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レディ・ハント・クライム・ビースト 4

 光が瞬く。二丁のファイブセブンが火を噴いた。安中は肩の蛇でそれを防ぎ、局部の蛇をエステに伸ばす。

「牧本さん、隠れなさい!」

 牙を剥くアルビノスネークを避けつつ、彼女は同行者に指示を出す。彼は慌てて物陰に身を隠し、アサルトライフルを構えた。だが躊躇している。化け物に変貌したとはいえ、元は人間だった。そんな存在に対し、どう対処すればいいのか?

 5・7ミリ弾が敵の体にはじかれる。エステは迷わない。ただ敵を撃つだけ。だがどう戦えばいいのか? それが分からない。対生物兵器用に強化された銃弾でも、安中の鱗は撃ち抜けそうになかった。

(厄介ね。あんな生物、いままで見たこともない)

 未知の生物兵器と戦う際、何よりも重要なのは、その生物の特性を把握することだ。どのような生物がベースとなっているのか? どのような習性を持っているのか? 攻撃手段は? 脆弱な部位は? 過去に似たような生物兵器がいれば、そちらを参照する。大抵の場合、外見だけでなく、性質も似通っているためだ。

 今回の敵は外見から判断するに人間がベース、そこに蛇の能力が合わさったキメラと判断できる。エステは戦いながら、過去に存在した蛇型の生体兵器をピックアップする。

 ――ウイルステロの際、その毒素を自分のものとして会得した毒蛇、ワルタハンガ。細胞分裂実験の過程で生まれた突然変異の多頭蛇、ヒドラ。暗殺用として改造され、中東の紛争地で猛威を振るったククルカン。

 しかし、そのいずれにも該当しそうにない。巨大な蛇はいても、手足の生えたものは存在しなかったし、高度な知能も有していなかった。完全なる新種、まるでインド神話を起源とする半身半獣の蛇、ナーガのように思えた。

(それでも蛇なら、何かしらの対処法はあるはず)

 安中=ナーガが変態する前、蛇の頭を吹き飛ばすことはできた。再生されてしまったものの、鱗の内部、つまり内側なら攻撃が通る可能性がある。

(なら、まずは相手の感覚を潰す)

 目、耳、鼻。生物はこれらを駆使することで外の様子を知覚し、情報として脳にインプットする。それを潰せば、相手を無力化できる。

 腰にぶら下げていたゴーグルを装着し、スイッチを入れた。ディスプレイに様々な情報が表示される。室温、湿度、自身のバイタル。視界は赤外線、アクティブセンサー、サラウンドレーダーなど、いくつものデバイス、複合センサーによってカバーされていた。互いを補うことによっていかなる状況でも機能を維持し、敵を捕捉し続ける。

 牧本がこちらを見ているのを確認してから、スタングレネードを高く掲げる。彼が視界と耳を塞ぐ。サインが通じたと同時にピンを引き抜き、安中の面前に投げつけた。

 炸裂。スペシャルスイート一面が強烈な光と爆音に包まれた。普通の人間なら行動不能に陥るそれを、エステのゴーグルがシャットアウトする。耳元に伸びた消音装置も問題なく作動した。

 一方、敵の動きは停止する。四頭の蛇が一斉にもだえる。だがそれも一瞬だった。回復し、舌を出し、長い体をしならせてエステに迫る。

「甘いなエステ君。その程度の小細工では、私を止めることはできないぞ」

 時間差で突っ込んでくる蛇を回避する。床を転がり、跳躍し、ファイブセブンで応射した。敵の牙がスニーキングウェアをかする。緑色の液体、おそらく毒の類がベットリと付着した。エステは思わず顔をしかめる。

(下品ね。でも、収穫はあった)

 ゴーグルが蛇の頭部を補足し、拡大画像を表示する。目と鼻らしき部分が見当たらない。あるのは硬い鱗と、牙の生えた口だけ。

(あの蛇たちは人間とは違う感覚を持っている)

 テーブルの影に滑り込み、リロードする。予備マガジンが残り二つに。直後、木材が砕け散り、二匹の蛇が両足に噛み付いた。痛みがはしる。スニーキングウェアは貫かれない。だが鋭い牙は、着実にダメージを与えていた。

 エステの額に苦悶の汗が伝う。両腕のファイブセブンを蛇の頭に押し付け、トリガーを絞る。ブローバック、血飛沫とともに吹き飛ぶ頭蓋。それが白い泡に包まれ、瞬く間に再生していく。

(再生のスピードが上がってる!)

 長期戦はエステにとって不利だ。焦りと興奮で体が熱い。一方で頭は冷たく冴え渡る。安中がいかにしてエステを認識しているか? その答えの中に、敵を倒すロジックを見出しつつあった。

 エステは確証を得るために、今度はスモークグレネードを投擲する。エステから離れた右斜め上。直接撃ち抜き、黒い煙を室内に充満させた。ゴーグルがサーマルスコープに切り替わる、と同時に蛇たちがエステに殺到した。

(やっぱりね!)

 変態した安中の顔は上向きで、白目を剥いたまま動かない。スタングレネードの音に反応したが、光や煙に怯む様子はなく、エステの位置を正確に捉えていた。

 つまりナーガ、そして彼の蛇は視覚以外でエステを認識している。

 そして音を聞き分けることが可能で、エステが障害物に隠れていても居場所を察知できる。

 耳だけでなく、別の器官が働いている証拠だ。

 このことから導き出される答えはひとつしかない。

(あの蛇の舌。あれが私を執拗に追い回している)

 戦闘が始まってから、蛇は頻繁に舌を出し入れしていた。いやらしく、挑発するような仕草。それが情報を絶えず収集するための行為だった。

 蛇の舌は特殊な感覚器となっている。これによってにおいを収集し、他の動物の体温を察知することもできる。視覚では捕らえきれない不可視の痕跡。ナーガはそれを拾得し、攻撃に生かしていた。

 蛇が蛇である所以の能力。それが手がかりとなり、チェックメイトまでの道筋が示された。

(安中さん。そのいやらしい舌なめずりもこれで終いです)

 戦闘開始から一分五十秒。ナーガの性質をおおよそ掴んだ彼女は、最速で最大の攻撃を繰り出そうとする。

 それを四匹の獣が阻んだ。神速で床を這い、天井に張り付き、飛び掛り、真正面から突っ込んでくる。エステは対処する間もなく、全身を拘束された。四肢に長い体が巻きつき、胸元の果実が歪む。むき出しになっている顔に、のっぺらぼうの蛇が近づいてくる。薄ら笑いを浮かべるように牙をせり出し、噛み付こうと舌を這わせる。

「やっと捕まえた。欲しいのは体だけだ。命のほうは処分させてもらおう。何、心配することはない。ゴーストにもすぐに後を追わせてやるさ」

 安中の顔から生えた蛇。それが彼の意思のままに踊る。歓喜と侮蔑を隠そうともせず、体をゆらゆらくねらせる。口が大きく開き、牙から毒が滴り落ちる。そして白い首筋に死の接吻を送ろうとした瞬間、エステの左腕が動く。

 四匹の蛇がブロックステーキのごとく切り刻まれた。ぼろぼろと床に落下し、血と泡がはじけ飛ぶ。吐き気を催すほどの異臭の中で、安中が呆然と立ち尽くしていた。

「何だ、その左腕の装備は……? そこから伸びる、空気を這い回るような脈動は……?」

「あら、気づきましたの? あえて言うなら、蛇を扱うのはあなただけではないということです。もっとも、あなたの不潔なケダモノと比べるには、いささか価値が違いすぎますが」

 エステが冷たく微笑む。明確な殺意を秘めた瞳は恐ろしく、美しい。安中には、彼女の左腕のガントレットから伸びる"それ"が見えていた。細長い形状で、エステと同じ熱を帯びている。空中を自在に動き回り、蛇を超微細振動によって切断した。

 青銅の蛇。スターライト・バレットに属したエステに与えられた特殊武器。アンタレスのヴェネーノに使われているオウラメタルを、ワイヤー状に加工したものだ。エステの神経パルスと連動し、自在に軌道を変えることができる。

 直径0.1ミリ以下のワイヤーは生物の目では捉えきれず、不可視の刃となって目標を切断する。先ほどの戦闘で、19式特殊作戦服を細切れにしたのもこの武器だった。

「さぁ、今度はこちらの番。気安くアンタレス様を殺すとのたまった、その報いを与えてあげましょう」 

 エステが先ほどまでとは違う、独特の構えを取る。横向きに構えたファイブセブンを突き出し、稼動状態になった青銅の蛇から音が鳴る。殺意を剥ぎ出しにした二丁の蛇が、鎌首をもたげて敵を威嚇するかのごとく。

 安中の蛇たちが凄まじい殺気におののく。その隙にエステが宙を舞った。天上にワイヤーを射出し、先端の針を突き刺すことで三次元移動する。壁に着地し、再び飛ぶ。物凄いスピードで安中の周囲を駆け抜け、ファイブセブンを乱射、乱射、乱射した。

 白い蛇たちが吹き飛び、再生しては吹き飛ばされる。いくら不死でも、攻撃手段が断たれれば意味がない。

「がっ! 馬鹿な……、蛇たちが!」

 あまりにも急激な再生が負荷をかけ、安中を苦しめていく。

 殺獣拳・バレットコンバット。その派生であるヒュドラ・トレイン。執拗に敵を痛めつけ、締めつけ、消耗させることで命を奪う蛇道。エステが極めし最凶の力だ。

 空のマガジンが床に落ちる。これで残り20×2発。エステをそれを惜しみなく撃ち込む。残忍。体勢をくずした安中本体の下半身、鱗の脆い間接部を攻める。膝を砕き、局部の蛇を根元からちぎり取った。安中の体が痙攣する。そこら中に白い液体、再生細胞が飛び散った。

(これで、とどめ!)

 ワイヤーを巻き取り、大きく振りかぶる。視線の先には、再生しようとする頭部の蛇があった。そこから、憎悪の雄たけびが響く。

「私を、あまり舐めるなよっ、このアバズレがぁあああ!」

 再生しきっていない肩の蛇が、エステの体を薙いだ。わき腹にめり込んだそれは彼女を思い切りブッ飛ばし、猛烈な勢いでテーブルに叩きつける。置いてあったワイングラスとともに、テーブルが粉々に砕け散った。

「ぐっ!」

 エステからうめき声が漏れる。衝撃が殺しきれず、内臓が悲鳴をあげる。倒れた体に、容赦なく蛇の鞭が叩きつけられる。反撃することができない。両手にファイブセブンの感触がなかった。

(っ! 私としたことが、アンタレス様……)

 息が苦しい。ゴーグルが破壊される。骨が軋む。左腕が震える。完全に形勢が覆ってしまった。理性が怒りで塗りつぶされた安中に、もはや手加減する余裕はない。本来の目的を度外視し、エステを殺しにかかっている。やがて体がバラバラになり、アンタレスとの再会が二度と叶わなくなる。

 アンタレスのファイブセブンが恋しい。だがどこかに行ってしまった。それが命運の分かれ目だったのか? そんな考えが、エステの頭をよぎる。

 死にたくない。だが現実は非情だ。頭上に二つの影が差す。あれが叩き込まれれば、間違いなく死ぬ。頭蓋が潰れ、醜い姿を晒すことになる。

 想い人の悲しむ顔が浮かんでくる。

 懸命に左腕を動かそうとする。

 エステめがけて、白い巨根が振り下ろされた。

 それがバラバラに破砕された。

 アサルトライフルの発砲音。めちゃくちゃな弾道で、金属の猟犬たちが暴れまわる。

「やめろ安中ぁあ! エステ、早く立つんだぁあああ!」

 やけくそ気味に牧本が叫び、銃を乱射する。5・7ミリ弾以上の威力を持つ弾丸が、安中の体に襲い掛かる。再生しかけた蛇がズタズタに引き裂かれる。

(牧本さん、覚悟を決めましたのね)

 エステは驚き、少しだけ彼を認めた。自分を助けるために重いトリガーを引いたのが意外だったし、嬉しかった。わずかに顔が緩む。血のにじむ歯を食いしばる。急速に力が戻ってきた。やるなら今だ!

 気合とともに起き上がり、青銅の蛇を射出した。念じる。螺旋を描きながら突き進むワイヤー。それが安中の口に侵入する。邪魔な蛇は存在しない。気管を貫き、安中の鼓動が一番強い場所に突き刺した。

 生物にとって不可欠で、最大の急所である心臓にワイヤーを巻きつかせる。けたたましく鳴り響く心音。巻きついた異物を振り払うかのように、一層動きを速める。

 もう逃げられない。

「安中さん、死になさい」

 ゆっくりと、左腕を振る。安中の心臓がべチャリと潰れた。

 

 

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