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ヴェノム・ミーツ・ストレンジスネーク

(ここでエステはいなくなったのか……)

 ホテル・ロイヤル・ポート52階、スペシャルスイートルーム。激闘が繰り広げられたそこにアンタレス、シラヌイ、牧本は立っていた。アンタレスは部屋の隅々まで歩き、エステと敵の痕跡を探る。

 粉々に砕け散った調度品、床には弾痕と落下したシャンデリアの破片が散乱していた。窓には青いブルーシートが張られ、その隙間から、雲に覆われたトーキョー港区が見える。五里霧中。今の状況と同じく、ホテルから先の風景は確認できそうにない。

 そのもどかしさに、アンタレスは焦りと苛立ちを覚えていた。この場にいるだけで、エステの健闘ぶりが伝わってくる。だがそれを称える間もなく彼女はさらわれ、身を危険に晒している。それを招いたのは、他ならぬアンタレス自身だった。

 あの時、安中をエステにまかせきりにしなければ? シラヌイをエステのほうにつけていれば? 過去はいくら悔いても戻ってこない。戦場では何が起こるか分からない。生死は誰にでも平等に訪れる。そんなことは分かりきっている。

 ソーダのように泡立つ感情の奔流。決して表には出すまいと、アンタレスはつとめて冷静に振舞っていた。それでもシラヌイには分かってしまったらしい。悲しみのこもった視線が、アンタレスを心配そうに見つめていた。

「アンタレスさん、あまりにお気になさらずに。アンタレスさんは何も悪くありません。それに、エステさんなら大丈夫ですよ。だから、今は無事を信じてあげましょう」

「そうだな……。今は、俺たちができることをするしかない。サポート頼んだぞ」

「了解です。エステさんを助けるために頑張ります!」

 グッ、と拳を握りこむシラヌイに、アンタレスは思わず笑みを浮かべる。本当に彼女は成長した。仲間であり、弟子でもあるシラヌイに励まされる。情けない。だが同時に心強く、嬉しかった。絶望的な状況だからこそ前を向き、進み続けなければならない。

 それはアンタレス自身も、つねにシラヌイに言い聞かせてきたことだった。

 荒れ狂う心を静める。アンタレスはエステを信じて、安中確保に送り出した。エステはそれに応え、見事に任務を果たしてくれた。ならば選択を悔いることはない。信じてくれた仲間のために、今度は彼がエステに尽くせばいい。

 アンタレスはシラヌイにうなずきかけ、彼女が嬉しそうにはにかむ。どこまでも真っ直ぐで、健気な愛弟子。シラヌイの想いがアンタレスのエンジンを熱く、頭をクールにシフトチェンジさせる。

(お前をかならず助けてやるからな、エステ)

 少しでも手がかりを掴もうと、あたりを見渡すアンタレスに、牧本が近寄ってきた。

「アンタレス。今しがた鑑識から結果が来た。安中の自宅で死んでいたマルガイ(被害者)は、みんな人間ということが確認できた。ここにいた安中は偽者で、向こうが本物という可能性が高いらしい」

「やはりそうでしたか。下水道に逃げたという未確認生体兵器の足取りは掴めましたか?」

「いや、それはまだだ。ホテルの外壁と窓に付着していた粘液は下水道の入り口付近で完全に途絶えてる。エステの血液も下水にまみれて判別できない。こうなると、警察犬でも追跡は難しいかもな」

「分かりました。それに関しては、こちらのほうで対策を講じましょう」

 入り口付近に立つ公安二人、先ほどのカフェにいた連中に目を向けながら、アンタレスは牧本に答えた。もう隠す必要がなくなったのか、堂々とこちらに合流し、三人の会話や挙動全てを監視していた。彼らが外部に連絡した痕跡はないが、余計な事をされるわけにはいかない。慎重に事を進める必要があった。

 今現在、アンタレスが握っているのは、牧本から提供された二つの事実だった。ひとつ目は安中邸で発見された複数の遺体。安中らしき男を含めたそれらが、不審な死に方をしていたことだ。安中とその家族、使用人の首筋に、二つの小さな穴が穿たれていた。

 司法解剖の結果、それらは蛇の牙のようなもので噛まれた跡であり、死因はそこから注入された毒によるものであった。緑色をした液体が全身を駆け巡り、瞬く間に血脈硬化を誘発して死に至らせた。その毒は、このスペシャルスイートルームでも採取されていた。

(つまり毒は、ここにいた蛇男、偽安中が注入した可能性が高い)

 テロ発生の三日前から、自宅付近で安中の姿が三度、目撃されていた。午後六時ごろ、徒歩で帰宅する安中の姿。そして午後十時ごろ、車で帰宅する安中の姿。そしてテロ当日、午前八時過ぎに自宅を出る安中の姿。

 状況から考えると、はじめに帰宅した安中が偽者だったに違いない。その場で家人を皆殺しにし、帰宅した本物の安中を抹殺する。そのまま潜伏し、テロ当日にオークション会場へと向かう。

彼らはさぞ驚いたに違いない。家族は怪物に変貌する安中に、安中は自分と同じ姿をした存在そのものに。苦痛だけでなく、恐怖までをも与えて殺す。狡猾で残忍な手口だった。

 もうひとつの事実は、エステを連れ去ったという生体兵器の侵入経路だ。警察が付近を調べたところ、ホテル敷地内のマンホールに、謎の白い粘液が付着していた。そこからホテルの外壁にまで粘液が伸び、最終的に52階の窓にまで到達していた。

(未確認生体兵器は、ここまで外壁を登ってきたことになる。それほどのスタミナを持っているのか、あるいは)

 警察の飛行ドローンによって撮影されたホテル壁面の映像には、太く、蛇行した一筋の跡しか映っていなかった。その幅は約一メートル。おそらく敵は特殊な体の構造、安中と同じ蛇の特性を持っている。粘着質の液体を体に纏わせ、鱗をホテルの壁に引っ掛けて駆け上がった。

 もしそうだとすれば、今回のテロに関わった存在がエステをさらった可能性は高い。蛇をベースに改造された生物が、タイミングを計ったかのようにアクションをおこす。目的を果たして下水道に姿を消し、そのまま行方をくらました。

 全ては綿密に計画されていた。アンタレスは確信していた。テロを引き起こした黒幕は安中ではない。デコイとして利用されたか、初めから取り込まれていたか? その黒幕の正体を暴く必要があった。

「なぁ、アンタレス。専門家であるお前の意見を聞きたいんだが、俺とエステが昨日見た安中は結局何だったんだ? ただの化け物にしては安中に似てたし、見分けもつかなかった。海外じゃ、あんな知能を持った化け物がうようよしてるとでも言うのか?」

 牧本が真剣な表情で質問する。彼なりに少しでも事件解決の糸口を掴もうとしていた。使命を果たさんとする警察官として以前に、エステを助けようとするひとりの人間として。彼女に借りを返そうとしていた。

 アンタレスはそれを察し、嬉しさがこみ上げてきた。彼がエステを助けるために、ライフルの重いトリガーを引いたのは聞いていた。傭兵であるアンタレスたちを否定していた。その牧本がこちらを受け入れ、共に行動し、意見を聞いてくれるまでになった。

 エステを、仲間を心から救おうとする牧本を信じたいと思った。アンタレスは牧本にまっすぐ向き合う。

「私の考えでは、あなたが昨晩見たのも安中で間違いないと思います」

「何? だがあれは偽者で」

「偽者でもあり、本物でもあるということです。同じ遺伝子情報を持つクローンが、何者かの手で改造されたということです」

「クローン人間? 待てよ。動物ならまだしも、そんな技術が確立したとは聞いてないぞ」

「公表されてないだけで、これまで何件も成功例は確認されています。倫理的な問題や道徳的な観点から、WHOによる情報規制がかけられていますが。もう人間のクローンは、実現可能なレベルまで到達してまったんですよ、牧本さん」

「そんな馬鹿な……」

 驚くもの無理はない、とアンタレスは思った。生体兵器の製造に関連する技術は、一般にはあまり知られていない。使い方次第で有益にも、実害にもなりうるからだ。ヒトクローン技術も、そのうちのひとつだった。再生医療などに利用すれば、人間の寿命は飛躍的に向上する。だが優秀な人間を大量に生産し、無敵の軍隊として派兵することも可能となる。

 この技術は何十年も前に使用を禁止されているが、人間の欲望は自分たちの決めたルールすら捻じ曲げる。現に改造されたヒトクローンがテクノカラミティを引き起こし、甚大な被害をもたらした事が何度かある。

 アメリカ中西部ではヒトクローンを素体とした兵器が研究されていたが暴走し、合衆国アヴィスーツ部隊USAMが鎮圧するまでに何十人もの人間を虐殺した。他にもクローン胚の培養過程で爬虫類のDNAを混入し、トカゲ人間を製造しようとした宇宙開発事業団も存在した。

「今回の事件は生物のクローニング、そして高度の異種配合技術を持つ人間の仕業だと考えられます。ケンタウロス、蛇人間、そしてあの人工妖精たち。遺志は引き継がれたのではなく、現在も生きている、ということです」

「アンタレス、まさかお前には心当たりがあるのか? 犯人の目星がついているのか? 教えてくれ、誰だ?」

「……」

 今にも食ってかかりそうな牧本の問いに対して、アンタレスは返答をためらった。言うのは容易い。牧本を信頼している。だが彼のバックはどうだろうか? 二人の監視が情報を漏らせば、エステの身に危険が及ぶかもしれない。

 だがその懸念は唐突に打ち切られた。

 アンタレスの携帯端末から着信音が鳴り響く。ディスプレイに表示されていたのはエステの名前だった。

「アンタレスさん! これって!」

 横から覗き込んだシラヌイが喜びの声を上げる。牧本もそれを見て、幾分か心が落ち着いたようだった。ただひとり、アンタレスだけが険しい表情で通話ボタンを押す。

『あぁ、やっとつながりましたわ! 私はこのとおり無事ですわ。はやくあなたに抱いて欲しくてうずうずしているくらいです』

 スピーカーから響くのは間違いなくエステの声だった。だがアンタレスはわずかに走るノイズと、言葉のイントネーションの違いを聞き逃さなかった。

「ふざけるのはやめろ。もう余興はたくさんなんだよ。エステは無事なんだろうな?」

 応対するアンタレス。その表情を見た牧本は言葉を失った。怒っている。冷静沈着で礼節をわきまえていた青年から、鋭い殺意があふれ出している。

 仲間を、エステを騙られ、侮辱された。表情は冷静そうでも、その奥に熱く煮えたぎる激情が透いて見えるようだった。空気も縮み上がり、ピリピリと震え上がっている。アンタレスとは長い付き合いであるシラヌイですら、緊張の面持ちで成り行きを見守っていた。

『そうか。そうだよな。やっぱり君なら見破ってくるだろうとは思ったよ。オーケー、彼女は無事さ。もっとも、はじめから君のお手つきを犯すつもりはなかったし、下手に触れて汚すつもりもなかったさ。まがいものの安中はやりすぎてしまったようだけどね』

 今度はエステとは別の声が聞こえた。機械加工された声が笑いながらアンタレスに語りかける。先ほどのエステの声も、ボイスチェンジャーによって再現されたものにすぎなかった。

「ならエステは返してもらう。要求を聞こうか?」

『はて? 何故こちらが彼女を素直に返すと思ったんだい。もしかしたらさっきの話は嘘で、今も泣きじゃくるエステ君をレイプしてるかも。それとも、妖精に仕立て上げているか』

「わざわざエステの端末を使って連絡してきた。エステの体が目当てならとっくに逃げてるか、どこかに潜伏しているはずだ。自分から存在を晒し、首を絞めるような行為をするからには、俺になにか望むことがあるんだろう? さっさと言ってもらおうか?」

 心が熱くなっていても、冷静さは失わない。相手のペースに飲まれることなく、あえて攻撃的な口調で敵をはかる。

『ご明察。やっぱり面白いな君は。話に聞いたとおりだよ。それでこそ、わざわざ行動を起こした甲斐があったというものだよ』

「俺のことを誰に聞いた?」

『おっと、口が滑った。でも君は知らなくていい。今大事なのは、エステ君の命のはずだろ、ん?』

 おどけた声が響く。自分が優位に立っているかのような、見下した口調。アンタレスの手に力がこもるが、安い挑発には乗らない。先ほどの言葉から、真の狙いがアンタレス自身であることが確実となった。

「その通りだな。で、お前はどうして欲しいんだ?」

『君とこちらで一騎打ちがしたい。いわゆる決闘ってやつかな。正義のヒーローであるアンタレス君の実力をこの目で見てみたいんだ』

「そんなことのために、今回のテクノカラミティを引き起こしたと?」

『当然さ。そんなことのために、ケンタウロスによる余興で、警察や近辺のアヴィスーツ部隊を使い物にならなくしたからね。邪魔は入らないし、お約束の人質も確保できた。いいね。王道のアクション映画らしくなってきた。ワクワクが止まらないよ』

「たとえ俺と戦ったとしても、まだ警察は機能しているし、俺の仲間やWHOがいる。もう逃げられないぞ」

『それがどうかしたのかい? 君と戦うという目的は達成できるし、女神の生き写したるエステ君も独占できている。後のことはその時に考えればいい』

「もし俺が拒んだら?」

『怒っちゃうかなぁ? エステ君には手を出さない。でも他の関係ない一般市民がたくさん死ぬかもね。働くしか能のない、つまらない日本人なんだ。何人死んでも問題ないと思うけど、君たちはそれをされるとマズいようだからね』

 敵はあきらかにこの状況を楽しんでいた。後先を考えず欲望に忠実で、無邪気な子供のように声を弾ませている。もし本当に要求を拒めば、ためらいなく無差別殺人を行うだろう。

 それはまるで、アンタレスがホテル潜入時に化けていたハンス・マンセルそのものだった。自分のためだけに幼子を虐殺し、欲求を満たしていた。アンタレスはいままで、こうした人間を数多く見てきた。何年経とうとそれは変わらない。むしろ増え続け、その度に屍の山、アンタレスのカルマが堆積していった。

 今は受け入れるしかない。どの道、真の黒幕を倒さねば、今回の事件は解決したことにならない。アンタレスに選択の余地などなかった。黒い憎しみを決意へ変える。

「いいだろう。お前の挑戦を受ける」

『それでこそだよ、アンタレス君。じゃあ、今から指定する場所にひとりで来てくれ。ただし、いくつかルールを設けさせてもらうよ。戦いを盛り上げるためにね』

「ルールか。お前にとって、これは本当に娯楽なんだな」

『これ以上にないエンターテインメントさ。それに縛りを設けたほうが、君もやりがいが出るだろう?』

「確かに、ますます気持ちは強くなったよ。是非ともお前に借りを返さないとな」

『いいねいいね! その憎しみのこもった声。ますます楽しみになってきた。何、簡単なことさ。君が昨日使ったアヴィスーツと戦闘機みたいなドローンは使用禁止だ。いるかどうか分からないけど、戦車型のほうも使わないでくれ』

「大層な自信の割には、意外に現実主義者なんだな。俺をなぶり殺すつもりか?」

『まさか。一度活躍を見てしまったから興味が失せただけさ。あの紅いのが君たちの持つ唯一のアヴィスーツなんだろ。それが使えない状況で、君がどう戦うのかが楽しみなんだよ』

 敵は間違いなく、生体兵器を保有している。それもハザードレベル4クラスの大物を。アヴィスーツが使えない状況で相手にすれば、確実に死を迎えることになる。たとえアンタレスであっても、状況を覆すのは容易いことではない。

「それでいい。楽しみに待っていることだな。ただしエステには絶対に手を出すな。お前の余興に付き合うんだ。それだけは約束しろ」

『神に誓って約束しよう。じゃあ、今から一時間後にキックオフだ。場所は……』

 アンタレスは止まらない。自らの死を天秤にかけても、テクノカラミティを引き起こす存在を許さない。仲間の命を守り通す。それがアンタレスという存在の有用性、そして使命だった。

 通話を終えたアンタレスが、懐に携帯端末をしまう。エステから預かっているワルサーP99に手が触れる。冷たいはずのそれが、妙に熱を帯びているように感じた。

 ――エステ、今迎えに行くぞ。

 冷たい怒りを瞳にたたえ、シラヌイに指示を出す。

「シラヌイ。俺はこれからひとりでエステを助け出す。周囲を見張っていてくれ。ガルーダを使ってもいい。相手は介入を拒んでいるが、監視は約束にはなかった。高高度から見張らせろ」

「了解しました。……他には何かありますか?」

「自衛隊特殊作戦群の溝口司令に連絡を。彼らにアヴィスーツ部隊の配置を要請してくれ。生体兵器は一体とは限らない。優先するのは被害拡大の阻止だ。それ以外は二の次でいい。頼むぞ」

「分かりました! 幸運を祈ります!」

「……ありがとう」

 一瞬のためらい、そして力強くシラヌイがうなずく。アンタレスは優しく微笑みかけ、彼女に頭を下げた。

 未知の敵にアンタレスひとりで挑む。無謀な行いをシラヌイは止めない。不安はあるし、できることなら共に戦いたい。だがそれ以上に、アンタレスのことを信じていた。彼の決断を尊重し、想いを受け止め、応える。それが今のシラヌイにできる最高のサポートだった。

「お、おい! 一体何をするつもりだ! 俺たち警察だって」

「協力を要請したいのは山々です。ですが下手に相手を刺激すれば、何をしでかすか分からない。前回も情報が漏れ、結果的に警察の被害を拡大させてしまった。もうこれ以上、無駄に命を失わせたくないんです」

「お前、それで俺が納得すると思ってるのか?」

「思いません。ですからお願いします。今回は事後処理に専念していただきたい。一般市民に被害が出ないよう尽くします。私を、信じてください」

 アンタレスは牧本の目を見据え、頭を下げる。牧本はそれを黙って見つめていた。初めはたかだか傭兵の言うことなど信じてはいなかった。昨晩はエステの理論に押し切られ、状況に流されて協力したに過ぎない。今はどうだろうか?

 牧本には分かっていた。アンタレスが心から命を守ろうとしていること、テクノカラミティを止めようとしていること、仲間であるエステを助けようとしていること。義務でも欲望でもない。それは日本の治安を守る、牧本自身の使命と同じであることを。 

 牧本は、静かにうなずいた。

「分かった。お前を信じよう。後のことは任せろ。救い出せよ、エステを。そして全部終わらせろ。いいな」

「了解!」

 アンタレスが敬礼し、シラヌイを伴って出口へと向かう。そこに血相を変えた公安二人が駆け寄ってきた。WHOのエージェントが、警察の許可を得ずに戦闘行為を行おうとしている。そんな勝手を見過ごせるはずがなかった。

 だがアンタレスを見た瞬間、毒に侵されたように硬直し、動かなくなる。そこにはひとりの英国紳士ではなく、冷酷非情な戦士がいた。触れたものを引き裂いてしまいそうな覇気を纏い、突き刺すような視線で前を見据える。

 アンタレスが手に持ったトランクを握り締める。力は、いつも手の中にある。

 ――待っていてくれエステ。そして、お前をかならず殺す。レジナルド!

 トーキョーを覆う雲が轟き、ドス黒く染まっていった。

 


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