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レディ・ハント・クライム・ビースト 5

 ナーガの体が溶けていく。四頭の蛇は細胞崩壊を起こし、白い泡となる。本体のほうも徐々に泡に包まれ、床のシミとなるはずだ。

「安中は……、死んだのか?」

 牧本がエステに近づいてくる。アサルトライフルを持つ手がかすかに震えている。後悔と恐れによるショック。当然の反応だった。はじめて人、正確に言えばそうだったものを撃ったのだから。

「心臓を破壊しました。あの様子では、もう死んだも同然かと」

 満身創痍の体、それを感じさせないよう、エステはつとめて平然に答える。余計な世話をかけさないための、彼女なりの意地だった。

 牧本は安中のほうを見て、やりきれないというような表情を浮かべている。一個人としては、地下にいた警察官たちの敵を取れた。だが警察官としては、みすみす犯人を死なせる結果となってしまった。罪を裁くことも、真相を確かめることもできなくなってしまった。

「牧本さん。私には日本の警察のことは分かりません。何のために職務を全うし、秩序を守るのか? それは私たちの住む世界とは違うものですから」

「当然だ。傭兵風情に、俺たち警察の何が判るって言うんだ?」

「あら、手厳しい。ですが、これだけは言えます。私は、あなたのおかげで助かりました。命を繋げられました。そのことに深く感謝いたします。ありがとうございました」

「お、おい」

 エステは深くお辞儀をし、優しく微笑んだ。月明かりに照らされたそれは美しく、牧本は惹きこまれ、バツが悪そうにそっぽを向いた。

 普段の彼女なら、ここまで素直に感謝することはありえない。スパイとして冷酷に他者を利用し、協力者ですら用が済めば切り捨ててきた。牧本にここまで敬意を示すのは、再びアンタレスに会う機会をもたらしてくれたからだ。

 エステの頭が安中の言葉を反芻する。――ただ外見だけの、情に塗れた女に堕ちてしまった。確かに自分は変わったのだろう。昔の自分が見たらさぞ驚き、彼と同様に罵倒したはずだ。誇りを捨て去った情けない女だと。

 だが過去は所詮、過去に過ぎない。エステは今の自分を受け入れつつあった。想い人のために生き、他者に素直な感情を向けることができる。

「そうやって男を散々誑かしてきたんだろ? まったく、とんでもない女だよ」

「失礼な。任務のためには必要不可欠なスキルなのですよ? まぁ、褒め言葉として受け取っておきますわ。あなたに感謝しているのは、本当のことですし」

「悪かったな。それと、これは返す。できればもう二度と撃ちたくはない」

 牧本がアサルトライフル・ナイトPDWをエステに差し出す。どこかぶっきらぼうでよそよそしい仕草に、エステは笑ってしまいそうになる。――不器用な方。そう言い出したくなるのを堪え、アサルトライフルを受け取った。

「それは今後の日本、あなたがたのお働き次第ですわ。ですがもし、あなたがまた引き金を引くような事態になったら、是非スターライト・バレットにご連絡を。社長はともかく、アンタレス様なら力を貸してくださるでしょう」 

「世話にならないことを祈りたいところだが、考えておこう。信頼してるんだな、アンタレスとやらのこと。ある意味うらやましいよ」

「あら? もしかして口説いていらっしゃるの? 残念ですが、すでに私の心はアンタレス様のものですので……」

「何を言ってるんだお前は……」

 牧本がエステの言葉にカッとなるが、すぐに警察官の顔に戻った。安中が倒れたとはいえ、すべきことはまだある。

「エステ、まだテロは収まったわけじゃない。俺は一旦本部に連絡を入れるが、お前はどうするんだ?」

「勿論、アンタレス様と合流しますわ。この子たちを拾い上げてから、こちらのエージェントと連絡を取ります」

 エステの手には、先ほどの戦いで紛失したファイブセブンがひとつ握られていた。一丁がエステから少し離れたところに、もう一丁が牧元が隠れていた執務机付近に確認できた。彼女が拾い上げた一丁を労うように撫で、もう片方のほうへ向かう。

「まったく……、の、んきなものだな、……エ、エステ君」

「っ!」

 瞬時に声のしたほうへファイブセブンを構えた。牧本も驚きつつそちらを振り返る。息絶えたはずの安中が、空気を漏らしながら微かに笑う。

「まだ生きていましたの? 意外にしぶといお方ですね」

「そんなことを、言っていて、いいのか、ね? 君はまだ、気づかないのか? なぜ、私が、の場にいたのか? 当事者で、るき、君なら分かるはずだ」

 その言葉を聞いた瞬間、また最悪の予想が頭をよぎる。安中は、異様に今回の事件の事情を熟知していた。ケンタウロスのことだけでなく、中東でのアンタレスの活躍、レジナルドのこと。すでに死んだ彼の思惑を忠実に再現しようとしている。

(待って。すでに、死んだ……)

 灰色だった思考が、徐々に彩られていく。 

「偽りさ。全てを偽ってこそ、企みは、いや、も、ものがた、がぁああああああ!」

 凄まじい絶叫とともに安中の体が溶けていく。その最中、呆然とする牧本から音が響く。携帯端末のコール音。牧本は舌打ちしつつ電話に出た。

「何だ! 今、安中が! な、何……。どういうことだ、おい!」

 牧本の顔に疑念と恐怖の感情が浮かび上がる。幾度かのやり取りの後、彼が連絡を終える。手が、今にも端末を落としそうに震えていた。

「いかがされましたの牧本さん?」

 エステが急かすように牧本に声をかける。冷静に対処しているに見えて、額には一筋の汗が伝う。焦っていた。

「俺の、公安の同僚が、安中の邸宅で奴の死体を見つけた。家族や、使用人も皆殺しにされてたそうだ。死後三日は経ってる」

「っ! そんな、まさか……」

 ではここにいる安中は何者なのか? 

 突如、ロイヤルスイートの窓がぶち破られた。破片と乱気流が二人に襲い掛かる。割れた窓の淵から何かが現れる。トーキョーのネオンに彩られた、白い大蛇がぬるりと侵入する。赤い瞳をギラギラとたぎらせ、そして…………。





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