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紅い幽霊×戦車ロボ=合体スーツ

「まるで悪夢だ……」

 

 マーク・デミルトンはつぶやいた。中東の寂れた荒野。赤茶色の地面が乾いた風に晒され、砂埃がもうもうと宙を舞う。盛り上がった岩山の斜面。切り立った崖の切れ目からのぞく光景は、今日も変わらない、退屈なものになるはずだった。

「何でこんなことになっちまったんだ」

 見下ろした視線の先に、彼の仲間である傭兵の死体が十体ほど転がっていた。赤い花が咲き誇り、乾いた大地を潤していく。ばらばらに飛び散った手や足が、まるで生えてきたかのように空に伸びていた。

 爆発。味方が敵性勢力に放ったはずの手持ち式誘導ミサイルが、なぜか自陣先端部に着弾する。新しい死体が二体ほど生産された。

「馬鹿野郎! ついに頭まで狂っちまったかのか! 敵と味方の区別もつかねぇのかよ!」

「しかたないだろ! 電子機器がみんなトチ狂ってうんともすんとも言わないんだ! お前もよく分かってるだろ!」

 仲間たちの罵声が響く。右後方の岩場にひそむ二人の会話だ。ガスマスクにヘルメット。全身に装着した外骨格を包み込むように増設された装甲プレートと防弾繊維。戦闘用アヴィスーツ・HELを纏った彼らの会話は、肉声によって行われている。

 本来ならヘルメットに備え付けられた無線機で行われるはずの行為。だが戦闘が始まった際、無線機を初めとした電子機器が、軒並み使用不能に陥っていた。

 ――アヴィスーツ。かつて世界を震撼させた大規模ウイルステロに対し、世界保健機構・WHOが開発した。防護服と戦闘服の機能を掛け合わせたパワードスーツだ。体内に吸収すれば命がないウイルス、そしてそれをばら撒くテロリストを一方的に鎮圧した。

 全身を密封し、カラスの様なガスマスクと外骨格、全身に満載された重火器が特徴的な世界初のアヴィスーツ・ドクトル(通称ドク)は、いまでも全世界の人々の脳裏に焼きついている。黒くずんぐりとした体躯。外骨格によって筋力を増強し、人体を超えるほどの大きさの火炎放射器でテロリストを除菌する。

 だがウイルステロが鎮圧された現在、アヴィスーツは単純な戦闘用外骨格として運用されていた。マークたちが運用するHELもそのひとつだ。日本の介護用パワードスーツを改造し、サーボモーターの出力と防御力を強化することで、歩兵にあるまじき戦闘力を付与する。それでいて安価なコストから、主にPMCに属する傭兵やゲリラ、テロリストなどに広く使用されている。

 材料はいくらでもあった。ウイルステロ以降、世界では医療や生体工学、人間を物理的にサポートする技術が発展していった。ワクチンやナノマシン、バイオテクノロジー、医療用のパワードスーツやロボットなどだ。HELへの改造も比較的容易なため、ブラックマーケットでは人工臓器に次いで人気のある商品となっている。

 それが今、一方的に制圧されようとしている。マークたちの装着したHELは全部で二十体ほど。この寂れた土地に隠された秘密ラボを守るために配置されていた。各々が重機関銃やロケットランチャーを保持し、いかなる敵が攻めてきても一瞬でミンチにする。護衛というには、あまりにも過剰な火力だった。

(考えてみればおかしいのは目に見えていたんだ。それなのに俺は……)

 彼の胸に後悔の念が去来する。そもそもマークがこの依頼を受けたのは、高額な報酬に惹かれたからだ。母国アメリカの格差はますます広まり、富める者とそうでないものの差は、マリアナ海溝の何十倍にも深まっていた。大学を卒業してもろくな仕事先はなく、数年間軍隊で金を稼いでいた。それが裕福になるどころか、病に倒れた父や母の治療費として国に飲み込まれていった。

 何かもが馬鹿馬鹿しくなった。だからどこからともなく現れたビジネスマンにこの仕事を持ち込まれたとき、渡りに船だと感じた。高すぎる契約金と膨大な守秘義務から、あきらかに違法な仕事だというのは分かった。おそらく施設で研究されているのは、WHOが禁止している類の違法な技術だ。医療目的以外に人体や生物を改造し、サイボーグやバイオ兵器に強化する。

 そうした行為は法によって厳しく取り締まられている。それでもなお、人体の強化を望む者は多い。犯罪やビジネス、不老不死になれるかもしれない技術の数々。手を出さないほうがおかしいと考える人間がいるくらいだ。

(そうだ。悪いのはこの世の中だ。だから俺が金を求めて何が悪い? 生きていくためには、綺麗事ばかりというわけにはいかないんだ)

 マークは手に持ったM61ガトリングガンを構える。アヴィスーツの筋力増強機能によって、戦闘機用のバルカン砲も難なく携行できる。トリガーを押し込み、六つの砲身から金属の猛獣を放った。けたたましい咆哮と共に数百メートル先の地面を穿つ。だが後に残ったのは銃痕だけ。肝心の敵にはかすりもしない。

「この、バケモノが!」

 ヤケグソ気味に叫ぶ。と、同時に正面からの銃撃。敵の重機関銃の弾が右後方に着弾した。滑り落ちるかつて仲間だった肉塊。二人の死体の首筋から赤い血が流れていた。

 マークの手が自ずと震える。得体の知れない恐怖が、彼を支配しようとしていた。

「クソ! チクショウ!」

 彼の視線の先には、倒すべき敵の姿があった。紅いアヴィスーツ。人間がサソリの甲殻を纏ったようなフォルム。ヘルメットのバイザーには緑色のスリットが入っている。両腕には重機関銃MINIMIを抱え、二本の給弾ベルトがバックパックから伸びていた。

 辺境の地に突如舞い降り、殺戮の限りを尽くす襲撃者。防衛側であるマークたちを相手に戦っているのは、"ただ一体の"アヴィスーツだけだった。

 岩壁のくぼみに身を潜めた仲間たちの射撃。だが襲撃者の姿は一瞬で消える。一秒にも満たない。数メートル先に移動した敵が、両腕の得物を発砲する。放たれた猟犬が、また仲間の喉笛を喰いちぎっていく。

 異常な光景だった。敵は瞬時に跳躍、まるでバッタのように戦場を移動し、一切被弾することなく十数人の命を狩った。同じアヴィスーツの機動とは思えない。HELの外骨格では、せいぜい人間の数倍の身体能力しか発揮できない。だが敵はそれをはるかに凌駕している。

 あのスーツの性能なのか? それとも装着者が身体そのものを強化しているのか? マークには判断がつかなかった。確かなのは、敵は明らかに秘密ラボの存在を把握していることだけだ。だからこそ、電波妨害まで仕掛けてきた。

 だとすれば、敵は研究を横取りしようと派遣された傭兵か、それともWHOの犬か? 違法な研究を取り締まるために、WHOが傭兵を雇うのは珍しくない。だがここまで大規模な殺戮を行うことはありえなかった。

(まさか……)

 いや、彼にはひとつ心当たりがあった。ヘルメットの中で、一筋の汗が頬を伝う。冷たく、首筋を刃物で撫でられるかのような感覚。

 傭兵の間で広まる、ひとつの都市伝説があった。全身が血に染まったかのようなアヴィスーツが存在する。それは幽霊のように現れては消え、あらゆる電子機器が脅えたかのように狂い始める。一度姿を見たものは最後、決して無事ではすまない。

 それが現れるのは、決まって違法な技術が存在する場所だった。生み出されたバイオ兵器や強化人間はことごとく始末される。関わった人間はいかなる理由があろうと、償いとして命を支払うことを強いられる。

 いつしかそれはゴーストと呼ばれ、ある時は酒のつまみに、ある時は笑い話として語られることになった。誰も本気で信じていなかった。あまりにも現実味に欠けている。どうせどこかの創作家くずれが考えた与太話だろう。

(あれがそのゴーストだって言うのか? 嘘だろ)

 だがマークは確信していた。ミサイルが狂ったように飛び回り、無線も使えない。敵は消えたと錯覚するほど高速で動き回っている。まさに都市伝説の再現だ。幽霊が、あのアヴィスーツが取立てに来た。禁忌に加担したものの命を、ひとつ残らず刈り取るために。

 紅いアヴィスーツが高く跳んだ。マークはそれを見上げる。思わず目を見開く。五十メートル。太陽を背にMINIMIを構えたそれが、地表に銃弾の雨を降らせた。轟音に混じって甲高い悲鳴が聞こえる。周囲の岩盤が砕け散るが、気に留めているほどの余裕がなかった。おそらく、今ので自分以外の生き残りがやられた。

 彼の目前にゴーストが降り立つ。距離は数メートルほど離れているが、その異様さは目に見えて際立っていた。アヴィスーツとは思えない細身のボディ。全身を包み込むような、丸みを帯びた装甲。バイザーの奥に輝く二対のカメラアイ。それがマークの姿を見つめている。

「う、うわぁあ」

 それが自分の口から漏れた悲鳴であると認識したのは、数秒たってからだ。もはや絶望しかない。全身がガクガクと震え、バルカン砲のトリガーを握る指に力が入らない。ベッドに横たわる両親の姿。二人がガンと宣告されたとき以上の衝撃だ。こうなった元凶にわめき散らしたかった。

 日に日にやせ衰えていくクソッタレな両親か? 笑いかけるでも怖がるでもなく、ただ死を待つだけの存在。それとも仕事を持ってきたビジネスマンか? 胡散臭い社名を引っさげ、気味の悪いほど整った顔とスーツを着込んだ木偶の坊。

 それともここにいることを選んだ自分自身か? これが運命にしても、選択の結果だとしても、今更どうしろというのか? 

 マークは考えることをやめた。どうせ殺される。わけの分からないまま、何もかもが終わる。

「なぁ、夢なら醒めてくれよ……」

 懇願するようにつぶやいた。それを聞く者は誰もいない。敵の銃口は彼に向けられている。ゴーストがトリガーに指をかけ――、地鳴りと共に轟音が鳴り響いた。

 よろめいたマークが咄嗟に身を伏せる。後方の洞窟、偽装された研究所の入り口から茶色の巨体が飛び出してきた。彼の胸に安堵が広がる。この場には殺人ゴーストだけでなく、救心ゴッドも存在した。

「オクトパスだ! 助かった」

 十メートルを越す巨体。ガスタンクのような本体には、無数のセンサーカメラが設置されている。そこに四対の長く太い手足が取り付けられていた。人工培養された動物の筋肉を幾重にもつなぎ合わせ、生物さながらの跳躍力と俊敏性を兼ね備えている。腕には機関銃やロケットランチャーが満載され、装着されたマニュピレーターは装甲車をも握り潰す。

 しなやかな動きから繰り出される圧倒的な攻撃。まさしくバイオ歩行戦車と呼べるそれをコントロールするのは、制御システムとして調整された人間の脳髄だ。秘密ラボでは人間を含む様々な動物をクローン生成し、兵器として改造することで、新たなマーケットを創造しようとしていた。

 敵がマークの前から飛び退き、オクトパスがそれを追いかける。まわりの岩盤を粉々に砕きながら、猛牛の如く突っ込んでいく。それをいなしながら、ゴーストがMINIMIを発砲した。金属の弾丸は剛性カルシウムの装甲に阻まれ、地面に弾かれていく。

 二体の獣が荒野を駆け巡る。踏みしめた大地が砂埃を巻き上げ、銃弾だけでなく、体そのものが猛スピードで往来した。肉食獣同士が互いを狩ろうと牙をむき出しにし、爪をつきたてようとする。オクトパスの巨体が大地にめり込み、振動が周囲に伝播。ゴーストはそれに怯むことなく、果敢に攻めていく。

 だが形勢はオクトパスに有利だ。ゴーストの攻撃手段は重機関銃のみ。にも関わらず、オクトパスの装甲を貫くには至らない。対してオクトパスは巨大なアームを振り下ろし、満載したロケットランチャーや機関銃を乱射している。紅いアヴィスーツは徐々に追い詰められていた。

「よしいいぞ! やっちまえ!」

 恐怖から開放された安堵からか、マークは完全に傍観者と化していた。まるでフットボールを観戦するかのように勝負を眺める。生体兵器の存在に思うところがないわけではない。自分が素材にされたらと思うと、肝が冷えそうになるし、嫌悪感も湧き上がる。

 しかし今のあれは守護神のごとく、自分の敵を打ち倒そうとしている。それだけで罪の意識など地平線の彼方にぶっ飛んでいった。オクトパスの火炎放射が敵のMINIMIをドロドロに溶かす。ゴーストがわずかに怯んだ隙に、太いアームが敵にラリアットをかました。

 やった! 思わず歓声が飛び出す。こうなれば、もう自分に危害が及ぶ心配はない。もともとアリが巨像に挑むような無謀な勝負だ。敵もよほど馬鹿ではない限り、撤退するに決まっている。弾き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる紅いアヴィスーツ。目立ったダメージは見当たらないが、装着者には相当の衝撃が入ったはずだ。

「助かった。俺は生き残ったぞ」

 自分の生存を確信したマークの声に、わずかに感激が混じる。絶望に閉じられた未来が再び開こうとしている。あぁ神よ!

 鋼の咆哮と共に、千切れたオクトパスの腕が未来を粉砕した。

「な、何だ!」

 前方から大きな砂埃が立ち込めていた。振動した空気と地面が、無限軌道の駆動音に震えている。

(あれは、戦車? まさか敵の援軍か?)

 HELのヘルメットの望遠レンズが捉えたのは、一台の戦車らしき物体だった。白く細長い車体の上に、黄緑色の砲台が乗っかっている。角のように突き出た二門のロングレンジキャノン砲。側面にはミサイルランチャーとガトリングガンが搭載されている。マークが見たことのないタイプだった。

 異様なのはその大きさだ。戦車にしては小さすぎた。せいぜい乗用車ほどのサイズしかないように見える。もしかしたら無人機の類かもしれない。電子機器が使えなかったがために、今までその接近に気付くことができなかった。だからこそ不意打ちの砲撃によって、オクトパスの腕一本を吹き飛ばせた。その火力は侮れない。

 だがマークは揺らがなかった。一度オクトパスの頭脳が敵を認識してしまえば、強化された神経で戦車の砲撃など容易く避けられる。人工筋肉の脚で瞬く間に駆け寄り、怪獣の如くアームを振り下ろせばそれで終わる。機械仕掛けのおもちゃに、生きた戦車が負けることなどありえない。

 そう。それがただのおもちゃであったならば……。

 マークの視界の隅で、立ち上がったゴーストが戦車のほうに駆けていった。速い。獲物に飛び掛るジャガーのようにしなやかに四肢を動かし、上空へと跳躍する。紅いアヴィスーツは、そのまま戦車へと飛び乗った。

 先ほどのダメージが効いてないのか? 驚く彼をよそに、さらに信じられない出来事が起こる。


 ダブルクロス・オン!


 どこからか聞こえた男の声。マークの鼓膜を刺激するとともに、敵から強烈な閃光が発せられた。

 戦車の砲台が後方にスライドする。下の車体が折りたたまれ、紅いアヴィスーツの脚部を包み込んでいく。砲台の装甲が展開。上半身を覆いつくし、火花を散らしながら合体していく。

 砲台は胸部を包み込むアーマーに変形、肩部にはミサイルランチャーが、椀部にはガトリングガンが黄緑色の装甲と共に装着される。折りたたまれたキャノン砲はバックパックとして結合。バイザー付きヘルメットの上から、さらに別のヘルメットが被せられた。

 この間わずか7・2秒。アヴィスーツと戦車はひとつとなり、新たなアヴィスーツが誕生した。

「は?」

 マークは目の前の光景が信じられなかった。アヴィスーツの上から、またさらに別の装甲を纏う。それもジャパニメーションのロボットのように。自分は本当に夢を見ているのではないか? そう錯覚してしまうほど、出鱈目で常識外れだった。

 そんな敵の新たな姿に動じることなく、オクトパスが全身の砲口から火を噴いた。機関銃の乱れ撃ち。ロケットランチャーによる波状攻撃。青白い炎の息吹。その全てが合体アヴィスーツに殺到した。物凄い衝撃が荒野を奮わせる。

 だが敵は傷ひとつ負っていなかった。肩のミサイルランチャーのハッチが開き、八連装×2のミサイルがオクトパスに殺到した。飛び上がって回避しようとする巨体に、二つの砲弾がぶち込まれる。ぶるぶると体を震わせながら、オクトパスは重力に引かれて落下した。

 そこに向かって黄緑の稲妻がほとばしった。脚部ユニットのホバーブーストによって、マッシブなボディが超加速する。緑色のカメラアイが発光。突き出された拳状のマニュピレーターが、オクトパスのキャノピーに重い一撃を喰らわせた。

 奥にめり込み、引き抜かれた腕には、粘液まみれの脳髄ユニットが握られている。直後、オクトパス本体がただの抜け殻と化した。機能を停止し、四肢をだらりと地面に投げ出す。――ためらうような一瞬の間、合体アヴィスーツのマニュピレーターが、役目を終えた制御装置を握りつぶした。真っ赤な液体がヘルメットに降りかかり、頬に一筋の痕を残す。

 勝負はついた。静かに佇むその姿は、まさに生体兵器という世界のウイルスを撲滅する、アヴィスーツ本来の在り方そのものだった。

「そんな、馬鹿な」

 マークから血の気が引く。考えられなかった。ただのアヴィスーツが、何倍もの大きさのオクトパスを片付けてしまった。無茶苦茶なゴースト、戦車型ドローン、そして合体。誰が聞いても夢物語にしか聞こえない。だが彼は現実の光景としてそれを見てしまった。そして次に狙われるのは自分だ。観客席から、再びバトルフィールドへと連れ戻された。

 あんなバケモノに勝てるわけがない!

 自覚した途端、バルカン砲を放り出し、ラボの入り口へとよじ登っていた。中には脱出用の地下通路がある。そこを通れば、あるいは助かるかもしれない。全身の防弾繊維が汗ばんだ皮膚に張り付き、ガスマスクから荒い息が漏れる。足はガクガク震え、膝はそれを嘲笑う。心なしか、HELのフレームまでギシギシと軋んでいるかのようだ。

 マークに覆いかぶさるような影。目の前にライトグリーンのアヴィスーツが降り立った。

「ひっ!」

 重厚なアーマーを纏ってもなお、その跳躍力は失われていなかった。一回り大きくなった敵のアヴィスーツが、彼を威圧するかのごとく立ちふさがる。カメラアイが輝き、腕に装着したガトリングガンを突きつけた。――お前はもう逃げられない。

「……クソッタレ」

 相手からの無言のメッセージに、マークは思わず毒づいた。どうしてこうなった。打つ手がないという諦観と、何もできない怒りが溢れ出す。

「あんたは一体何なんだ? そのスーツは? 誰に雇われた! どこの犬なんだ!」

 野次を飛ばすかのように、マークの口調が激しくなっていく。死への恐怖を紛らわすかのように、矢継ぎ早に質問を繰り出す。

 静寂が蘇った荒野に響く、とある傭兵の声。それに応える者はいない。彼の仲間も、そして生体兵器もすでに死んだ。生き残った襲撃者、ゴーストさえも沈黙を貫き通す。

 一陣のつむじ風が、砂埃を巻き上げながら吹き抜けた。岩壁に反響し、悲鳴のような音が奏でられる。

 ガトリングの咆哮が、砂塵にまみれて消えていった――。



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