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ポイズン・クライム・マタドール

 オロチが身を屈め、アヴェンタドールに噛み付こうとする。それを察知し、アヴェンタドールは銃の狙いを定め、ギリギリまで身構える。相手を引き寄せ、マシンピストルの掃射で致命傷を与える、目論見が視界に広がる液体で埋め尽くされた。

「何!」

 オロチの口から吐き出された溶解液が殺到する。ショットガンのように拡散したそれらが振りかかり、避けたアヴェンタドールに数滴付着する。床が、そしてオウラニウム合金が瞬く間に融解していく。

 恐怖が芽吹く。アヴェンタドールのアーマーコントロールシステムに脳内アクセスし、被弾箇所の装甲を剥離させる。まだオロチの溶解液は止まらない。読んで字のごとく、蛇口から無尽蔵に黄色の液体が吐き出され続ける。

 死のカクテル。妖しげな液体が床やコンテナを溶かし続け、避け続けるアヴェンタドールの活動領域を狭めていく。不利な状況を打開すべく、PP2000の銃口が吼えまくる。だがそれも、傘のように展開された溶解液のバリアによって防がれる。銃弾は溶け、攻撃が通らない。

(まずい、このままでは)

 思わぬ隠し玉に、額に汗が伝うのを感じる。オロチの毒液の有効範囲が広すぎる。ホースのノズルのように自由自在に放射の形態を変えることができる。被弾した箇所がいまだに溶け続けている。わずか一分で装甲の三割を失ってしまった。白い煙が形を失った骸を天へと運ぶ。畏怖の匂いを充満させながら。

 ブラッドスポーツ。まるでマタドールに剣や槍を突き刺されていく牛の気分だった。徹底的になぶり殺しにされる。レジナルドが心底楽しみにしていた余興が、今繰り広げられている。――ふざけるな。怒りのガソリンが注ぎ込まれる。ひたすら攻め続ける。

 それがいけなかったのか。PP2000の射撃が途切れた。弾がなくなれば、どんなに強力な銃器も鉄の塊に成り下がる。だがアヴェンタドールの目の前には、規格外の大蛇が待ち構えている。オロチが舌なめずり、いや嘲笑うように口をゆがめ、毒液を溜め込んだ喉袋を膨らませる。

 相手は焦り、怒り、致命的なスキを晒した。オロチはそう判断し、感情の波に飲まれた愚者を処理しようとする。黄色のカクテルを味合わせ、命を持って精算させる。――俺の勝ちだ。オロチがほくそ笑む。

 そのスキをアヴェンタドールは見逃さなかった。左右一発だけ残した角を、オロチの口内にねじ込んだ。フェイント、能ある鷹は、武器を最大限に活用するためにその力を隠す。そして爪を出した時には、獲物の運命はもう決定付けられている。すなわち死だ。

 奇襲によってオロチの攻撃が遅れるが、放射は止まらない。アヴェンタドールが自らの武器であるPP2000を真上に放り投げた。気をとられたオロチが照準をズラし、0,57秒のラグが発生する。PP2000が溶ける。一秒にも満たない間に、銀色のアヴィスーツは大蛇の懐に潜りこんだ。

 目の前の腹、オロチの鼓動が集約する場所にストレートを食らわせた。一発、二発、三発。殺獣拳マンティ・コア、ボクサースタイルの重く、速い拳が、白い甲殻を爆撃する。それでも、肉を貫くには至らない。アヴィスーツという外骨格をぶつけてもなお、オロチは微動だにしない。

 いや、動けなかった。オロチは反撃しようともせず、もがき苦しんでいた。同時にアヴェンタドールのヘルメットの中で、アンタレスが苦痛に顔を歪めている。拳を打ちつける度、二匹の化け物が同じ痛みを共有していた。

 幻覚拳。アンタレスの電気信号を他の生物に送ることで、錯覚を引き起こさせる。ただしそれは使用者であるアンタレスにも跳ね返り、多大な精神付加をかけさせる捨て身の技だった。これにより拳ごしに幻の激痛を与え、動きを止めている間に心臓を潰す。

 アヴェンタドールの全身に、ズタズタに引き裂かれ、潰されたような痛みが駆け巡る。

(私の拳が潰れるのが先か、それとも頭が壊れるのが先か? この痛みが消えるのは、どちらかが死んだ時だけだ)

 危険な賭けだった。機械とは違い、生物への直接干渉はアンタレスの精神力を著しく損耗させる。使い続ければ命が削られ、やがて死を迎える。だがどの道あのままでは殺られていた。ならばアヴェンタドールは、前のめりの死、使命への殉教を選択する。

 多大な負荷の中で、拳を打ち込み続ける。オロチの口から垂れた溶解液が、アヴェンタドールの装甲を溶かしていく。何も考えない。パージする余裕はない。魂が抜けていくように煙がくすぶる。二十発、三十発、四十発。マッスルチューブが限界を超え、結合崩壊してちぎれていく。拳のオウラニウムがひしゃげ、歪む。

 頭が割れるように痛む。ただひたすら拳を打ち込む。ラッシュ、クラッシュ、バニッシュ。百発。高速かつ集中して殴られた甲殻がひび割れる。ヘッドディスプレイにアラームが鳴り響く。溶けた装甲から、マッスルチューブに液体が侵食した。

 レフト、ライト、レフト、アヘッド。甲殻の隙間に手を差し込み、皮膚ごと引き剥がす。白い粘膜に覆われた何かがあった。オロチの急所、心臓の鼓動を感じる。タイムリミットが近い。意識が、保てない。

 震える手でファイブセブンを抜き、隙間にあてがう。トリガーに指をかける。もう幻は必要なかった。オロチがまやかしの痛みから開放され、憎々しげにアヴェンタドールを睨みつける。うなり、牙を突きたてようとする。

 一発の銃声が鳴り響いた。

「これでゲームセットだ。悪いが、この命、さらさら譲るつもりはない」

 オロチの鼓動が停止する。苦し紛れにのたうちまわり、コンテナや壁をめちゃくちゃに破壊する。心臓が破壊された以上、再生はできない。やがて目を見開き、息絶えた。腹から赤い血を流し、残された肉体だけが痙攣している。

「くっ……」

 がくり、とアヴェンタドールが膝を着く。彼も著しく精神を消耗し、装甲、人工筋肉ともに甚大なダメージを被っていた。名誉の負傷にしては重すぎる。だがアヴェンタドールは生き残った。勝利者として、命をつなぎとめることができた。


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