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おでこおでこ

 プラナは騎士団アウルファインの仲間の事は心配するが、自分の無茶な約束のことは心配していなかった。そして、泊めてあげているくせに偉そうな友人ストレを夜空の下に追い出そうとしたが、やめた。

 

 よる深まった自分の部屋のベッドの中で、暗い天井を見つめながらプラナは彼女達の事をぼんやりと考えた。


 騎士団に入り、「アウルファイン」に配属されたプラナが見た多くのものは、今までの優雅で温和な自らの暮らしからは、かけ離れたものだった。


 帝国との戦いで荒れ果て、或いは滅びた都市の姿、貧困で苦しむ人々、無残に横たわる死骸、捕らえられて拷問の末廃人となった年の近い少女、人体改造されて異形の肉塊にされた哀れな者、国を失い復讐心に憑かれた仲間……気が強い自信家のプラナであっても、この光景に何も感じないハズがなかった。



 表向きは偉そうな自信過剰な貴族上がりエリートを気取ってるものの、その心は密かに傷ついており、それが彼女を最近尚更に短気にさせているのだった。


 レシアや隊長はだいじょうぶなのかしら? 一騎当千の私やストレがいない間の戦力ダウンは大きいですから……ああ、休みとはいえどうも気が落ち着きませんわね。


 プラナがそんな事を頭でめぐらせていると、部屋の入り口のドアをコンコンと叩く音がした。丁寧にかけ布団をめくって立ち上がり、こんな夜更けに誰なのかしらと明かりを付けてドアを開けると、そこにいたのは妹のパメラだった。



「あら、どうなさいましたの? まさか、あの腐れドワーフが、貴女の部屋に夜ばいしたから逃げてきたのかしら? だったら、今からぶっ飛ばしに行ってさしあげますわよ!」


「ちがいます。おねえさま」


「じゃあ、何なのかしら? まあ、お入りなさいな」

プラナは妹を部屋に入れると、2人でふかふかのベッドに横並びに座った。


「おねえさま、わたくし、こわい夢をみました」


「まあ、そんな事でしたの! 一人でいるのが心細くなるなんてパメラもまだまだ子供ですわねぇ〜まあ、お母様のところにいかなかっただけ立派ですけど。……それで、どんな夢をみたのですか?」





「あのね、プラナおねえさまが、真っ赤な鎧を着た大きなわるい人に手や足をバラバラにされて……それで最後はわたしの目の前で動かなくなって……」


「ふぅん」


「おねえさま、わたし、こわいのです。もし、夢がほんとうになったらと思うと……おねえさまと、近いうちに二度と会えなくなってしまうのではないかと思うと、わたくしは……」


「パメラさん!」


ブラナが急に怒ったような声を出したので、純粋無垢な妹はひゃうっと飛び上がりそうなほどに驚いた。


「あなた、そんな夢ごときでこの私がどうにかなるなんて本気でおっしゃるつもり!? 随分舐められたものですわね!」



「そ、そんなつもりじゃないです……わたくしは、おねえさまが心配で……」


「やかましいっ! あなたが私の事を憂うなんて10年以上早いってものですわよ!! まったく、私を一体誰だと思ってらっしゃるの!? 名門カイザーウォーク家を継ぐ者を見くびらないでくださいませ!」


「……おねえさま」


パメラは言葉攻めにあったこともあり、しゅんと肩を落とした。そして悲しげに視線も落とす。


「おねえさまは、やっぱりお強いんですね。久しぶりにあいましたけど、まえよりも強くなってる気がします……」


「おほほ! そうですわね! 自分でもそう思いますわ」


「うらやましいです。…わたしは、とてもおねえさまみたいな立派なひとになんてなれそうにないから………」



 パメラがどんどん弱気になる様子に、プラナは何を思ったか眉を潜め、目を閉じてこう言った。


「ちょっと、こっちを向きなさい」


「……えっ?」


「ぐずぐずしないの!」


「は、はい……」


パメラは、恐る恐るプラナノの方を向いた、するとコツンと温かいものが額「ひたい」に当たった。それはプラナの額だった。2人は互いに額をあわせて見つめ合ったのだ。臆病なパメラがその時、気の短い姉から目を逸らさなかったのは、彼女の顔がいつになく優しく、そして美しかったからだ。


それはまるで月光の下に咲き誇る一輪の青き夜薔薇のようであった。



その至近距離で、プラナは凛々しく語りかける。



「あなたも騎士を目指している身なのでしょう? 自信をお持ちなさい。あなたには私と同じカイザーウォークの血が流れているのですから」


「でも……学校でもお姉様のような素晴らしい成績なんてとれておりませんし……」


「私と比べる必要なんてありませんわ。私になろうなんて努力をするよりも、あなたらしさを磨きなさい。他人の目など気にせず、自分と言うものを大切に高めていけば必ず、立派な騎士になれますわよ」


「おねえさま……」





「その時まで、私はアウルファインで待っていてあげますから。焦らずいらっしゃい」


「はい……その時まで、どうかご無事で」


「何度言ったらわかるのかしら? あなたのお姉様は、そう簡単に死んだりしませんのよ! あなたが見た夢のようになんて絶対になりませんから、どうかご安心くだささいませ!」


心強い姉の言葉に、パメラの心がパッと煌めいた。色々問題はあるけれど、今この時はプラナの事を誇りに思ったのだった。


 「あら、ちょっとは元気が出たみたいね」


 プラナはすっと額を放す。しかし、2人は互いから目を離さなかった。


「これで、何とか眠れるかしら」


「おねえさま」


「なんですの? まだ何か心配事がありまするの?」

「今日は、おねえさまといっしょに寝たいです」


「!!……やれやれ、世話のかかる子ですこと。わかりましたわ、久しぶりですし一緒のベッドで寝るとしましょうか」


「はい!」


パメラは、嬉しそうに、子ウサギが巣に帰るかのようにフワフワした高級毛布に潜り込む。姉の体の熱が残っていてそこは暖かだった。そしてプラナも、明かりを消すと、めくれていた一部の布団をその上に丁寧にかぶせて、そのモフモフした生き物の隠れる巣窟にゴソゴソ潜り込んだのだった。


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