表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

レディ・ハント・クライム・ビースト 2

「そろそろ出てきたらいかがですか? 鼠のように影でこそこそするのは失礼ではなくて?」

「ふざけるな! お前が勝手に抜け出したから、こうして追ってきたんだろうが」

 階段の影から、公安の男が姿を現す。急いで来たらしく、息が荒い。右手に持った拳銃を、エステに向けて構えようとする。

「あらあら。私はあなたがたに敵対した覚えはありませんが?」

「黙れ。俺はお前たちを完全に信用したわけじゃない。第一、その武装は何のつもりだ? 戦争でもおっぱじめるつもりか?」

「ええ。そのつもりですわよ。あなたがたの獲物、安中伸吾を仕留めます」

「なっ?」

 驚く公安の男。エステは肩をすくめ、笑みを浮かべる。妖美に光る眼を細め、目の前の男をじっと見やる。

「さて、私は正直に目的をお伝えしました。あなたのことはなんてお呼びしたらいいのでしょうか? 私のことはエステで構いません」

「……牧本だ」

 エステの突然の問いかけに、牧本は釈然としない表情を浮かべる。彼女の意図がまったく理解できない。エステは牧本の銃など目に入らないかのように、つかつかと歩み寄っていく。肩に下げていたナイトPDWが鈍く光る。それを手にかけ、銃身に手をかけた。

 牧本の指が思わずトリガーにかかる。それを押し留めるように、エステは問いかけた。

「では牧本さん。あなた、アサルトライフルをお撃ちになったご経験はおありですか?」


「いたぞ! 傭兵と公安の連中だ!」

「撃て撃て! 相手は生身だ! ひき肉にしてやれ!」

 ホテル・ロイヤル・ポートの42階に、機関銃の咆哮が響き渡った。オレンジ色のLED照明が客室の廊下を照らし、テーブルに添えられた花瓶が蒼いバラと共に飛び散っていく。

「またアヴィスーツか? これで三度目だぞ!」

「相手もそれだけ本気ということです。蜂の巣にされる前に早く物陰に隠れなさいませ」

 ナイトPDWをかかえた牧本を傍の客室に押し込め、エステはファイブセブンのセーフティーを解除する。銃撃が止んだ隙に物陰から飛び出し、二丁同時に発砲した。三体のアヴィスーツ、19式の足と腕から血が噴出す。倒れこんだ敵の頭に、容赦なく特殊5・7ミリ弾をお見舞いした。

2階から非常階段を上り、安中が潜伏していると思われる最上階を目指す。エステに牧本が同行しているのは、彼女の交渉による結果だった。

 ――勝手な行動をされたくなければ、私たちが協力し合えばいいのですわ。そもそも利害は一致しているのですから、つまらない意地で張り合う必要などどこにもありません。安中を取り逃がせば、それこそ警察の面子は丸つぶれですわよ?

 まごうことなき正論。牧本としても、もはや後に引けない状況だった。甚大な被害を出してしまった以上、死んでも犯人を捕らえなければならない。

 だがエステの言葉は、悪魔のささやきのようにも聞こえた。妖しげに微笑み、男の色欲を掻き立てるかのようなオーラを発している。一瞬でも気を抜けば全てを奪われ、破滅するかもしれない。そんな予感を抱いてしまう。

 牧本は、ふとアンタレスのことを思い出した。地下アリーナでエステと親しげに話していた男。彼女に魅了されていたのではない。危険な香りのする彼女を完全に受け入れ、心から信頼していた。牧本には、とてもできそうにない。

 それでも、やるべきことがあった。どんなことをしてでも、この事件の落とし前をつけなければならない。エステが笑顔でアサルトライフルを差し出してくる。

 ――牧本の手に、冷たい感触が伝わってきた。

 倒れた19式を苦々しげに見つめる牧本に、エステが呆れた様子で呼びかける。

「次が来ますわ。まだ、連中の命を惜しんでいるんですの?」

「俺はお前たちとは違う。目の前で人殺しを黙って見ていられるほど割り切れちゃいない」

「大した心がけですこと。ですが、死にたくなければお覚悟を決めなさい。そうでなければ、安中を逮捕するなど夢のまた夢なのですから」

 シリンダーの駆動音、外骨格の足音が床を伝う。新たに二体のアヴィスーツが迫ってきていた。

 罪を憎んで人を憎まず。それが警察官である牧本のポリシーだった。例え安中に雇われた傭兵が相手でも、軽々しく命を奪うことはできない。だからアサルトライフルを一度も撃っていない。

 エステはそんな牧本を責めるわけでもなく、黙々と敵性アヴィスーツを排除していた。想い人の武器であるファイブセブンを巧みに使いこなし、金属の牙で命を穿つ。

 ――WHOによって定められた対バイオテロ法、その第66条。テクノカラミティに関わったとされる被疑者が武力を行使した場合、エージェントは自らの判断で応戦することができる。第66条補足。場合によっては抹殺することも許される。

 エステと牧本とでは、住む世界が違いすぎた。だが牧本の持つナイトPDWは、早く俺を使えと言わんばかりに銃身を軋ませる。牧本は殺意の誘惑を振り払い、もう一方の気配を察知した。

「まずい! 向こうからも何かが来ている。挟み撃ちにされるぞ!」

「伏せていてください。なるべく居場所を悟られないように」

 エステのファイブセブンからマガジンが滑り落ちる。腰のホルスターから突き出た予備弾倉をグリップに差込み、引き抜く。クイック・リロード。神速の領域で得物が息を吹き返す。エステは息を整え、廊下の影から姿を現した19式を視認する。

 同時に後ろからもう一体、同じタイプのアヴィスーツが躍り出てくる。二体はそれぞれ、9ミリ機関けん銃と銃身を切り詰めた89式小銃を装備していた。大柄なアヴィスーツが持つとおもちゃのようだが、当たれば命を落とす凶器に違いはない。

 二体が同時に銃を構える。射線は相対した味方を巻き込むコースだが、弾は装甲を貫かず同士討ちとはならない。出来上がるのは女スパイのミートステーキだけだ。傭兵たちは迷うことなくトリガーを引く。

 その瞬間、エステの口角がつり上がった。降り注ぐ金属の雨を転がることでかいくぐり、仰向けに倒れた状態で後方の19式に応射した。小銃を持つ指がまとめて吹き飛び、悶絶した敵がうずくまる。生体兵器の強化甲殻をも貫く、特別仕様のファイブセブンだからこそできる芸当だ。

 エステが起き上がり、側転しつつアヴィスーツの後ろへ回り込む。もう一体からの銃弾がスニーキングウェアをかすめていく。直撃コースの弾が当たる寸前、19式を盾にして攻撃を弾いた。

 硝煙と摩擦の臭いがたちこめる。エステは顔をしかめ、鬱憤を晴らすかのように銃口を敵の頭に押しつけた。

「ごきげんよう」

 鋼の猟犬がヘルメットの内部を喰いちぎった。倒れこむ巨体の影からファイブセブンを構え、うろたえているもう一方の敵に発砲する。乾いた音が響く。残りの19式がドサリと崩れ落ちる。バイザーに開いた穴から血の涙を流し、糸の切れたマリオネットのごとく事切れていた。

 廊下にいる敵は始末できた。その時、バキバキという強烈な破砕音、牧本のいる客室から絶叫がこだました。

 エステが弾かれたように部屋へ戻る。埃が舞い上がり、壁の両側に穴が開いていた。破片が床に転がり、埋め込まれた配線がだらりと垂れ下がっている。霞んだ視界の中に、バイザーをかたどった二本の線が発光している。

 敵の19式が客室の壁をブチ破って侵入してきた。さきほどのシラヌイと同様の行い、奇妙な偶然にエステはクスリとしたが、笑っている場合ではない。敵のアヴィスーツの一体が、牧本の首を掴んで持ち上げていた。必死にもがいているが、自力での脱出は不可能だろう。

 敵が発砲してきた。けたたましい銃撃と、地面を転がる薬莢がデュエットを奏でる。聞くに堪えないノイズの嵐。入り口付近のバスルームに飛び込み、ファイブセブンを構える。一体は物陰に隠れていて見えない。もう一体は牧本を盾にし、ひたすら89式を乱射していた。

 少なくとも一体は始末できる。牧本ごと敵を貫けばいい。だが今のエステにその選択肢はなかった。アンタレスを悲しませるような行為は断じて行わない。

(まったく、手間のかかる警察官ね)

 ならば同時に二体を戦闘不能にすればいい。銃撃が止む。敵がリロードの態勢に入ったのを見計らい、一気に敵の前へ飛び込んだ。ガントレットを装着した左腕を軽く振る。壁に隠れていた19式が、すかさず得物を構える。傭兵はとち狂った行為、致命的なスキを見逃さない。

 だから気づけなかった。宙を這い、腕と首元にからみついていく何かに。不可視のそれは滑らかな挙動で、牧本を盾にしているアヴィスーツにも巻きついた。

 エステが左の拳を握りこんだ直後、二体のアヴィスーツの首と腕が引きちぎられた。すっぱりと切れたパーツから血が噴出し、吐き捨てられたかのように地面へと落下した。同時に牧本も解放される。倒れこみ、激しく咳き込んだ。

 もう一度左腕を振り、何かを回収したエステが牧本を助け起こす。

「大丈夫ですか? もう少しまわりを警戒なさい。次も助けられる保障はありませんわよ」

「む、無茶なことを言うな。それよりも、さっきのあれは、手品か何かか?」

「手品? それもおもしろそうですわね。ですが、この種はあなたにも教えるわけにはいきませんの。一応、企業秘密なものですから」

 ガントレットを愛しそうに撫でていたエステが、にこやかに微笑む。

「さ、先へ参りましょう。むさ苦しい傭兵相手も飽きてきたころです。そろそろ終わりにしましょうか」

「……簡単に言いやがって」

 納得いかない様子で立ち上がった牧本はナイトPDWを手に取り、エステの後に続く。その表情は、わずがながら曇っていた。足手まといになってしまった自分と、文句を言わずに助けてくれたエステ。情けなさと不甲斐なさがこみ上げてくる。

 そんな彼にわずかながら視線を向け、エステは最上階に続く階段へと向かっていった。


 ホテル・ロイヤル・ポート52階、スペシャルスイートルーム。その入り口にエステと牧本はたどり着いた。敵の妨害はない。弾が切れたのか、あきらめたのか。それは不明だが、この奥に何かがある。二人とも、同じ予感を抱いていた。

「ここに安中がいるのか?」

「ええ。仲間からの情報では、ここから地下アリーナと通信していたようです。さ、心の準備はよろしくて?」

 牧本が黙ったうなずき、扉の脇に張り付く。エステもファイブセブンを引き抜き、反対側へ。そのまま指でカウントを開始する。5、4、3、2……。

 今! 牧本が扉を開け放ち、二人で銃を構えながら突入する。下の客室の五倍は広い空間、中央のリビングには円筒形のテーブルとソファー。ワインボトルと飲みかけのグラスが、ぽつんとそこに置かれていた。紫色のシャンデリアが、それらを妖しげに照らしている。

 巨大な水槽のような窓から広がる夜景、その奥にいくつもの光が明滅していた。東京ビッグサイトの方角だった。

(アンタレス様……)

 エステは悟った。アンタレスとケンタウロスは、今あそこで戦っている。

「おい、エステ。こっちに来てくれ。何かあるぞ」

 小声で牧本がささやく。その視線の先に、プライベートシアタースペースがあった。床がせり上がったような壇上に、音響装置と立体スクリーンがセッティングされている。そのスペースの真ん中に、黒いカーテンのかかった台座が置かれていた。

(どういうことですの、これは?)

 エステの動きが止まる。強烈な既視感が脳を侵食する。まさか……。

 牧本が慎重に近づき、かかっていたカーテンを外す。止める間もない。はらりとベールが脱がされていく。

 そして、

「うわ! 何だこれは!」

「……そんな」

 焼け焦げた人工妖精たちが、恨めしそうに二人を見つめていた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ