国際展示場、ビッグサイトが夜の闇に佇んでいた。

 


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