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スチーム・チェンジ・アナザーヴェネーノ

「おっと、怖い怖い。やはりこれは禁句だったか。君のその憎悪に満ち溢れた顔、まったくもって素敵だよ」

 全長六メートルほどの白い大蛇、ロイヤル・ポートでエステをさらった生体兵器が、側面に生えた六本の腕を振るう。アンタレスが横に転がって回避し、再びレジナルドの頭に発砲する。怒りと憎悪に満ち溢れた弾丸が、またも硬い表皮に阻まれた。

 アンタレスの顔から表情が消える。脳内に数々の光景がフラッシュバックする。

 ――生まれ育った村での生活、紫色の花、大切な家族の笑顔と幼馴染とのひと時。燃える花畑、必死に逃げる自分。十四年後、変わり果てた故郷。そこら中に生えた花、花、花。化け物、大切な家族だったもの。それが赤い花を咲かせる。全てを消した。大事なものも忌まわしい思い出も、全部。

 それをレジナルドは踏みにじった。傷ついた過去。取り戻せない家族、幸せ、捻じ曲げられた運命。何も知らない奴が興味本位で、笑いながら覗き込んできた。レジナルドも、それを吹き込んだ奴も生かしてはおけない。

 殺す。

 アンタレスは物陰に身を隠し、レジナルドとオロチの姿をうかがう。脇に抱え込んだトランクを床に置き、スイッチを入れようとする。

 それを遮るように、レジナルドの声が響いた。

「失礼、こいつを紹介するのが先だったかな。彼はオロチ、僕の最高傑作さ。僕自身の遺伝子と爬虫類の遺伝子とを組み合わせて創ったんだ」

 オロチと呼ばれた化け物がチロチロと舌を出す。同時に腹部から伸びたヒダが羽ばたくように振動し、電波を反射させて獲物の行方を探っていた。

 全身が硬い甲殻に覆われ、その間から白い粘液、エステに付着しているものと同じ物質を纏っている。側面の腕の先には六つの頭、目のない蛇が、牙から緑色の毒液を滴らせている。その姿は変態した安中、ナーガに酷似していた。

「お詫びとしてその大事そうに抱えたトランク、オロチに預けるといいよ」

 アンタレスの行動は見破られていた。狙い済まされた一撃が、隠れていたコンテナを突き破ってきた。電磁波による熱源探知、生体センサーで障害物を透視し、アンタレスの位置をピンポイントで探り当てた。アンタレスは間一髪で避けるが、トランクが弾かれ、オロチの目の前まで転がってしまう。

「これで安心だ。君がサラリーマンみたく書類を入れておくわけがないしね。おそらくは武器の類だろうけど、ここはオロチによる一方的な展開を楽しむことにしようじゃないか」

 レジナルドが腕を振り上げると、オロチの腕が地面を這い始める。その先には散乱していた武器の数々。MINIMI、機関けん銃、自動小銃が拾い上げられ、蛇の口に挟みこまれる。

「君は二丁拳銃が得意だったよね? でも僕のオロチはその三倍、六丁拳銃さ! さぁ、アンタレス選手はいかにして銃弾を掻い潜り、大事な大事なトランクを取り戻すことができるのか? じゃ、プレイボール!」

 彼が楽しげに腕を振り下ろす。オロチと金属の咆哮が立て続けに響いた。硝煙が立ち込め、コンテナと床が穿たれていく。飛び散る破片、天井に吊るされた照明が落下した。精度は壊滅的だが、それを補って余りある銃弾の津波が、全てを飲み込まんと押し寄せてくる。

 アンタレスは怯むことなく駆け出した。圧倒的な数の質量をかわしながら、トランクまで全力疾走する。無傷では済まない。スニーキングウェアに弾丸がかすり、カーボンナノ繊維を抉り取っていく。サーメット装甲が砕け散る。

 無謀な特攻。誰もがそう思うような行為を、アンタレスは戸惑いなく実行する。培った経験と背負った使命、そして全身を覆いつくす感情のオーラが、彼を突き動かしていた。

「おぁ、凄い凄い。いいよいいよ、もっと見せてよ君のプレイ」

 手を叩きはしゃぐレジナルド。睨みつけたくなる衝動に駆られるが、オロチの銃撃から気を逸らせば終わる。このまま進んでいても、トランクにたどり着く前に集中砲火、蛇の腕による直接攻撃を受けてしまう確立が高い。はるかに危険な状態だった。

 それでも、アンタレスは止まらない。拳を握りこみ、祈る。エステの温もりを取り戻す。覚悟を決めた。

 アンタレスがワルサーをしまい、代わりにファイブセブンを取り出す。装填された対生体兵器用の5・7ミリ弾は、並大抵の装甲では防げない。だがオロチにもそれが通用する保証はない。同じ物を持ったエステでさえ、歯が立たなかった。

「レジナルド、オロチ、お前たちにひとつだけ教えてやる」

 つぶやき、駆け抜けながらファイブセブンを構え、集中する。両腕から伝う殺意が撃鉄を起こす。

「銃っていうのはな、狙って撃つものなんだよ」

 刹那、二発の咆哮、マズルフラッシュが瞬き、オロチ本体の両目から血が噴出した。

「なっ?」

 レジナルドが呆ける。オロチが苦悶に満ちた絶叫をあげる。視界が塞がれた大蛇がヒダをフル稼働させ、宙を嘗め回すように舌を動かす。銃撃が止む。アンタレスは腰につけた、二つの容器のピンを抜いた。

「チップ代わりに受け取っておけ」

 オロチに向かって投擲し、即座に引き抜いたワルサーで撃つ。瞬間、金属片の雨と蒸気が猛烈な勢いで噴出した。一帯の電波が反射され、蒸気に包まれたことで温度が上昇、熱源が特定できなくなる。

 生体センサー、オロチの感覚が一瞬で無力化された。

「は? 何故そんなものを君が」

 焦りの色を浮かべるレジナルドを無視し、アンタレスはトランクまでたどり着いた。息を吐き、ワルサーとファイブセブンを傍らに置く。

 オロチの弱点、それをアンタレスは熟知していた。安中と戦った際、エステが身に着けていたゴーグル。備え付けられていたメモリー機能によって映像や解析データが、リアルタイムでスターライト・バレット本社に送信されるようになっていた。

 これにより、レジナルドの蛇人型生体兵器の攻略方法が判明した。熱を感知する電磁波をかく乱するチャフグレネード、そして本来は暴徒鎮圧用であるスチームグレネードを併用すれば、敵の感覚をほとんど封じることができる。

 エステはいまだに拘束されている。だが彼女の軌跡はアンタレスを助け、大きな支えとなっていた。その想いを胸に、アンタレスはトランクのスイッチに手を添える。

 ――生体兵器の相手には、アヴィスーツこそがふさわしい。

 認証システムに手をかざし、神経パルスを接続する。そして起動コードをコール(音声入力)した。


 クロス・オン!


 トランクがアンタレスに反応し、紅いオルタナティブ・ナノ繊維が彼を包み込んだ。流動体のような擬似生体組織がマッスルチューブを形成し、体に巻きついていく。その上を這うようにして、トランク外装のオウライト合金が蛇腹装甲を展開。身を守る鎧となる。

 胸部装甲からヘルメットとマスクがせりあがり、同じく背部から展開した後頭部パーツと接続される。瞬く間に全身が銀と紅に彩られ、バイザーに火が灯った。二対のセンサーカメラが倒すべき敵を見定め、黄金色に発光する。

 蒸気の幕が上がり、中から一体のアヴィスーツが顕現した。

「アヴェンタドール、実装完了!」

 5・5秒。全ての装着プロセスを完了し、アナザーヴェネーノ、コードネーム・アヴェンタドールが産声を上げた。

 アヴェンタドールは、いかなる状況でも使用できる世界初の携帯型アヴィスーツだ。徹底的な軽量化と素材の研究により、トランクサイズまでスケールダウンすることに成功した。まさしく懐刀と呼ぶにふさわしい性能を誇っている。

 胸にはマシンピストル・PP2000二丁があらかじめマウントされている。加えて、腰のホルスターに先ほどまで使用していた拳銃を収めた。紅い人工筋肉が脈動する。銀色の装甲が軋み、四丁の拳銃が、鋭く瞬いた。

「アヴィスーツ? ヴェネーノ以外のものがあるなんて聞いてないぞ?」

「当然だ。今回がデビュー戦だからな。ルールには抵触しないはずだし、これでイーブンだ。そのほうが楽しめるだろ? お前も」

「あっそ。ま、かっこいいからいいけど。なら、こちらも本気で行かせてもらうけど、いいよね?」

 アンタレスの挑発を受け流し、レジナルドが不機嫌そうに手をかざす。血の涙を流していたオロチの目が、瞬時に再生した。同時に、蛇の腕が一斉に伸び、アヴェンタドールを包囲するように広がっていく。銃の包囲網が完全に一帯を覆いつくした。

「じゃ、見せてもらおうかな、そのアヴィスーツの性能を!」

 レジナルドが手を振り下ろし、六つの牙が同時に襲い掛かった。破裂音とともに銃弾が殺到し、銀色のボディを喰い破ろうとする。アヴェンタドールはそれを避けるようにジャンプし、腕のひとつに手刀を繰り出す。血飛沫、蛇の頭が吹き飛び、使い手を失ったMINIMIが地面に落下した。

 それを拾い上げ、敵を狙い撃つ。重い咆哮が轟き、金属の巨獣が89式自動小銃を持った頭に殺到する。口から侵入した弾丸が頭蓋を粉砕、さらに後ろから迫ってくる別の頭を追撃した。同じように内部をズタズタに引き裂く。まず三匹始末した。

 銃を放棄し、振り下ろされる腕を避ける。そんまま頭を抱え込み、思い切り捻る。確かな手応え、骨の支えを失った頭部が力なく垂れる。その一瞬の隙を付き、一匹の蛇がアヴェンタドールの左わき腹に噛み付いた。

「グッ?」

 ヘルメットから苦悶の声が漏れる。軽量化のために薄くなった装甲が悲鳴をあげ、へこんでいく。引き剥がそうにも、敵の顎の力のほうが強く、食い込んでいく牙を取り除けない。携帯型故の弊害、防御力とパワー、出力の低下が戦闘力のダウンを招いた。

 一般のアヴィスーツを凌ぐ性能は持っていても、相手はそれをはるかに超越した存在だった。まともに戦っても勝ち目はない。だからアンタレスは技の鋭さと経験で弱点をカバーする。甲殻どうしの隙間、そこにファイブセブンの銃口をねじ込み、撃った。

 蛇の顎が砕け散る。拘束が解けた。悶える蛇を目の前に据え、渾身の正拳突きを放つ。ひしゃげて潰れる感触がした。見届けることなく側転し、突っ込んできた最後の腕をいなす。先端の頭が反転し、執拗に攻撃を加えてきた。怒涛のラッシュ。腕全体をくねらせ、変則的な打撃が繰り返される。

 アヴェンタドールはダンスステップを踏むかのように回避していく。携帯型の利点、瞬発力と機動力の向上、小型AGSによる接地面の安定化を最大限活用する。しびれを切らした蛇が大振りの攻撃を加えた。その瞬間、手をついて地面に伏せ、伸びきった腕の先端に回し蹴りを食らわせた。

 研ぎ澄まされた一撃、メイアルーア・ジ・コンパッソ。ブラジルで生まれたカポエイラの技が最後の腕を引きちぎった。

 殺獣拳・バレットコンバット。万手核マンティ・コア。様々な動き、武術を駆使することで敵を翻弄し、あらゆる状況に対応するキメラ・ムーブメント。今も進化し続けるこの技によって、アンタレスはアヴェンタドールの弱点をカバーし、六つの腕を全て仕留めた。

(あとは本体だけだ。悪いが、ここでタッチダウンを決めさせてもらう)

 アヴェンタドールは改めて白い大蛇と向き合う。王者の風格。敵は全ての腕を失ってもなお、闘志を衰えさせることはなかった。オロチがゆったりと体を揺らす。敵を威嚇し、静かに殺意をたぎらせていた。牙から垂れる毒液が、地面を緑色に満たしている。

 強大なプレッシャー。アヴェンタドールの闘志がアイドリングする。たぎる体をシフトレバーで制御し、胸に装着していた二丁のPP2000を両手に構え、突き出す。

 ヴェネーノで使用していたヴェノムマグナムは、その強すぎる反動ゆえ、アヴェンタドールでは制御することができない。だがPP2000の前面に突き出したフレームは、猛牛の角のごとく雄雄しく、頼もしい。後部に装着されたストック兼予備マガジンによって、総合火力も申し分ない。

 レジナルド製生体兵器のトップであるオロチ。そしてスターライト・バレットの最新アヴィスーツであるアヴェンタドール。白い蛇と銀の牛、二匹の獣の牙と角が、交わる。


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