サドンデス・サモン・ザ・デス
唐突に拍手が聞こえる。控えめで、それでいて淡白なリズムが刻まれる。
「やれやれ。まさかこれほどとはね。強引だったけど、どうせならもっとスマートに戦って欲しかったかな」
「レジナルド、お前……」
アヴェンタドールを祝福するように、レジナルドがにこやかに告げた。切り札たるオロチがやられたにも関わらず余裕を崩さない。いまだはっきりしない意識の中、アヴェンタドールはその様子に違和感を覚えた。
「これで終わりだレジナルド。ゲームは終わった。はやくエステを解放しろ」
「ん? 何を勘違いしているんだ? まだゲームは終わってない。選手交代だ」
「何、だと?」
まさかオロチ以外にも生体兵器がいるのだろうか? 最悪の予感を尻目に、レジナルドがオロチの死体に歩み寄っていく。
「それにしても使えない奴だな。さっさとどけよ、屑」
レジナルドが腹を思い切り蹴り上げる。白い粘膜が完全に破れ、中身が床に滑り落ちる。出てきたものにアヴェンタドールは言葉を失った。
それは白い裸体の人間、レジナルドと瓜二つのクローンだった。皮膚の表面にはいくつもの穴が穿たれている。その体をレジナルドが忌々しげに見下し、踏みつけた。
「折角僕のクローンとして造ってやったのに、あの体たらくは何だ! あんな無様な負け方をしやがって! ふざけるな! くそ! くそ! くそ! くたばれ! あっ、もうくたばってるか」
無邪気、狂気が満ち溢れている。レジナルドの振る舞いは子供の八つ当たりそのものだった。散々クローンを踏みつけた後、再び笑顔をアヴェンタドールを向ける。右手にナイフを持って。
「いやぁ、ごめんごめん。折角強力な兵器を作っても、使い手が屑なら上手く扱えないよね。僕のクローンはオリジナルに良く似るんだけど、おつむの方がちょっと弱くなってしまうんだよ。君のそのアヴィスーツのように、優秀なプレイヤーに交代しないと」
レジナルドからにじみ出る瘴気、黒いオーラに対処できない。アヴェンタドールは、ただ彼の行動を見ることしか出来ない。レジナルドはナイフを握り締め、自らの左手で引き抜いた。赤い血がドクドクと溢れ出す。
「できれば、僕もここまではしたくないんだよ。だから身代わりを立てたわけだし。だけど君も身を削ったんだ。僕も死ぬつもりでゲームに望まないとね。だってそうしなきゃ、君みたいに素晴らしい作品は出来ないんだから」
オロチの腹にレジナルドの血が垂れる。突如、オロチが激しく痙攣し、腹から無数の触手が生えてくる。それがレジナルドの体に突き刺さっていく。それを撃ち抜こうとアヴェンタドールが銃を構えるが、遅すぎた。
「うわ、痛ったいな、これは! アンタレス、知ってるかい? オロチというのは、日本に存在した伝説の蛇、ヤマタノオロチにあやかって名付けたんだ。八本の首で暴虐の限りを尽くしたけど、結局はスサノオって言う英雄に倒された」
何が言いたい? そう口に出すことなく、静かに様子を探る。レジナルドがオロチの腹に引きずり込まれ、上半身だけ露出した状態で収まる。彼の皮膚が白く変色し、筋肉が異様に盛り上がっていく。オロチの心臓の鼓動が爆発的に増強される。
「でもこのオロチは違う。七本の首とひとりの人間。それがオロチ本来の姿だ。人間が八本目の首となって、こいつをコントロールする。いわば生体アヴィスーツさ。僕はこいつで、サドンデスを挑ませてもらおう」
人間が一体となって操作する生体兵器! 衝撃的な言葉に絶句する。アヴェンタドールは思い出した。レジナルドはオロチに自分の遺伝子を組み込んだと言っていた。その理由、オロチと一体になるために、彼は自分自身を作品の一部とした。
オクトパス、ケンタウロス、そしてナーガ。それらの生体兵器が、このオロチを作り出すための試金石だったとしたら?
その技術力の高さと所業に、改めて脅威を感じる。更なる異形へと変貌したオロチが起き上がる。蛇の頭が咆哮し、六本の腕が蘇る。それぞれの顎の部分が、矢じりのように鋭く尖って。
「っ! まさか進化したのか?」
「そうだよアンタレス。君を殺すため、より攻撃力を高めた形態に変わったんだ。じゃあ、始めようか。本当の戦いってやつをさ」
直後、六本の腕が一斉に襲い掛かる。アヴェンタドールが回避しようとするが、急激に軌道が変わり、攻撃をもろに食らってしまう。装甲がえぐられ、弾き飛ばされた。時に旋回し、フェイントをかけ、全方位から矢の嵐が降り注ぐ。
先ほどよりもより正確で、緻密で、狡猾な攻撃。しかも速度が増している。ギリギリで致命傷を防ぐが、アヴィスーツの表面がゴリゴリ削られていく。加えて先ほどの幻覚拳の反動がアヴェンタドールを襲う。満身創痍で、立ち上がるのもやっとの状態だった。
レジナルドの巧みな操作によってアヴェンタドールは手玉に取られ、命が抉り取られていく。もはやアヴェンタドールは限界を超えていた。
「おや? 疲れているようだね。ほら、頑張れ頑張れ。死にたくなければ、もっと速くステップを踏むことだよ」
勝てない。あきらかにレジナルド、いやオロチは楽しんでいた。すぐに止めを刺しにいかず、敵をいたぶっている。フェアなプレイではない。一方的なワンサイドゲームになりつつあった。アヴェンタドールがファイブセブンを構え、蛇の腕に弾かれる。宙に浮いた得物が蛇の腕に切り裂かれる。
それでも、アヴェンタドールは勝負を捨てなかった。床に転がっている様々な銃器を利用すべく、這い蹲るように地面を転がり、被弾面積をせばめて近づく。目の前に来た機関銃MINIMIを拾い上げようとして、白い矢じりが銃を両断した。
9ミリ機関けん銃、89式自動小銃、別のMINIMIも同様に刺し貫かれ、真っ二つにへし折られる。アヴェンタドールの腹に白い腕がねじ込まれ、反動で十メートル先のコンテナまで吹っ飛ばされる。肺から空気が吐き出され、声にならない悲鳴をあげる。
バイザーがくだけ、あらわになったカメラアイで敵を見つめる。笑みを浮かべ、嬉しそうに這い寄ってくるオロチの姿。人の上半身が腕を振り、三本の腕が連動してアヴェンタドールに巻きついていく。両腕と首。ギリギリと苦悶に軋みながら、体が宙に浮いていく。
「ごめんごめん、フェアじゃなかったかい。だがこうでもしなければ、僕は勝てそうになくってね。正直、君なら状況を打開する力が残っていたと思ったけど、さすがにそうもいかないか」
首に巻きついた腕が力を強めていく。息が出来ない。
「あいつには感謝しないとね。なかなかおもしろかったし、物語の主人公を殺せるんだ。この充実感はたまらないよ。これで僕は昇華する。世界を終わらせた存在としてね」
物、語だと。 遠のく意識の聞き違いか? アヴェンタドールがもがく。
「これでエステ君は僕が好き勝手できるわけだ。安心していいよ。僕がたっぷり可愛がってから、君のもとに送ってあげるからね。あの世で仲良く暮らすといいよ」
レジナルドの肩を、一発の銃弾が貫いた。アヴェンタドールのワルサーから放たれた金属の猟犬が、怒りの牙を突き立てた。レジナルドの顔から表情が消えた。
「おいおい、僕の体に何をしてくれるんだ? ふざけた真似をして、そんなに早く死にたいのかなぁ? とっくに君は終わりなんだよ!」
――ふざけるな! カメラアイごしの視線が、憤怒によって鋭く尖る。エステを、命を弄び、汚い欲望を満たそうとする奴に、好き勝手させるわけにはいかない。アヴェンタドールが負けるということは、レジナルドの行為を認めることに相違ない。
(駄目、なのか? いや、私の武器は、力はまだ残されている。まだだ、まだ死ねない!)
首の骨が軋む。仲間の顔を思い浮かべる。エルタニン、エステ、シラヌイ……。アンタレスを信じ、共に戦ってくれるかけがえのない存在。彼女たちを残して、逝くわけにはいかない。力の入らない手を、エステの信頼の証、ワルサーのトリガーを動かそうとする。
だが現実は非情だ。思うだけでは、物事は決して成り立たない。
「さようならアンタレス。ゲームオーバーだ」
オロチが盛大に笑う。勝利を確信し、上半身の手を天に掲げる。だがレジナルドは思い違いをしていた。現在のアヴェンタドールは、いまだ完成系にない。スターライト・バレットのアヴィスーツは、合体して初めてその真価を発揮するのだと。
現実は非情だ。幾重にも積み重なった事実によって、初めて実現する。だが実現できなければ、それは儚い夢へと散っていく。
『思い上がるなよ屑が。貴様ごときが勝利者などと、うぬぼれが過ぎる』
アヴェンタドールを拘束していた腕が全て切断され、歪んだ空間を電撃がほとばしった。